2018年02月04日

Swamper album

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#000
【Leon Russell and the Shelter People】
produced by Russell & Denny Cordell
('71 Shelter)
<ー:★★>


この盤をマッスル・リストに入れるかどうか悩むが、やはり参考盤扱いに。ある意味では重要盤なのだが、マッスル勢はほぼノータッチゆえ。

まずレオン・ラッセル…正直趣味でない、声も苦手。唯一『stop all that jazz』だけが愛聴盤で、このソロ2枚目も表記にマッスルとあったのでリイシューLPを15年ほど前だったか買って持ってはいるがほとんど聴いてなかった。が、一昨年にユニバーサルの『名盤発見伝』シリーズ仕事をした、その中でリイシューされた関連盤、マーク・ベノとの asylum choir やシェルターからのソロ3枚+ライヴ盤などは見本盤として貰う。この2枚目もあり、CDでは3曲ボートラ追加(これは89年のDCC盤CDからの収録のようだ)。

レーナード・スキナードのセカンドLP『おかわり』は74年盤。亡きロニー・ヴァン・ザントは「我が心のアラバマ」という曲を作り、そのなかで "Muscle Shoals has got the Swampers" と…「マッスルには『スワンパーズ』ありき!」と歌う。いまではマッスル4人衆=ベケット/フッド/ジョンソン/ホーキンスの代名詞「スワンパーズ」はそこから知られるようになったが、もともとの言いだしっぺはレオンともデニー・コーデルとも言われる…どちらにしろ、このアルバム『レオンとシェルター・ピープル』が初出。この盤から生まれた言葉。その意味でマッスル的には「重要盤」には違いないのだが…。

アメリカンのラッセルがUK音楽界の重鎮?デニー・コーデルとつるんで興した Shelter レコード、自身作は『レオン・ラッセル』『レオンとシェルター・ピープル』『カーニー』と続いた。で、この盤は70年8月〜71年1月にかけて4カ所のスタジオで録音された盤。それが「4つのユニット」によって。おのおのに名を付けた。

The Shelter People ( don preston, joey cooper ら当時のツアーバンド)
Tulsa Tops ( jesse davis, carl radle, jim keltner, ...)
Muscle Shoals Swampers
Friends of England ( whitlock 抜きのドミノス)

アナログ収録11曲は1曲を除いてどのユニットによる録音か表記されていた。ここで、マッスル勢は Muscle Shoals Rhythm Section とされるのが常なんだが単にそれが長いと思ったか、レオンかコーデルが "swampers" _南部の腕利きらへのリスペクトも込めて、この言葉を使ったんだろう。

さて、4つのユニットで4つのスタジオ録音となれば…
 A) The Shelter People _ shelter studio, hollywood
 B) Tulsa Tops _ A&M studio, hollywood
 C) Muscle Shoals Swampers _ muscle shoals studio
 D) Friends of England _ Island studios, UK

 で、納得できそう。しかしここからちょいとややこしい。まずマッスル録音だが、メンバーは4人衆とレオン(piano, guitar, vocal) の表記。普通ならリードギタリストが誰か入るところだがレオンは弾ける男ということで。
 収録うち2曲_05 : home sweet oklahoma, 09 : she smiles a river がマッスル録音とオリジナルLP表記ではされている。が、5曲目はどう聴いてもドミノス。なにしろ次6曲目と続いてリードギターはエリック・クラプトンだ(表記無しだが間違いない)。DCC盤のCDもこの曲は(クラプトンの名前はないが)Friends of England のバックと修正されている。
 なのでマッスル録音は9曲目の1曲のみとなる。そしてこれが緩いカントリー調でマッスルらしさは皆無(Coral electric sitar を弾くのは、レオン?)。なので内容的には参考盤にするしかないということ。

マッスルを置くと、その内容は…シェルター・ピープルとのゴスペル色濃い楽曲がどうにも肌に合わない(タイトルに反して彼らとの録音は全体の半分)_生臭坊主とその信徒のような抹香臭さは、レオンの盟友だろうか、ドン・ニックス盤でも同様であったな(アラバマ・トルーパーズ等)。この一派の仰々しさに拒絶感あり。ソングライターとしては認める。この人は、UKでスワンプ教祖のような受け方をしてから勘違いと思えてならない、本来は60年代のハリウッド仕事_ポップスの人、ではないだろうか。ラッセル・ブリッジズが本流、レオン・ラッセルと名を変えてからは無理が目立ったというか…。

++++

ひとつ注意点。
DCC とは dunhill compact classics の略、業界の深掘り男ヾteve Hoffman がミキシングまで、全てを仕切ったレーベルとして知られる。DCC盤リイシューCDの記載ではジェシ・デイヴィス/ジム・ケルトナーらによる「タルサ・トップス」バックでの録音はA&Mスタジオではなくてマッスル・ショールズとされている。ボートラのディラン・カヴァー3曲と併せての4曲がすべてマッスル録音というのだが…。
 同時期のジェシ・デイヴィスのソロ作では、マッスルこそなかったがマイアミ/クライテリア録音もあったので皆でアラバマへやって来てもおかしくない気も…、しかし4人衆不参加での録音を?、わざわざというのはどうかなあ、ちょいと納得しかねる。



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2018年01月05日

Yo-Yo

マッスル・ショールズの大立て者リック・ホール死去の報。東京新聞死亡欄で見てカミさんが言う_東京新聞だから? ほかの新聞でも載る人なの? と。知りませんが。
その写真の、ダリみたいなヒゲに…頑なな南部人であっただろうと想像する。映画『マッスル』でもそのスクエアな言動は見られたが。正直、頑固で怖い typical な南部白人…は当方の偏見だったかどうか。
<マッスル・サイト>で書いてきた、個人的には印象よくない人だった。FAME はスルー、思い入れは マッスル・ショールズ・スタジオのほうだけとも。
マッスル4人衆がホールと袂を分かったのは、ホールの吝嗇…なのか? 単に金銭問題だけじゃなかったと思う。ウェクスが乗り込んできて「ロック寄り」になったこと、フェイムのオーナーとしては気に入らなかった_スタジオがハッパ臭くなるのも御免だぜ…とか。その手は外でやってくれ、で…それはウェクスにとっても願ったり叶ったりだっただろう。それで4人衆に金を貸してまであらたなスタジオを作らせたと思う。
4人衆独立直後にホールの放ったホームランが「オズモンド兄弟」だったことをみても…想像は遠くない気がする。個人的にはこちらがツボだったんだがね…。70年か、全米1位 "one bad apple" は好きだった。これがフェイム録音とかジョージ・ジャクソン曲とか…もちろんまったく関係なく、いちポップス・ヒットだったが。次ぎの、ジョー・サウス曲 "yo-yo" も、ダニーの "sweet and innocent" も…マッスル・セッションなど知らず、大好きでしたワ。それにしてもボーンアゲインクリスチャンだらけのなかでモルモン教徒兄弟は居心地悪くなかった?




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2017年11月27日

Kosh - T. Rex

レコードジャケット話。変形ジャケットのこと。
基本的に邪道と思う。Graphical でないから_平面デザインで勝負してこそのジャケットのはず。変形はほとんどが「3D」、立体物である。金をかければどこまででも出来てしまっては土俵が違うことになる。とはいえ、凝った仕様ゆえの「限定」は貴重/稀少でありコレクト心をくすぐられる。遊び要素/華美な仕様、抗いがたい魅力あるのは事実…。英語では Gimmick Jacket と呼ばれるそれ、過去に傑作数多し。幅も広く、単に穴開けだけから、素材からして逸脱したブツまで。動きや組み立てて超立体になる物も。そんな中、個人的に長いこと want list にアップしているのが3点_。

「アリス・クーパーのパンティ」。72年全米2位まで上がる大ヒットアルバム『school's out』、レコードが紙(不織布だったよな?)パンティに包まれていたこと、知らぬロックファンはいないだろう。ジャケ自体も汚れた「机」を模した変形だった。日本盤もパンティ盤にはなっていたが、どうしたんだろう?それは米国ワーナーから送らせたのだろうか。当時、アリス・クーパーに興味なかったために買わなかったが、いまになるとやはり「歴史に残るギミック」として欲しくもある…。が…、中古のパンティって…その意識が先に立つ、まあ入手することはないだろう。あっても時価でいかほど? 1万前後? ミント・パンティなら2万はしそう…。たしか3色あって赤いのが一番レアなんて言われていた記憶だが、さて。

お次は『Bob Marley & The Wailers / catch a fire』。UKオリジナルの「Zippo 変形」も欲しい1枚。紙仕様だがフタがちゃんと開くようになっている見事なギミック。可動のためにリベット打ち_紙と金属リベットは相性悪いので大半は紙が切れてしまう。ミントだったら2万に届きそう_入手ハードルは高い。

で、最後に挙げるのは…買った、Tレックス。
人気に陰りが見えだした74年盤『ズィンク・アロイと朝焼けの仮面ライダー』。離別は解体を意味することを分かっていたはずのボランの、ヴィスコンティとの最後の制作となった盤。
当方の追っかけデザイナー、ジョン・コッシュはこれと次作『bolan's zip gun』、2作のデザインを担当していたが、この盤では Special limited edition を作っていた。1000枚限定ナンバリング入りの変形ジャケット盤。レコード自体はあきらかにデヴィッド・ボウイ盤の二番煎じのコンセプトアルバムだったが、「檻」がキーワード…ということで、檻を模した型抜き三面追加変形は_1,2,3面と重ね方によって顔が変化する凝った盤_多くの変形ジャケを制作してきたコッシュらしい特別な仕様になっていた。
 コッシュ・ファンの当方的にはマストな盤だったが、いかんせん数が少なく相当にレア、ほぼオークションアイテムで、セットプライスでも4万前後という高値がついている。
 さてこのレア盤だが、2万円でヤフオクに出た。出品者はディスクユニオン。これは破格だ、思わず登録してクリックしようかと…。が、よくよく見れば檻が1本欠けた VGコンディション。う〜む、それでも安いか、どうしよう…かなり悩んだが。よくよく考えるに、これ買ってどうするの?誰に自慢する?…ま、それを言っちゃお仕舞いヨ/コレクションの根本否定でしょ_なんだけどね、やっぱもう断捨離時期入ってっから…いらないワと。
 諦めまして。けどネット見てたら面白いのがあって…。2001年にテイチクからの同盤CDが、通常盤ジャケットでなくてこのコッシュ作の限定盤ジャケを使ったリイシューであったことに気付く。ならば、せめて気分だけどもと思って、アマゾン/マケプにあったから¥1350で買ったんですワ。
 届いて超ビックリ…なんと紙ジャケでまんま変形コッシュ・デザインを再現していたとは! ジャケ表をリプリントしているだけだろうと、なんら期待していなかったから驚いた驚いた。さすがにニッポン制作、よくやった! サイズ縮小とはいえワタシャこれで十二分ね。中古じゃなくて新品?と思うほど_汚れはまったくなく、帯付きミントでこの価格…(超トンチンカンなライナーノーツは無視して…)満足デス。



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2017年10月14日

Muscle '69

boz muscle.jpg

#167
【Boz Scaggs】
produced by Boz, Jann Wenner & Marlin Greene
( '69 Atlantic)
<ー:★★★>


マッスル関連盤を並べて十数年、167枚目にしてこの盤とは。マッスルショールズと言って、話が通じるロック好き諸兄に「マッスルこの1枚は?」と問うたら、まず挙がりそうなこのボズ盤。それほどに有名なマッスル盤をスルーしてきたのは、30年前に買ったが処分してしまい手元になかったから。思い入れがなかった、というか「デュアン・オールマン」ばかりが語られるのが疎ましい盤でもあった…。
 今にして知ったのは、買ったLPがリイシューだったこと。いや、リイシューを承知で買ったが、単なるリイシューでなく「リミックス・リイシュー」であった事実を知らなかった。詳細は下に書いた通りで、69年のオリジナル盤は名手テリー・マニングによるミックスであったが数年で廃盤。世に出回ったのは77年からのリイシュー盤で、それはトム・ペリーによって remix されていた。これは、オールマン・ブラザーズ・バンドのブレイクに当て込んで_この盤でデュアン・オールマンが長尺にソロを弾きまくっていたことでそこにスポットを当ててのリイシュー。ボズのブレイクはまだ成っていなかった、あくまで「デュアンの素晴らしいセッション盤」としてまず注目された。
 トム・ペリーを責めることはできない、アトランティックとしては棚からぼた餅の盤だったので当然の処置、ボズよりも「デュアンの盤」としてリミックスを施す。

2年前にUKのエドセルが "original 1969 version" と "1977 remixed version" 、マニング盤とペリー盤とを2枚に分けて抱き合わせ、2枚組CDとして発売してくれたのを今、手にしている。やっと「本来の」LP『ボズ・スキャッグズ』を聴くことができた。
 やはり「ミックス」は大きい_マニングのネームバリューから言うわけじゃなく、オリジナルはリイシューよりもずっと良かったのだ。ここでやっと、マッスル・ショールズ・サウンド・スタジオの最初期(69年春にオープンして、これは夏の録音)録音盤を堪能できる。
 ただし…ここにはピート・カーはいない。エンジニアもマーリン・グリーンで、メルトン/マスターズのコンビでもない。マッスルスタジオの口開け時であり、全盛期はまだ先のこと。グリーンが当初のエンジニアであったがこのスタジオでの仕事は2年あったかどうかだったと思う。
 最近の話題で、雑誌「ローリング・ストーン」の身売り話があった。創業者ヤン・ウェナーの名前を久しぶりに聞いたが、そのウェナーがこの盤のプロデューサーであった。シカゴでスティーヴ・ミラーとやっていたボズが流れた先のサンフランシスコ、その地で雑誌を立ち上げたウェナーとの関係はフリスコ・ロックとして浅くなかっただろう。
 フリスコ前に北欧へ流れて彼の地オンリーのアルバム、フォーキーな弾き語り盤(ウルトラレアだったがCD化)があったボズだがそれは小手調べとして実質の「デビュー盤」はこれとしていいだろう、この後『my time』で再びマッスル録音があった、自身の音楽性との相性の良さを最初に示した好盤といえる。

バックはマッスル四人衆が張り切ってお仕事、そりゃそうだろう、自前スタジオが始まったばかりなのだから。ギターはジョンソン以外にデュアン、ヒントン、ボズも。ボズは結構弾く人だからこの盤でもヒントンのプレイと思われている箇所がかなりボズ本人のギター…とみた。
 コーラスに、シェール盤に続いて Donna Thatcher の名が。後にシスコへ行ってキース・ゴドショウと結婚、夫婦でデッドに参加した、あのドナ・ゴドショウその人。マーリンの奥さんのジーニー・グリーンは分かるが、トレイシー・ネルソンがマッスルへ出張りというのは珍しい_いやいや、これはフリスコ・オーバーダブだねきっと。

++++++


と…戸…都……。ここまで書いてさぁアップすっかな…と思ったがジャケ写を入れねばと気づき、スキャンも面倒ゆえネット拝借しようとしたわけで。そこでえらいコメントを見つけちまったよ!_「このエドセル盤、アホもたいがいにせ〜よ、盤面表記が『逆』であるぞ! original 1969 version となっているほうが77年リイシュー音源なのだ。ゆめゆめ『オリジナルが最高じゃん』などと吹聴して赤っ恥をかくなかれ…」とな! でもってwiki を見直せば、"Boz Scaggs (album)" の項目にもちゃんと書いてあったわ_「Edsel mislabeled the discs... 」と。
 怖い!怖すぎる…。すんでの所でやっちまうところだったではないか。てか、もうやっちまってるし。なにが「名手マニング」だ…、それはトム・ペリーのミックスだってよ〜! 我、じっと手を見て涙ス…これまでもどれだけいい加減なことを書いてきたことか…。
 斗、少しだけ思ったがこれぐらいではめげない、だいたいシロウトのブログなんてこの程度/常に眉にツバつけて読んで頂きたい所存でござる。
 とりあえずは自己検証をしようと思い立ち、三十数年前に池袋オンステージヤマノで買ったUSのリイシュー盤、とうの昔に処分してしまった盤、そこから "I'll be long gone" だけは焼き残しているのでその音をエドセルの2枚の同曲とで聴き比べてみた。
(A) USリイシュー・アナログ
(B) エドセルCD "original 1969" と書いてある盤
(C) エドセルCD "1977 remix" と書いてある盤

(A) と (B) にくらべて (C) 、楽器定位/分離の激しいテイクになっている(左右振り分けでボズの歌のみがセンターにある)。なるほど、たしかにエドセル盤表記はミステイクですわ。
 が、よくよく聴くに…同じのはずの (A) と (B) 、近い、が「違う」。まったく同テイクではない。顕著なのはロジャー・ホーキンスのドラムのパン位置/定位。センターを0度として左右目一杯に振ったところを90度とする。
(A) 左40度
(B) ほぼセンター0度
(C) 右85度

深い、ミックス(リミックス)は深すぎる…。それは兎も角、なんだかんだ言って、やはりこの盤は "I'll be long gone" に尽きる。



posted by denny-0980 at 07:59| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月05日

Streetwalkers

Chap_streetwalkers.jpg


コッシュによるチャップマン=ホイットニー盤。"walker" というより "runner" だが_。一点透視でシンメトリー/読みにくい壁文字/奥の建物のみカラーで他がモノクロ…ぱっと見では「おお、典型的なヒプノシス・ジャケ」_走るふたりに漠然とストーリー性を持たせているところも…。コッシュには珍しい、ヒプノシス的なデザイン。ただしモノクロ仕事では『Tony Ashton & Jon Lord / first of the big bands』のほうがいい出来。

そのトニー・アシュトンはアシュトン、ガードナー&ダイクで知られ…ないか。Family にも_『it's only a movie』に参加。コッシュはファミリー・ラスト3枚『fearless』『bandstand』(これは名手コッシュ作のなかでもベストに近い傑作デザイン!)『it's only a movie』のジャケットも手がけていた。ファミリー周辺のジャケ仕事をよくやっていたことになる。それとこの時期のファミリーにギターで参加していたのがジム・クリーガンで、コッシュはその妻だったリンダ・ルイス盤2枚、そしてクリーガンが、現在まで続くから40年越しの付き合いのロッド・スチュワートのジャケも手がけていた。やはりクリーガンが参加したスティーヴ・ハーリー(&コクニー・レベル)のソロも…。クリーガン関係盤を多く手がけたコッシュ…という印象も強い。友人だったのだろうか。

posted by denny-0980 at 15:28| Comment(0) | Kosh | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

another side of UK Rock

ロジャー・チャップマンが好きなんだ。musician's musician? ついぞビッグネームにはなれなかったが…ルックスかな、問題はそれだけでしょ? Family のレコはいい。

久々にコッシュ、John Kosh design 盤を見つけたら、それがチャップマンのレコだった。コッシュ_前ブログ(whink.seesaa.net)を見てもらうとどれだけ大物ジャケを手がけたデザイナーか理解していただけよう。大物仕事も多かったが、裏組のジャケもまた多かったのだ。

California Comes to The Old Grey Whistle Test
https://youtu.be/cneO7RQe_xY
このなかの、ティム・バックリーに注目。これはアルバム・プロモーションのための渡英時のスタジオ・ライヴ。なので英国勢がバック。
guitar : charlie whitney
bass : tim hinkley
drums : ian wallace

このバック3人の名前、UKロック・レコのどれかで見ていよう。ジョン "charlie" ホイットニーといえばセッションもあるが、ファミリーである。つまりは、Family とはチャップマン=ホイットニーの「ふたりプロジェクト」と断言ス。歴代いろいろな顔が出入り。ジョン・ウェットンのデビュー・バンドとしても知られるファミリー(実はその前に1枚あったが)だが、ウェットン始め歴代メンバーはすべてトラである/セッション参加であった。それゆえアルバム毎にメンバーは代わった。
 

chapman-whitney.jpg


Family として73年盤『it's only a movie』を出して解散。翌74年に出したのはチャップマン=ホイットニー名義で『streetwalkers』、まあ別に体勢をはっきりさせただけで変わりはなかった。Streetwalkers はそのままバンドとなるがそこでも入れ替わり立ち替わりだからやはり何も変わっていなかった、チャップマン=ホイットニーとトラ・メンツというだけのこと。しかしこの時期のメンツを見てもらえばUSロック裏街道の名だたる顔が総集合。もちろんファミリー時期とも重なるわけだが。となれば、ロジャー・チャップマンの一声でどれだけのメンバーが馳せ参じたことか_これらの顔ぶれは以下のパフォーマーと絡んでいたのだからUK王道を支えた強力メンツの実力が知れようというところ…。


Family, Jeff Beck Group, Rod Stewart, Hummingbird, King Crimson,
Camel, Alvin Lee, Blind Faith, Roxy Music, Traffic, Yes, Vinegar Joe,
Monty Python, Bee Gees, Kokomo, Grease Band, Arrival, Humble Pie,
Cockney Rebel, Bad Company, Hanson .... more

(なぜにビージーズかというと、Blue Weaver …この人はアンディ・フェアウェザーとのエイメン・コーナーから始まって、ディスコのブームまっただ中だったビージーズのステージ/レコーディングを支えた)


posted by denny-0980 at 06:42| Comment(0) | Kosh | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月30日

スタジオの壁に

現在の Muscle Shoals Sound Studios はスタジオとしての機能を残しているようないないような…基本的には観光名所として everybody welcome ?

このようにスタジオ内の壁に過去録音盤がディスプレイされている様子。それをチェックす。

マッスルスタジオ内1.jpg

•kim carnes / sailin'  #046
•bob dylan / slow train coming
•sanford-townsend
  http://whink.seesaa.net/article/255283889.html
•donnie fritts / prone to lean  #056
•leon russell / carney
•willie nelson / phases & stages  #147

ディラン盤、改宗三部作のひとつだがこれは3614のスタジオでなく二代目スタジオでの録音。レオン・ラッセルか、ノー・チェックだっけ?




マッスルスタジオ内2.jpg

上・中・下と三段を左から右へ_
まず上段:
•joe cocker / luxury you can afford  #060
•jim capaldi / oh how we danced  #111
•johnny taylor / eargasm  #124
•jim capaldi / oh how we danced (UK jacket)  #111
•cher / 3614 jackson highway   #150
•ronnie hawkins
•art garfunkel / watermark  #008
•king curtis / get ready
•arther conley / sweet soul music
•boz scaggs / my time  #036

70年のロニー・ホーキンス盤はそうか、マッスルだったか。アーサー・コンリィ盤は67年だからマッスル・スタジオでの録音はないはず。


中段:
•cowboy / 5'll gotcha ten
  http://sakatomi.seesaa.net/article/414323772.html
•latimore / dig a little deeper  #102
•lynyrd skynyrd / street survivors
•joe tex / from the roots came the rapper
•traffic / on the road
•millie jackson / caught up  #071
•rod stewart / atlantic crossing  #019
•mike finigan  #015
•jose feliciano / sweet soul music  #163
• ?

スキナードの『street survivors』もマッスル? ネチれば本拠地ドラヴィル以外にクライテリア/マッスルも。1〜2曲か。72年のジョー・テックス盤。アトランティックのハウスデザイナーだったと思う Stanislaw Zagorski のイラストジャケ。エリック・カズ『cul-de-sac』もこの人。トラフィック盤は、ライヴだからスタジオは関係ないでしょ。ミックスかも。


下段:
•bob seger & the silver bullet band / stranger in town  #012
•eddie hinton / very extremely dangerous  #162
•wilson pickett / don't knock my love
  http://sakatomi.seesaa.net/article/449265298.html
•gotham flasher
•joe simon / mood, heart & soul
•harbie mann / muscle shoals nitty gritty  #156
•linda ronstadt
  http://whink.seesaa.net/article/402093511.html
•paul simon / still crazy after all these years  #042
•?
•lynyrd skynyrd / first and... last
•jackie moore / make me feel like a woman  #164
•bobby womack / understanding  #090

ゴッサム・フラッシャーというのはまったく知らなかった。discogsによれば、79年盤でたしかにマッスル録音と。しかし Electronic / Disco 区分け。こりゃパスだわ。スキナード盤は事故後に出たデビュー前のデモ音源。


++++

ロニー・ホーキンス/キング・カーティス/ジョー・テックス/ジョー・サイモンと、積み残し…ピートは関係ないし、あまり触手が伸びないところ。ほかにもまだ20枚ほどチェック盤を残しているけれど、どうしたものかと思案中。


posted by denny-0980 at 10:29| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月24日

Alabama deep soul

(以下文中「マッスル・サウンド」「Muscle Sound」は録音スタジオ Muscle Shoals Sound Studios のこと)

現在進行中の仕事の資料としてワーナーさんからの頂いた2枚組CDは2013年のブラック物_『Soul Deep : deluxe edition』。ソウル界の雄=アトランティック・レーベルの、タイトル通りのディープなシングル・コンピレーション盤。そのディスク1/全24曲がほぼマッスルショールズ関連盤で占められていた。
10年以上マッスルショールズ盤を digってきたが、「ロックな<}ッスル追いかけ」をメインにしている。フェイム録音、とくにコアなブラック音源は手をつけずにスルーしてきた。
このCDには70年前後の、たぶん全てがシングル音源なのでいままで当方は追わなかった実にコアなところだが、よくよくみれば興味深い箇所もアリ_資料的な意味ですこし記したい。

67〜73年のシングル。FAME 録音がメインで Quinvy, Muscle Shoals Sound Studios 録音が数曲。ここで興味深いのはギターのこと。フェイムでのメイン・ギタリストは Albert "Junior" Lowe 。ロウは、スプーナー/ドニー・フリッツ/ホーキンスと共にダン・ペンのバンド、Dan Penn & the Pallbearers の一員であった人。マッスル四人衆の独立時について行ってもおかしくなかったか…いや、ここがポイント。ギターはジミー・ジョンソン一人で十分だった。CDを聴くにこの時期、まずリード・パートが無い。ギターもサックスも、ハモンドがぶぁ〜と吹き上がることもなし。器楽間奏という概念がほぼ無なかった? なのでロウもジョンソンもコード単音弾きを主にこなしてきた古いタイプのギタリストと見る。中で、2曲のみ名前があるのがデュアン・オールマン、堂々とソロを弾く(スライドと)。南部マッスルでの際だったリード・ギターの弾き始めがデュアンだったように思えてきた。デュアンがマッスル界隈でセッション・ワークしていた時期は1年となかったのにいまだに「マッスル・セッションマン時代の名演」が語られるのは、単にその後の活躍からだけではなく、リード・プレイの先駆者だったからかも。時代はサイケデリアからニュー・ロックの時代だから変化は当たり前と言えば当たり前であったが、南部はスクエアな土地柄ゆえに遅れていただけだろうが…。新たな時代の一石を投じたデュアンか。
デュアンがアワーグラスとして最後の、起死回生セッションをフェイムで録ったのが68年秋。そこでバリバリにブルースを弾きまくったが、それを見たリック・ホールがスカウトしてセッション仕事開始だろう。その音源はボツになりバンドは解散だったのだから。そのアワーグラスの「ベーシスト」として参加していた我らがピート・カー。ピートがマッスルに戻るのは71年のこと。解散後、アワーグラスの同士=ポール・ホーンズビィ&ジョニー・サンドリンと行動を共にする、メイコン・リズム・セクションとして。四人衆はリック・ホールから独立してマッスル・サウンドを開始するが、不足のリード・ギタリストにはデュアンとエディ・ヒントンを起用。デュアンがオールマンズ活動へ本腰を入れだしたからだろう、メイコンからのピート・カーが席を替わる。

CD収録で要チェックな曲は以下:(スタジオ/録音月)
01 : Don Covay & The Goodtimers / I stole some love (Fame, Sep. 68)
13 : Mighty Sam / I've got enough heartache (Muscle Sound, Nov. 69)
14 : J. P. Robinson / Don't take my sunshine (Muscle Sound, Mar. 71)
18 : The Lovelles / Pretending Dear (Fame, Dec. 68)
22 : Lorraine Johnson / If you want me to be more of a woman,
  you've got to be more of a man (Sound of Birmingham Feb. 73)
23 : Peggy Scott / One night is all I need (Muscle Sound, Aug. 70)
24 : Peggy Scott & Jo Jo Benson / I can't say no to you (Sound of Birmingham, Aug. 71)

まずデュアン物。01と18でリードギターを。バックは四人衆ではない。ライナーではバックを「フェイム・ギャング」としていて、それは元々インペリアル・セヴンという4人バンドがナッシュヴィルからマッスルへ来てフェイムの専属バンドになったという(四人衆はフェイム・ギャングとは別扱いしているが…)。リズム隊は Jesse Boyce : bass & Freeman Brown : drums 。
13マイティ・サムというシンガー盤、69年だからマッスル・サウンドとしては最初期録音。リードはヒントン。23ペギー・スコット盤も同様。14盤は71年ということでリードがピート・カーに。ピートとしては彼の地での最初に近い録音か。
そのピートが、マッスル・サウンド以外での参加がバーミンガムのスタジオでの22と24のシングル盤。

デュアンが「らしい」ギターを弾いている以外はいまひと良さが分からない当方。が、23は特筆に値す。リズム隊=フッド/ホーキンスが良い、とくにホーキンスのドラムが「ロック的に」素晴らしい。あらためて思うのだ_当方のマッスル追求は、ピートのリード・プレイとホーキンスのドラムが目当てであったんだな、と。マッスル四人衆の独立は、マッスルの地で「ロックンロール・スタジオ」を作ることであったことを再認識。実際にその通りに…名だたるロック・ジャイアンツがこぞって、FAMEではなく<}ッスル・サウンド詣でを繰り返すことになる。



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2017年06月11日

マッスル・シングル_参考盤


ちょいとトホホなCD2枚、アマ・マケプでUS業者から買い。バリー・ゴールドバーグ盤とヤングブラッズ盤。

バリー・ゴールドバーグ。目立たないキーボーディスト、渋い裏方。アル・クーパーがらみで『super session』、ブルームフィールドと組んでエレクトリック・フラッグ…それとて大きな話題でなく。しかし当方的にはマッスル録音のソロ盤があり、それ以上に重要なのはジェリー・ゴフィンと共作した二大名曲_ "It's not the spotlight" "I've got to use my imagination" 、作者であったこと。

ネットを見ていてバリーのあるソロ盤の参加クレジットに驚かされた。ギターが5人_マイケル・ブルームフィールド/デュアン・オールマン/ハーヴィ・マンデル/ダニー・ウィッテン/エディ・ヒントン。個人的にはビッグネーム、これだけ集合ってマジ? それが71年盤『blasts from my past』。それの、ほぼ倍のボリュームになった extended version CD が出ていた。これは見過ごす手はない、勇んで購入した次第。


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2週間待って届いたら、CD-R/ジャケはカラーコピー、音は盤からダイレクトでノイズあり最悪…。半泣きで聴いたらかなりごちゃごちゃした音像、しかし光る曲がなくもない…ギリで許すかという感じ。
ごちゃごちゃの背景を知りたくてdiscogsやらいろいろネチってみたら_。
英語分からぬ悲しさ、まずタイトルが「過去作からのしょぼいモノ」だった。71年時点で、新作ではなくて過去リリース盤からのコンパイル盤。「ベスト・オブ〜」と銘打てる位置でないことを重々承知してのタイトルだったんだろう。
66年『barry goldberg blues band / blowing my mind』
68年『barry goldberg reunion / there's no hole in my soul』
69年『barry goldberg / two jews blues』
から寄せ集めた11曲。CDはそれにレア・シングルや出所不明曲含めての10曲プラスの21曲盤。

74年のソロ『barry goldberg』はボブ・ディラン/ジェリー・ウェクスラーがプロデュースした、マッスル録音でも秀逸な1枚で知られる。しかしその前からこの人はマッスルへ「来ていた」。69年盤は、半分がロスで半分はマッスルのクィンビー・スタジオ録音だった。ゆえに、デュアン・オールマンやらエディ・ヒントンらマッスル勢の名があったのだ。68年盤に1曲のみダニー・ウィッテン曲が。そこでのワウワウ利かせたギターがウィッテン…ということかもしれない。

ハーヴィ・マンデルはすべての盤で弾いている。バリーとは同時期デビューの盟友、「シカゴ・ブルーズ・サーキット」で同じ釜の飯を食った仲か。シカゴにチャーリー・マッセルホワイトというハーピストがいて、どうやらこの人が「60年代なかばのジョン・メイオール」のような存在であった様子。マッセルホワイトのバックにマンデル/バリーが加わり、おのおののソロ作では交互に参加しあっている。
シカゴのその「サーキット」にはブルームフィールド、エルヴィン・ビショップ、スティーヴ・ミラー、ボズ・スキャッグズらもいたのでは。
で、CD収録で一番古いレア曲は65年の "the mother song" _これは The Goldberg - Miller Blues Band 名義で出した唯一シングルだった。スティーヴ・ミラーとの双頭バンドがゴールドバーグのプロデビューだろう。
バリー盤のほぼすべてでドラムを叩くのは "Fast" Eddie Hoh 。イリノイの生まれとあるからこの人もシカゴ・サーキットにいたのだろう。ホー、『super session』のドラマーであり西海岸へ移って?_Modern Folk Quartet へ。チップ・ダグラスとの絡みからだろう、モンキーズ・セッションでもかなり叩いていた。
CDでのブルームフィールドがギターを弾く曲はすべて『super session』まま。その続きを聴かされているかのよう。長尺のブルース・セッションでハモンド/ギター/ドラムが同じメンツだから…。

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74年にマッスル録音ソロ、その前73年のやはりマッスル録音による傑作は『Gerry Goffin / it ain't exactly entertainment』。作詞家ゴフィンが組んだ作曲者がゴールドバーグ、2枚組LPで(1曲を除いて)全曲の共作者となっている。プロデューサーのひとりでもあった。
69年に既にマッスルで録音をしていたゴールドバーグだが、72年に出した1枚のシングルもまたマッスル録音であったとは_。
Barry Goldberg featuring Clydie King
"mockingbird / jackson highway" Reprise REP-1120

ブラックベリーズとしても知られるセッション・シンガーとのシングル。A面は後にジェイムス・テイラー/カーリー・サイモンが結婚時に仲睦まじくデュエットしてヒットさせた曲でもあった。こちらはUTにあるが聴きたいB面がないのが残念。「ジャクソン・ハイウェイ」とはずばりでマッスルを歌った曲。ネットでレーベルフォトを見ると両面とも Recorded at Muscle Shoals Sound, Muscle Shoals, Ala. Produced by Russ Titelman & Gerry Goffin とある。で、上記ゴフィンのマッスルLPには "The last cha cha on jackson highway" という曲があり、作者クレジットは Goffin - Goldberg - Titelman 。アルバムの1年前のシングル "jackson highway" とこれは同じ曲だろうか、否か。

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蛇足だが:ハーヴィ・マンデルは回復〜元気になっただろうか。ガンで闘病…経済的に苦しいとのことで雄志がエイド・サイトを立ち上げていた。ストーンズ盤でも弾いた名ギタリスト。欧米では医療費が半端なく高額らしく、知られたミュージシャンでも病魔に冒され苦境にいるとよく耳にする。当方、ハーヴィは大の贔屓ギタリストゆえ、少額だがサイト経由で donation したのが4年位前のこと…。


posted by denny-0980 at 15:34| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月26日

全員集合!


"3614 JACKSON HIGHWAY"_初代の、69年から10年間運営され二代目スタジオへ移転したが、時が経っても解体されることなく残っていたから90年代末からスタジオとして使用再開し、いまは歴史記念館的扱いになったのかな、Muscle Shoals Sound Studios 。まあ「マッスルの聖地」でしょ。一度は巡礼したいものだが…。
しつこだがここ、正確には「マッスルじゃない」。アラバマ州コルバート郡で、郡内は4地区に分かれていたか、ひとつが Muscle Shoals だがこのスタジオの場所は Sheffield 地区。3614 Jackson Hwy, Sheffield, Alabama が正確な住所。



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最初期録音盤『Cher / 3614 Jackson Highway』のジャケ撮り以来、セッションはもちろん、普段からお約束となったのが「スタジオをバックに集合写真」。
過去何枚も入れたがこれを新たに。「Carol Buckins 29歳誕生日記念」だそうな。車の上に乗っているキャロル…名前からして、マッスル・ライター/プロデューサーにしてソロ作もある Micky Buckins の、妻か妹か? ハウス・エンジニアのメルトンがハッキリ映っている。Diane Butler 女史はほかの写真でも入っていたからスタッフのひとりか。右のふたりは分からない。

この「スタジオ前」写真の時系列をハッキリ示すのは、スタジオの窓。向かって左窓に貼られた「3614」の数字が、再開後ははがされて何もない。あれば最盛期、79年より前の撮影ということ。ちなみに大きな目印のアドレス看板"3614 JACKSON HIGHWAY"も、再開後に架かるのは別物で、文字に平体がかかっている(少し平たい)。玄関ドアも最近は白く塗られたか替えられたか、変わった。


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キャット・スティーヴンス・セッション風景。唯一の(一部)マッスル録音盤、77年『IZITSO』のとき。
ギルドを弾きながら歌うキャット、リードギターはピート・カー(ギターは76年のソロ作に写っている Gibson "custom L-5" だろう)、奥にテレキャスターを弾くジミー・ジョンソン。ピアノはベケットではないな、キャットが連れてきたUKメンバーか。


posted by denny-0980 at 09:58| Comment(0) | TrackBack(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする