2021年10月12日

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SAKATOMI 欧字フォント「完全フリー化」

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2021年10月10日

夕刻

NHKすらサイトで,「日本人の受賞はアメリカ国籍を
取得した人を含めて28人目です」なんて書くからクリビッツですわい..
アメリカ国籍を取得した人を「アメリカ人」と呼ぶんじゃないの?
いや,,言うに決まっている.. 日本国籍を棄てた人を
日本人とは_詭弁以外のなんなのか..
「真鍋淑郎」という人物はもはや存在しない..
Shukuro Manabe というアメリカ人が受賞した事実のみ..
ここは,,,
なぜ Dr. Manabe が国籍を棄てるに至ったのか,,
なぜ才能流出が頻発するかを考えるべき
いい機会というのに,,その反省もなしに
「日本人受賞」号外まで刷った新聞社があること,,
憂う...てか「この国ほんとダメだわ」
+
で,,またまたダメな選挙が
行われてしまう予感,,,恐ろしや..
posted by denny-0980 at 18:41| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月09日

SD deleted tunes

20211007_135006.jpg


いくつかのバンドとアーティストを長いこと追っていたが
最近は…ブライアンすら何が新譜か分からない有様.
それでも,たまに目に付くことがあって,この贔屓バンド=
SD (Steely Dan) なんだが,最近ちょっと見つけた小ネタは_
ママパパがらみ.
+
このレコは昨年買った_UKから送らせた物.
見ての通りのトンデモジャケの,内容も能の無いコンピ_
1.5€だったかな,200円程度のレコは送料のほうが高く
ついたがそれでも1000円かかってない.
まあカス盤ではあるが個人的には,SDマニアとしては
非常に意味ある1枚.
ジャケにあるようにこれは PROBE label sampler ,
英EMI の廉価レーベル MFP からの1972年盤.
PROBE は欧州レーベルで,米ABC/Dunhill音源配給先.
なので収録はすべてUSアーティスト音源.
Dunhillを支えたママス&パパスやスリードッグナイトなどを
収録だが,ここに「新人バンド」SDの "Dallas" も収められて
いたので買った次第.
72年時点で,すでにこの曲が「オフィシャルに」出ていたのが
驚きなのだ. 唯一盤.
唯一とは,SDのブレイク前に=Q dallas / sail the waterway
2曲うち1曲でも収録した盤という意味.
ベッカー/フェイゲンは忌み嫌い,SDのボックスにも収録を
認めなかった「幻のファーストシングル両面」がこの2曲.
ゲイリー・カッツすら一切語らないほどに、SDヒストリーの
「黒歴史」…というより3人はこれは「無かった」ことと完全無視を
貫き通す.
+
+
72年デビューLP『can't buy a thrill』リリース前に,
「リリースしたシングルだが,速効で回収された…」とも言われる.
たしかにUS ABC 盤/UK PROBE 盤シングルは存在するが,
レーベルに promotion と入ったものと入っていないものがある_
けれども両国ともに市販盤はないと思う. すべてラジオ局向けの
DJ copy で,極小ロットを刷っただけで回収などするほどの枚数は
出ていないだろう.
「曲がカントリー風でイメージに合わないからレコ会社が回収した」
「カッツの名が Gary Kannon になっていて激怒して回収させた」
他にももっともらしい理由付けはあるが,すべて眉唾.
Gary Katz はもともとNYでリチャード・ペリーのところで修行していたが
(71盤『barbra joan streisand』がペリー・プロデュース盤で,
 ここにベッカー/フェイゲン曲が1曲のみ収録されていた:これが
 ふたりがカッツと知り合ったきっかけだろう)
ヘッドハンティングなのかどうか,西海岸ABCのハウスプロデューサーへ
迎えられて異動,ついてはB&Fふたりも…ソングライターとして
誘ったのではなく,ABCからバンドデビューをすでに考えていたと思う.
ちなみにカッツはペリー・プロダクション時代まで
Gary Kannon の名前だった,『can't buy a thrill』以降 Katz に変えた.
+
dallas / sail the waterway
この2曲,USは前述プロモシングルが少数出回っただけでその後に
一切オフィシャルリリース無し.
英・日は,SDのブレイクを見て便乗商法_英は77年に4曲入りの
12インチとして/日本は翌78年に『aja』ヒットを受けて独自コンピ
『スティーリー・ダン』という7曲LPを出す,ここに2曲とも収録.
リリースは12インチ/LP,これだけ. どの国でもCDにはなっていない.
すべての音はモノラル. USプロモのなかにMono/Stereoで両面と
なっているものもあるが,どちらもモノらしい.
+
で,,,やっと戻るが, Dallas が72年にひっそりと…まだ海の物とも
山の物とも分からないときのSDの曲が,,収録されていた,その盤を
見つけたワケですわ.
安かったのも理由だが,万に一つの可能性…もしや Stereo take が
紛れてはいまいか…と期待したが,それはなかった.
裏ジャケには
"Dallas"_ from the Probe album [Can't buy a thrill]
と書かれている. UK PROBE への US ABC からの
リリース・インフォメーションでは,デビュー盤収録と
あったわけだ.



「Steely Dan…, バンド・デビューすれどB&Fの専政進み,
ひとり二人と切られ…ついにはユニットと化して
バック演奏は腕利きスタジオメンツに専任させた_
そのセッションクオリティがあまりに高く,
いまもってスタジオレコーディングの金字塔たり得ている」
てなところかね.
ま,金字塔に異論はないのだが,端から「バンド」の考えは
なかったと想像している.
ベッカー&フェイゲンが誘ってNYからロスへ連れてきたのは
デニー・ディアスだけだったと思う.残り三人はカッツが_
なのでフェイゲンは「誰だ?こいつら…」だったんじゃないか.
カッツとしては,二人の楽曲を活かすためにトップのスタジオ勢を
使いたかったが,新人にその予算は無し_とりあえずは
自前で音を作るしかない,そこで旧知の…
Vocal : David Palmer は,キング&ゴフィンの tomorrow レーベルから
シングル出していた Myddle Class のメンバー. SD後も
キングの "jazzman" を共作したようにずっと「キャロル組」と
いえそうなミュージシャン.
Guitar : Jeff "skunk" Baxter もボストンのバンドで既にLPリリースの
プロ活動があった.
Drum : Jim Hodder, 70年唯一盤『welcome』リリースのバンド
Bead Game のドラマーにしてリードヴォーカルだった.
この盤のプロデュースは Gary Kannon その人.
ということで,三人ともにティンパンアレイ関係ミュージシャンで,
カッツの顔馴染みだったんじゃなかろうかな.
(フェイゲンがいながらパーマーを入れたのは,フェイゲンが
 猛烈な自信家にして極度の stage fright …だったんじゃないかと,
 これは想像…)
+
NY long Island 在のセミプロギタリスト Denny Diaz(Dias) が
Village Voice 誌に「メンツ募集:ジャズやる気ある奴」と出したのに
応えたのがB/Fで,ディアスが率いた Demian というバンドに
参加,これがSDの大元と言えなくもない.
ディアスという人は,結局最後(『ガウチョ』を最終SDアルバムと
個人的に位置づけ)までSDに付き合ったギタリスト.
他にセッション参加もなかった(1枚だけ見つけた)のは
ロックにまったく興味がない人だったと想像する.
+
+
シングル「A : dallas / B : sail the waterway 」
ホッダーはほんといい声, Aのヴォーカルを取っている.
Bの歌はフェイゲン自身.
たしかにともに,SDらしいジャジーさも屈折も感じさせない
カントリーロックtune. にしても,B/Fのペン,どちらも凄くいい曲.
初期の重要曲に "Brooklyn" があるが,乾いた青空が広がるイメージで,
転調もないストレートなアメリカンロック.
この2曲も同様…フェイゲンの初期衝動というか,この手も
SDの一部であったがファースト以降はすっかり
影をひそめた.("pearl of the quarter" が最後か_)
+
初期メンツに関してだが_
ギターはスカンクの前に, Elliott Randall を
フェイゲンが誘ったと確信する. Demian 時代からの
仲間だったから.
が,ランドールは生粋New Yorkerで,サンタモニカの
暑さと西海岸の脳天気加減が肌に合わぬと
拒否したんだ,きっと…wwww
+



さてここから本題.
3年前にこのCDが出ていたこと,最近気付いた.
ママス&パパス四人で一番目立たなかったパパ, Denny Doherty の
『of all the things: complete ABC/Dunhill masters』

70年のソロ『watcha gonna do』全曲にシングルとお蔵曲を
足した16曲CD.
ここにB/Fが書いた2曲が収録されている.どちらも
"Gary Kannon" produce . しかし1972年に録られながらここで初出,
当時出なかったシングル両面らしい.
sail the waterway / giles of the river

"giles of .." はまったくの駄曲,見るべきものなし.
ただこの曲は,同じDunhillアーティストだからだろう,
ex-Steppenwolf の John Kaye が73年セカンド・ソロで
カヴァーしていた.
語るべきは "sail the waterway" _
前述どおりにストレートなアメリカンロックチューンで,
全編に Skunk Baxter の冴えたsingle coil tone が,
double track で響くのがSDのテイク.
で、最初に思ったのはデニーのテイクでのバックトラックは
SDテイクを流用,ヴォーカルだけを被せているだろうと.
しかし違った_かなり似たアレンジで一聴すると「同じ?」と
感じるほど. が,よく聴けば別ですな,
で,やはりここでもSkunk guitar は健在.
デニー2曲もバックはSDリズム隊が担当したはず.
+
そこで思う, このデニーのシングルが
もしかするとゲイリー・カッツのABCでの初仕事かもと.
SDのデビューを画策していたカッツに,まずこのデニー・ドアティ
のシングル仕事が振られた_そこでカッツは,ベッカー/フェイゲンに
「デニー用シングル曲」を書かせたのではないだろうか_.
"dallas" "sail the waterway" "giles of the river" …
もう1,2曲あったかも.
4〜5曲を,バンドの腕慣らしも兼ねて「デモ録音」して
提出したのではないか.
うち,2曲を録り直した…が,オクラになってしまった.
それを惜しく思ったかレコ会社ABCは,新人バンドの様子見がてらの
2曲のプロモシングルを作ってしまったというのが
事の顛末…ワタシの勝手な妄想ですがね.
ならばフェイゲンが「おいおい,人に書いた曲,それも
デモ録り…それをシングルリリースとは何のつもりだ!」
と怒りそうなものかと….
+
"dallas" はジム・ホッダーの声がいい感じ.
スカンクがpedal steel & guitar, それとコンガも…八面六臂.
75年にPOCOのカヴァーがアルバム [head over heels] 収録された.
Rusty Young というペダルプレイヤーがいるバンドだから
モロにハマった. ポコもABCの契約バンドであったし,
後のeagle-ティモシー・シュミットはその以前から
SDのアルバムにコーラス参加していた仲.


posted by denny-0980 at 14:03| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月07日

パンドラの匣 by Roderick S.

「パンドラ文書」…来てますなあ::-))
リンゴ・スターやエルトン・ジョンらもカリブ海に
架空法人作っての税金逃れとすっぱ抜かれ,,か.
ふたりとも使い切れないほど持ってるだろうに…
「なんで年収5千万の税率30%で、10億稼ぐ俺は70%も
 取られにゃならんのだ!」??英国税制はよ〜知らんけど.
巷間伝わるが金持ちほどケチで貪欲…なんだろなぁ.
パンドラじゃないが,以前日本で著作権でもめた際に
漫画家松本レージは「孫子の代まで印税を残したいのだ」と
宣ったヨ_どんだけ欲深いやら,呆れてものも言えない.
爺さんの身代を孫が遊び呆けて食いつぶす_
真っ当な身内を育てる意識は皆無か,レー爺さん.
+
リンゴと来て,ポールは名が出ぬ? こなた財務管理人は
一枚上手かも…「バハマやバージン諸島でこそこそやっていると
絶対足が付きます,ワタシはもっとスマートに隠してみせましょうぞ」
なんてね.

posted by denny-0980 at 13:48| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月06日

sad sugar babe

『大瀧詠一』収録曲「それはぼくぢゃないよ」_
LP買ってから50年か?
いまになってハタと…やっと気付いた,曲はともかく
このタイトル,そうかディランだったかと.
"it ain't me, babe"

ディランでなくタートルズ「悲しきベイブ」だったなぁ
この曲は. てなこと言ってもぜんぜんリアルタイムじゃあらへん,
後になって知ったがね.
ただ,巨泉の「ビートポップス」でかかっていたような…
うっすらとした記憶は,ある.
posted by denny-0980 at 19:46| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

westerner outfit

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Bellwood 盤『大瀧詠一』,
底は10cm、背はほとんど割れてしまった.
シングル・ジャケで,付録がB5サイズ16ページ
歌詞ブックレットだから膨れたかも,
と思ったが_なかに無理にシングルも1枚入れていた,
忘れていたヨ
「空飛ぶくじら/五月雨」 OF-3
A面は未収録でB面は別テイクだったか_それで買った.
+
ハウス的american cultureで思い出したのが HARADA のwestern shirt.
この大滝LP内袋写真の,細野晴臣が着ているのがハラダ製.
植物っぽい…?柄が入っている.
鈴木茂のもたぶんハラダと思う,こちらは無地.
ハラダのウェスタン,袖はしっかり三つボタンでOK.
胸ポケット・フラップが尖ってるのが特徴だった.
残念なのは,襟が大きかったこと. それと
生地(綿/ポリエステル混紡でポリの割合が多かったか)厚みが,
無地はそこそこだったが柄物はとにかく薄くて,
洗濯を繰り返すとヘタって駄目になった.
なので何枚も買った,安かったし_¥1500だったか.
その頃千駄ヶ谷に「ランチ」= hollywood ranch market が
古着屋としてオープンした.本場もののウェスタンシャツ_
H bar C ブランドが古着でも¥8000ぐらいしたな.
(H bar C は英米ミュージシャンの誰もが着ていたほど)
+
いまストリートビューで原宿竹下通りを見ているが既にハラダは
閉店か….原宿駅から通りを入ってすぐの場所だったが見当たらない.
ハラダ、代々木公園がワシントンハイツだった戦後からの老舗だった.
キディランドやオリエンタルバザー同様に米国人相手の店で,
ゆえに成増/川越街道沿いにも店舗があった,こちらもよく通ったワ.
光が丘団地になっている場所がその昔はグラントハイツという
米軍施設だった.

蛇足:
竹下通りといえば…中程のビル地下店だった,小林克也がオーナーだった
American Allstars という古着屋も当時あって,ここにもよく買いに行ったヨ.
その対面ビル2Fが赤富士…こちらはUKオンリーの古着屋,
かならずこっちも覗いたもの :-))
posted by denny-0980 at 08:28| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月05日

先祖

TVクイズ番組のなかに「高嶺の花」という言葉がでてきた.
はてこれは「高根の花」じゃなかったか.
調べると,いまは嶺のほうが使われるらしい.
しかし新聞・雑誌には高根が依然と頻度が高い、ともに
間違いではないと.
根にも屋根/尾根など高みの意味はある.
二年前に他界したお袋が旧姓「高根」だった.
親戚に花子がいたら「高根の花子」だったな_
お袋の在所は愛知・静岡の県境の奥三河.
数年前の大河『おんな城主直虎』で,根城という山城跡が
ロケに使われていたが,その場所は在所のすぐ近く.
ご先祖様か?
名字ランキングをみるに,全国2519位/およそ5,600人と.
珍名の響きはないが,そうそうある名字ではないだろう.

posted by denny-0980 at 15:11| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「ハウス」のこと

002.jpg

狭山『細野ハウス』,泉谷しげる『黄金狂時代』ジャケに
なっているのも狭山でアリちゃんの「ハウス」.
大滝 福生「ジャパマ-ハウス」の内外写真もかなり人目に
触れていて,,,窓枠こそカラフルだったりしても
瓦屋根であったり,二股の古くさい煙突が出ていたり…
和洋折衷でしたな.
想像するに_作ったのは日本人大工,部材もすべて
一般住宅のものを,「米軍から渡された設計図」に
従ったまで_でしょ.
軍人家族が使う仕様でも一生住むわけでなく,あくまで仮宿,
短期間で入れ替えも頻繁だったろう_佇まいだけでも
アメリカンであれば良し…程度かな.
+
基礎を立ち上げてない(空間がない)で,ほぼ土の上に
板張りだったから_
日暮のトシちゃんもこぼしていたヨ…めっちゃ寒いんだと.
冬場はストーブをがんがんに焚いて
まず部屋の温度上げないと何もできないと云っていた.
場所も,米軍道路=16号線に沿った横浜/座間/入間
/福生/狭山/所沢/川越/柏…皇居から40kmぐらいの
放射円で,ただでさえ都心より寒い郊外.
住み心地よりも American culture 追体験に
重きありて…? 寒さに耐えかね都心へターンした
ミュージシャンも少なくない?
大滝あたりは畳敷いて炬燵だったのでは.
posted by denny-0980 at 10:58| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月30日

Thomas

ハートブレイカーズ前にトム・ペティがやっていたバンド
Mudcrutch, 当時のリリースは何もなかったと思っていたら
こんなシングルが1枚,あったとは.
メッチャカントリーロックで,録音は Criteria /プロデュースが
座付きアルバート兄弟の弟ロンでしたか.
ペティは地元育ちだが,ギターがトム・レドンだったのか.
Eagle-バーニーの弟は,[Wham-Bam] 一発屋 SILVER だから
西海岸と思っていたから意外.
この曲もシルヴァーのアウトテイクと云われれば
納得できそうな音.




posted by denny-0980 at 08:46| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月29日

八木誠+カメ

前に書いた通り,我がBB事始めは76年盤『15 big ones』を日本盤で
買ったとき.しかし今回,5CD-BOXを聴いていて思いだした_リアルタイム曲.
71年盤『サーフズ・アップ』収録の "don't go near the water"だった.
中学時代,70年から音楽誌『ミュージックライフ』を買い出した.
そこには当然,新譜LP/シングル・レビューがあった.
そこで見たのが,シングルカット「清流はいずこへ」だった.
「ビーチボーイズなんてオールディーズバンドが,まだ解散しないで
やっていたんかい!」と驚いた.
当時,完全無視されたロートルバンド…それでもエールを送っていたのは
ライターの八木マコっちゃん/亀渕カメちゃんぐらい.
ML誌のレビューに,確かカメ氏_「BBはまだまだ健在なのだ,
エコロジーにも目を向ける社会性も持つバンドに変身したのヨ〜」なんて,,
感じの文章を寄せていたと思う.
posted by denny-0980 at 20:13| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする