2030年12月31日

Sakatomi _ Denny's handmade fonts


!TOP-03.png

https://watt05.wixsite.com/sakafon

- Alphbet Free Font -
欧字フォントを随時制作しております.
「フリー」=無料配布中です.
all FREE each FREE every FREE!!
"All Right NOW"

otf_Open Type Font データ, free ダウンロード
(詳細はサイトを_)

+

YouTube 投稿_ Making New Font





+++++

それとこれは20年来のライフ・ワーク_
アラバマ州マッスル・ショールズのスタジオを掘り続け…
とくにギタリスト Pete Carr をmaniacに検証中

 "denny-O-Muscle" 過去評価盤備忘表 http://muscle-album.seesaa.net

posted by denny-0980 at 00:00| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月05日

マッスル録音の


donnieF-muscle.jpg


お約束_スタジオ前集合写真、これはフリッツ盤の。
立っている後列左から〜デビッド・フッド/ジミー・ジョンソン/ヒントン奥さん?/エディー・ヒントン(背が低い)/トニー・ジョー・ホワイト/マイク・アトリィdixie flyers/クリス・クルストファースン/ロジャー・ホーキンス/バリー・ベケット(背後)/サミー・クリースン dixie flyers/ピート・カー(童顔)/ダン・ペン/コーラスとスタッフで4人
座り前列〜ジョン・プライン/ドニー・フリッツ/ジェリー・ウェクスラー/スティーヴ・メルトン&ジェリー・マスターズ(スタジオ・エンジニアふたり)/トム・ローディ(巨漢スタッフ兼パーカッション)/別のスタジオのスタッフ
=
てことで、ベンチャー・マギーはここにいない…(マッスル・マギーもいないが/それとスプーナー)。それでも歴代集合写真ではミュージシャン的には最も大物揃いがこの時。スタッフ的には、いの一番のシェール盤ジャケ。ウェクス/トム・ダウド/アリフ・マーディン揃い踏み。
+
+
facebook post_ 写真2枚で上は、マッスル四人衆唯一survivor デヴィッド・フッドと写るマッスル・マギー。で、もう1枚、顔が似ているから娘さんかも_手にしているギターが…
http://www.electroacoustics.com/Rhythm%20Section.htm
このページがいまも残されていて嬉しい。20歳のピート・カーがメイコン・リズム・セクション時に愛用していたテレキャスター。ネックは差し替えられているが、それをマギーが持っている…仲がよかったと見える。
そのことだが。
ピート・カーの盟友、ふたりで「ルブラン&カー」でヒットも放った仲のレニー・ル・ブラン。76年のソロ『Lenny Le Blanc』(リイシュー盤は『hound dog man』改題)は、ピート全面協力の名盤。この盤のクレジットに:
Thanks to Jerry McGee for use of his Stratocaster
とある(ル・ブランはギターを弾いていないのでこれはピートによる謝辞)。
この盤を買ったのは原宿メロディハウスだったか、そのときにピートとマギーがそんな仲だったかと思って以来、ベンチャー・マギーがマッスル?_若干疑問だったんだ。違ったねぇ、そのストラトは近場の友人、(マッスル)ジェリー・マギーのでしょ…RIP。

Mcgee1.jpg

Mcgee2.jpg

posted by denny-0980 at 09:22| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月04日

ジェリー・マギー




が亡くなった。Ventures のマギーは…ダック・ダンと同じだったな、東京で客死、2019年。先週亡くなったのがジェリー・マギー、アラバマ/マッスルのギタリスト。
+
74年盤ドニー・フリッツ『prone to lean』。76年に大学へ入って、軽音ロック・サークル、組んだバンドは先輩らと。ベースの間宮さんが絶対やりたいと言い出したのがこのLPの "sumpin' funky going on" 。そう言われて、僕もリーダー大木先輩も曲は分かっていた_当時で既にこのアルバムはUSロック好きには共通認識というか、Must な1枚だった記憶。この年の夏休みに、狭山の大木先輩宅で練習_くそ暑いなかを何度も通ったことを思い出す。が、トニー・ジョー作のとびきり swampin' な曲を上手くやれるわけがなく(僕はなぜかドラムだった)、この曲は早々に諦めた。
プロデュース/クリス・クリストファースン&ジェリー・ウェクスラー、全曲 muscle shoals sound studios 録音の名盤を久々に通して聴き返す。で、ギターだが_A2/B3 はピートの、B6はヒントンの屈指の名演。以下、と思う。
A1: Jerry McGee solo [credit]
A2: Pete Carr lead
A3: Eddie Hinton
A4: Jimmy Johnson rhythm
A5: Pete (leslie) + Jimmy
A6: left/Pete + right/Eddie
B1: Tony Joe lead [credit]+ Eddie
B2: dobro_Pete
B3: Pete lead
B4: Jerry McGee slide solo
B5: Pete(leslie) + Eddie
B6: Eddie solo / Pete acoustic

クリストファースン盤でレギュラー・ギタリストだったジェリー・マギー…僕らのなかではベンチャーズよりも LA swamp /デラ・ボニ・ファミリーとしてのほうが推しだったマギーゆえ、このフリッツ盤ももちろんマギーが参加…疑う余地がなかった。しかし、マッスル・ショールズを掘ってゆくなかで同名ギタリストがいたことを知る。で、もしやこのフリッツ盤のマギー_ベンチャー・マギーではないかも?…と、もやもやが続いた。そのことを本人に生前聴きたかったんだが。チャンスは2回あった。赤坂ブリッツで20年以上前か、加山雄三&ノーキー『永遠のギターキッズ』というコンサート、ゲストが来日中のベンチャーズ(飛び入りに山下達郎)…その打ち上げ会場で、僕はマギーに話しかけたかったんだ。聞きたいことが沢山あった、フリッツ盤も含め。しかしライヴ終了直後に体調が悪いと、マギーだけがホテルへ戻ってしまっていた…会えず。その数年後、毎夏来日のベンチャーズ仕事をやっていた元シンコーのライター/コンちゃんへ頼み込んでマギーへインタビューさせてもらう手はず。最初はOKの返事だったのに、これもポシャる。
いま聴き返して確信する、やはりフリッツ盤はベンチャー・マギーではなく、マッスル・マギーであると。A1の見事なソロ・プレイだが、ベンチャー・マギーはサムピック(もしくはフラット+サム)使いで複音ギタリストに対し、ここでは単音ソロであること。クリストファースン以外にもリタ&プリシラ・クーリッジ、ブッカーTらの盤で弾いていたマギーはルイジアナ出身のケイジャン/ディープ・スワンプなギタリストであるが、ハリウッド録音がベースだった_マッスル出張りはまずやらなかったと思える。
+
それにしても…いまさらに思うのは、フリッツ盤のジャケ…やり過ぎだな、こりゃ。 The Band のせい?_「若年寄」が渋いというUSロック美意識の時代。

posted by denny-0980 at 10:52| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月12日

過去投稿に

記したように、 The 5 Men-Its は、これで「ファイヴ・ミニッツ」と読む。アラバマ・ローカルとあってリーダー格は地元のエディ・ヒントン。これは分かる。が、ドラムのジョニー "Duck" サンドリンとキーボードのポール "Berry" ホーンズビィはともに…そしてそこにあるようにピート(当時は本名 ジェシ "Beaver" カー)もフロリダ出身。テキサス生まれだが幼い頃にフロリダ/デイトナへ越してきたオールマン兄弟。皆フロリダ仲間。
南部結束なのか、アラバマ/ジョージア/フロリダ/テネシー、これら州間でのミュージシャン移動はかなり頻繁であったと思える。中で、テネシーの nashville は別枠として、キー・ポイントはやはりフロリダ。ここはそれなりの音楽産業が早くから形成されていたと思う。たぶんラジオ局がかなりあったんだろう。スティーヴ・アレイモ/ヘンリー・ストーンら、幾人かが顔役で。
+
そうか、遅い!…が、たった今気付いたワ、Alston レーベルは Alaimo / Stone だったか!
+
渾名が業界のお約束だった_で、キャプリコーン・レコードのハウスバンドだった Macon Rhythm Section は上記 Duck / Berry / Beaver の三人と、ベーシストの Robert Popwell 。デイトナ出身のベーシストはその後ラスカルズ、それよりこの人はクルセイダーズのメンバーで名を馳せたよな。なのでジャズ/フュージョン系とされるか。ロバートよりも Pops Popwell 。ポップスと呼ばれたのは業界仕事始めだったメイコン時代から_ロバート Pops ポップウェル。

http://www.electroacoustics.com/Rhythm%20Section.htm

ちなみにヒントンは The Bear 。このシングルはファイヴ・ミニッツ後にサンドリンと組んでのリリース。
https://youtu.be/UCbhPEWkZdk
デュアンとあるけど…ギターはすべてヒントンじゃないかなぁ。


posted by denny-0980 at 13:43| Comment(1) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月09日

最初期のピート

5men-pete.jpg

マッスル・スタジオfacebookの投稿_
なんと、ピート・カーがアラバマのローカルバンド The 5 Men-Its に「参加」していたとある。これは初耳。

http://sakatomi.seesaa.net/article/465020587.html

posted by denny-0980 at 22:41| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月07日

Macon で四人衆バック

mcclinton78.jpg

#175
【Delbert McClinton / Second Wind】
produced by Johnny Sandlin
( '78 Capricorn )
<ー:★★>


78年カプリコーン・リリースか…まったくもって「らしい」盤だが、可も無く不可も無し。サザン・シーンではそれなりの名前か、マクリントン。過去にも#117 / #136 と2枚採り上げたがこの盤はそれらより前。全11曲うちオリジナル5曲、カヴァーはジェシ・ウィンチェスター/タージ・マハル/ウィリー・ディクソン/ケナー=バーソロミュー/ジョニー・キャッシュと…「らしい」曲が並ぶ。
ぶっちゃけ「声」だな、やっぱり趣味じゃないんだ。特に日本人には声は大事_なにしろ英語で歌われる曲ばかり聴いていても何の意味かさっぱり、声=音でしかないから。メインの音。同じ曲でもジェシ・エド盤だったら、あの声だったらまったく違うだろう。このマクリントン盤に近い盤を思い出した、コーキー・レイングのカプリコーン盤があった (#078)が、コーキーはいい声なんだ。
そのコーキー盤ではピート・カーがいいギターを弾いていた。ここでは Billy Sanders / John Hug とあるがどちらにしろギターはサザン・ロックの、これまた「らしい」お約束でレス・ポールだろう、ぶっとい音。相変わらずホーキンスがいいドラムを叩いているのでここもピートの軽いギターだったら雰囲気はかなり違ったはず。
ホーキンスといえば、この盤は四人衆全員参加での Capricorn studio / Macon で、かなり珍しい。他に1、2枚あっただけ。なぜマッスル・スタジオでなかったか…。コーラスにボニー・ブラムレット/ブラックベリーズ。意外な顔はミッキー・トーマス。
posted by denny-0980 at 15:12| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年10月05日

ダニー・オキーフ

okeefe.jpg


#174
【Danny O'Keefe】
produced by Ahmet Ertegun
( '70 Cotillion )
<ー:★★★★>

全12曲うち4曲がハリウッドの United Western (BB初期のブライアンの拠点スタジオ)録音、8曲がマッスル録音、70年のメジャー・デビュー盤。Atlantic 傘下レーベル盤だがプロデュースは御大アーメット・アーティガンとなっている。
我がピート・カーはまだマッスルへ行く前、これはシェール盤に続く最初期マッスル・ショールズ・サウンド・スタジオ録音盤の1枚。Steve Melton / Jerry Masters エンジニア・コンビもまだ働く前、この時期はエンジニアから「マーリーン・グリーン期」と個人的には呼んでいる。レーベル・トップのアーティガンがまさかアラバマ片田舎へ足を運んだとは思えない。あくまで新興スタジオの門出にお墨付きを授けた意味のクレジットだろう。同様なアーティガン・プロデュース名義盤には #142/ Nicholas Lampe、#148/ Batdorf & Rodney盤ぐらい、かなり少ない。

エルヴィス・カヴァーで広く知られた "Good Time Charlie's Got the blues" _やはりこれがオキーフの世に知られる唯一曲だろう。自身のヒットがまずありきだったが、このファーストに収録。…ただし、ヒット・テイクは翌年のセカンド収録の、メンフィス・アメリカン録音ヴァージョンの方だった。リレコした。マッスルでのファースト・テイクは Eddie Hinton ギターでリレコは Reggie Young 。名勝負≠セが個人的にはマッスル勝利。

クレジットにウェクスラーの名がないのが不思議。実質プロデューサーのはずだが…洩れか? 実はオキーフ単身でマッスル詣でだったのかな、とすればバリー・ベケットの仕切りだっただろう。
そんな裏方予想は置いておいて、マッスル四人衆&ヒントンによって滋味溢れる楽曲が並んだだけで十分なのだな。生粋のソングライターと新進スタジオクルーの情熱がマッチした傑作。


posted by denny-0980 at 21:47| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月18日

MSSS T-shirt

TT.jpg

レッチリのTはユニクロで売っていたが、「ムエタイ&ラーメン」のTは早稲田のティーヌン_これを買ったのは20年前、未だに着ている。


muscleT-f.jpg

muscleT-back.jpg

「3614 Jackson Highway」Tもユニクロにはさすがに無さそうなので大元から購入ス。
して、その背だが Artists who have recorded at Muscle Shoals Sound Studios が羅列されている、その数64パフォーマー。


posted by denny-0980 at 13:40| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月17日

スタジオのアドレス

あどれす.jpg


T購入。アラバマから。
で。これが正確なアドレス。マッスル・ショールズ・スタジオ所在地はマッスル・ショールズではない。シェフィールド。ちなみにFAME STUDIO はマッスル・ショールズの一番の目抜き通りにある。シェフィールド、マッスル・ショールズ…都合5つだったかな、アラバマのひとつ郡 (county) の中の地名だから日本でいえば田舎の「大字」、てな感じだと思う。
それと。
3614 Jackson Highway でも、ない。North Jackson Hwy. なのだ。ちょいと離れた場所に Jackson Highway 通りは存在する。この地を訪ねてタクシードライバーに「Jackson Hwy. 行ってくれ」と云ったらややこしいことになるぞきっと。
なぜ North を省いてしまったか。
想像だが。下に書いたね、スタジオ・アドレス、これはシェール盤のジャケから始まったこと。なので_その時点で間違っていたことになる。が、意図的だったと思う。「アルバムジャケには {North} まで入れると長すぎるから省いた」のではないか。その後にこのアドレスがここまで一人歩きするとはジャケ・デザイナーは想像しなかった_と僕は想像する。


posted by denny-0980 at 22:07| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月07日

3614 Jackson Hwy.


最近気付いたこと_「マッスル・アドレス看板」。

cher-front.jpg

lulu-front.jpg


しかしてこうして写真キャプって持ってきてはいけないのだな権利的に。すんません、マッスル学術研究の一環として許してくだされ。一言下に入れますんで。
+
で、これがマッスル事始め≠ナ有名なシェール・セッション。始めに、セッション終わったらスタジオ前で集合撮影としたからその後も続くこととなる記念碑的写真。当時の夫ソニー・ボノも一緒。ドナ・サッチャーはシスコへ行ってキース・ゴドショーと結婚、ふたりでグレイトフル・デッド参加。
+
ここで、お気づきだろうか。看板ないこと。そして下はジェリー・ウェクスラーとルル。ルルのマッスル盤は70年、ここでは看板は付けられている。前69年シェール盤でもあるものと思っていた_「ジャケットは、その上に敢えて同じ書体≠重ねた:タイトルとしてはっきりさせるため」であると思ったがどうやら違うな。
スタジオ関係の誰かが、発売されたシェール盤ジャケットを見て触発された_「この文字で看板くっつけたら宣伝にもなるし、いいんじゃねぇ?」…発売直後に付けられたんだろうな。
ちなみに初代看板は、2代目マッスル・スタジオへ持って行かれて、見た目ほぼ同じ(若干文字が平たくなってる)のが初代スタジオに再度掲げられた。それも90年代末で、2代目稼働期に初代は中古家電販売店になっていた、けっこうボロボロのままで…。


posted by denny-0980 at 11:16| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アリフ・マーディン名義のレコード

mardin.jpg

【Arif Mardin / Glass Onion】
produced by Arif Mardin
('69 Atlantic)


何年か前に東陽町の店で見た盤、安くなかったのでマッスルとは分かっていながらスルー。なにしろあのマーディン盤。いやアリフ・マーディン、大の贔屓アレンジャー/プロデューサー…それはたしか。が、歌うわけでなく卓越したプレイヤーでもないだろう、ソロは辛いと判断。
で、いまはUTに全11曲うち10曲が上がっていたから採り上げる。
しかしこのインスト盤、もし買ったとして、部屋で聴いてしみじみすることがあるだろうか。PC音源で四の五の言うのは反則かなと一瞬思ったんだが…いやいや、こりゃあきませんワ、買ったとしても二度聴く気はしない。悪い盤じゃない、マッスル四人衆入魂のプレイなんだから。そこにエディ・ヒントンの頑張り。とはいえインストはやっぱりキツい。
+
この盤、実は「Muscle Shoals Sound Studios 初録音盤」ではないだろうか。四人衆が FAME から独立して立ち上げたスタジオはシェール盤がこけら落としとされている。その盤は三人プロデュース:マーディン/ダウド/ウェクス。ジャケには三人とも写っている。マーディンがマッスルまで足を運んだのはこの機会ただ一度ではないだろうか。
で、このインスト盤はシェール・セッションの前に新規スタジオの録音特性はどんなもんじゃろか?=Qテスト録音の意味合いでのセッションだったのではないかと今思えてきた。
シェール盤もかなりイージーな選曲だったがこれも「やりやすい曲だけでいいから」セッションに見える_ほぼカヴァー。"how can i be sure" ラスカルズ曲は自身がプロデュースでもあるし、同じアトランティック所属、そして彼らへの印税(といって売れたとは思えないが)の意味だったかな。大半をマッスルで録ってNYCへテープを持ち帰り、キャヴァリエ/ブリガッティ兄弟の overdub と弦/ホーン追加で仕上げたのだろう。
+
「プラウド・メアリー」のヒントンはジェリー・マギーのよう。Ventures アルバムを聴いているような感じ。そのヒントン、ちょいとだが「悪魔を憐れむ歌」では吠える_歌が入る。この人、「白いオーティス」か? かなりのシャウターだったから本心はもっと歌わせろ!だったのかも…。


posted by denny-0980 at 11:06| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月30日

それはノット・スポットライト#23?

わがピート・カーが4度録音した(別アーティスト)ほどにマッスルといえばこれ的名曲の「それはスポットライトではない」
僕はいままでに22テイクをチェック済み
http://sakatomi.seesaa.net/article/459103039.html

ルイーズ以来の、ここにきて3テイク発見してしまった…が、2テイクは未聴_どマイナーゆえハードルが高い。それにとても出来がいいとは思えないから辛い。追うべきや否や。
もう1テイクはUTにあった。
アイリッシュのブルース・ギタリスト…なんだろうか。2017年CDに収録でそれは4:13、UTは半ばで切れている。フルに聴かずに判断はどうかと思わないでもないがそれにしても正直ど〜とも感じないテイク。追う気は失せる人。凡庸すぎるカヴァーは…もうこれで十分だ、スルーしてしまおう。
Eamonn McCormack

https://youtu.be/CZBocG0s6m0


posted by denny-0980 at 15:59| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月24日

マッスルのリンダ



もう1曲は71年same title盤収録の "I won't be hangin' round" 、エリック・カズ曲。さて前にも書いたがわずか2曲のためにアラバマの片田舎まで出張るだろうかの疑問。これ、半分疑問だが半分はアリかもと…。
流行りのスタジオをとりあえずは#`きたいという意識が当時はかなりあったと思う。ミュージシャンもそのスタッフにも。あのストーンズも、マッスル録音は3曲のみ。それはオルタモント(あの悲劇のコンサート)へ行く直前に「寄って」録音したまで。
ポール・サイモン「僕のコダクローム」はマッスル録音の代表曲としていつも挙がる曲。ポール、その前作ではジャマイカまで足を伸ばしたり。で、マッスル録りに関して、この1曲のみ録音≠ナ三日間ブッキングを入れた。が…「いやぁ、マッスルの連中はほとんど家族だからね、意思疎通が早い! すいすい進んで…」結局アルバムには5曲のマッスル曲が収録。
リンダにしても旅気分がてらに1曲録り/二日程度のブッキングだったのかもしれない。

posted by denny-0980 at 12:22| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月06日

Peabo 76

peabo.jpg

#173
【Peabo Bryson / Peabo】
produced by Peabo Bryson
( '76 Bullet )
<B:★★★>


デュエット曲でヒットを飛ばしスターとなるのはかなり先のこと、ピーボ・ブライスン、南部の出らしくこのデビュー盤はアトランタのローカル・レーベルより。しかしバック陣は豪華、David T, Ed Greene, Ray Parker らを擁したLAセッション/マッスル・セッション/アトランタ・セッションと三箇所での録音、大半曲のアレンジが Gene Page による。
4曲がマッスル4人衆+ピートがバックトラック担当。
A−1 "just another day" 
A−2 "do you believe in love"
A−3 "it's just a matter of time"
B−2 "underground music" 

A面3曲、かなりヒット狙いな作りだが悪くない。マッスル勢も一番油の乗った時期ゆえ好サポート。ピートも薄くはあるがいいギターを。
B−2、同じマッスル録りだったステイプルズ "chica boom" によく似た楽曲。これはピート名演のひとつとしてよい出来。
posted by denny-0980 at 22:22| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月30日

上の固定投稿をチェックされたし


自分自身齢を重ねたせいか、死がより身近になり、レコードでしか知らなかったミュージシャンらの死もそれなりの感情が…昔より深くなる昨今。とは言え相応のビッグネームの死も次の訃報を聞いたときに忘れ、二度目に思うのは年の暮れあたり、年次振り返りの際ぐらいのもの。
数多訃報のなかにこればかりは早々に流せない_個人的に大きな訃報が入りまして、マッスルショールズ・ギタリストの Pete Carr 。ちょいと驚きも_コメント/ニュースが思いの外あったこと。知る人ぞ知る存在と思っていたので…。
僕にとっては、ウェイン・ベリー『home at last』を74年日本盤で買った時に少し気になり、20年前からはディープ掘り。参加盤を200枚ほど聴き込んでいれば、まず日本/世界#1digger の自負はあるのです(#2はいない…でしょ)。ピートはとにかく器用なんでね、音色もフレーズも長いセッションワークのなかで激しく変化/当然equipmentも…。どの音かの判断が難しいプレイヤー。で、さまざまなコメントの中にイヤイヤそうじゃないんだが…と言いたい箇所もありますが、まあそれはおいておきましょ。
とりあえず1ヶ月ばかりは過去のレコードをしみじみ聴いてみようかな、と。そのあとで何か思うことがあったら書いてみます。


playG_Pete.jpg

ピート個人(自宅事務所か)から買ったCD-R『play that Guitar』

posted by denny-0980 at 15:29| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月16日

429898

KKK映像のなかでも掲げていたように記憶の南軍旗だからこのご時世では圧倒的に分が悪いよなそりゃ。アメリカンでないから肌感覚が無いそれ、単に田舎者の象徴なのか、差別主義のアイコンとして忌み嫌われるのか…。ま場所場所で違うだろうが。
ロッキン・サイドとしてはもちろん一番はレナードスキナード。煽りでかなり意識的に使っていたようにも(レコ会社の意向?)思えたが、まあサザンロックにもかなり入れ込みのある僕としては「これはこれでアリ」だったんだが。しかし、魔女裁判的な all or nothing 区分け、南部全否定のように見えるのが辛い感も。
+
この曲をひさびさに_ dixie's pride 「南部魂」を歌うのは Wayne Berry 、75年同名ソロ収録。この盤、ロス/マッスル/ナッシュヴィル3箇所録音で豪華バック陣。出た年に日本盤で買った忘れがたい_というか、僕の長きに亘る「マッスル掘り」の原点はこのレコード。
歌詞に出てくる mason - dixon line で隔てられた Yankee vs Dixie _dixie の由来は dixon らしい。南部出身ベリーが思いを込めたマッスル録音名曲。electric lead はダブルトラックで Pete Carr。
+
南部でも音楽シーンは白人黒人が良い塩梅に融合していたんだが…。ちなみにマッスルはほぼホワイト。黒人はホーンズ四人衆のキャロウェイ&トンプソンぐらい。






蛇足:贔屓のベリーに、ソロLP前年にsingle only のこんなにいい曲があったのは知らなかった。

https://youtu.be/3ae_uq6HIgo
posted by denny-0980 at 21:58| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月28日

111

https://youtu.be/vIbcYvLUFzo

きたない画像だがねえ、残っているだけで嬉しくもあり。しかし投稿氏のノートは修正させてもらおう。muscle shoals sound studio からの The Swampers がバックとあるが、このスワンパーズがマッスル四人衆の意味とすると、ベケット/ジョンソン/ホーキンス/フッド…誰もここにはいない。リード弾くのは、コンビニ・レジのフリーターの様に見えるのは間違いなくピート・カー。となりのギターはケニー・ベルだろう。見えないがベースはレニー・ルブラン、ドラムはロジャー・クラークと想像。すべてマッスル勢は確かだがスワンパーズでなくマッスルBチームの面々。スタジオは Muscle Shoals Sound Studios や FAME よりも Music Mill Recording や Widget studio, Broadway studio あたりをメインに活動していた。しかし彼らとてマッスル・ミュージシャンには違いないからスワンパーズと言えるが_。

posted by denny-0980 at 12:38| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月13日

初期のマッスル

early-muscle.jpg


すまぬ、billboard '70-12-5 記事から転載。
Fameから離れ、四人衆が Muscle Shoals Sound Studios を立ち上げた直後の写真で、Barry Beckett / Phillip Mitchell / Alan Walden / George Soule' / Terry Woodford の五人写り。ベケットはこう見るとクマだな。ジョージ・ソールとテリー・ウッドフォード…顔を見るのは初めてだったか。ソールはマッスル著作権会社所属の、ミッチェルと同様でソングライターとして多く楽曲を世に出した、黒人かもと思っていたら…。で、姓は Soule' と最後に" ' " 付くのが正式らしい。読みも、文中に注釈があり (Soul-lay) とある。ジョージ・ソウルレイという人だったかも。
著作権会社 (The Muscle Shoals Sound Publishing Company) 、BMI管轄下で四人衆とウッドフォードがオーナー/実運営はベケットによる、と記事にある。Capitol 配給になっていたレーベルの "Muscle Shoals Sound" は四人衆+ウッドフォード+ソウルレイの6人経営ともありますな。
そうか、ウッドフォードとソウルレイは初期はかなり参画していたという事実を知る。
ウッドフォードのほうだが、同時期に始めたと思われるスタジオ、Wishbone Studio をクレイトン・アイヴィと協同経営。Wishbone Inc. としてふたり名義でモータウン物など結構プロデュース業に精を出していた。マッスルというと四人衆とリック・ホールで語られるが他にもありということ。
+
もう一人の、アラン・ウォルデン。Capricorn を興したフィル・ウォルデンの弟で、兄キの下にしばらくいたが独立し Hustlers, Inc. という会社を設立しマネージメントなどの裏方に。ネット情報の限りでは芳しくない御仁らしいが…詳細は分からない。巷間伝わるのはスキナーズがらみ。アル・クーパーに見初められてブレイクしたバンドだがその前、フロリダはジャクソンヴィルの悪ガキバンドを最初に見出したのがアランらしい。最初がマッスルでのデモ録りだったことは知られるが、連れて行ったのがこのアランとのこと。そこらから "free bird" を始めとして主要な(後の)ヒット曲の版権を、バンドともめて袂を分かつも離さなかった_ヴァン・ザントは終生恨んだらしい、最終的にMCAへ売るが相当な蓄財を成したとも。まあアーティストとマネージメントのトラブルは枚挙に暇無し、ほとんどお約束。どちらにも言い分。ステージをすっぽかしたりホテルの部屋を壊したりの尻ぬぐいを誰がやったと思ってるンだ…とかね。話半分、どっちもどっちか。

posted by denny-0980 at 09:26| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月04日

Macon Rhythm


oscar7\

久しぶりのマッスル掘り。ツイッタにあったネタで Oscar Toney Jr. なるおっさんシングル話。いままでシングルは面倒なんでほぼスルー…というより深すぎて手に余る。とりあえずこのオヤっさん物はちょいチェック。
いや、ツイートではマッスルではなくピート話だった。この Capricorn single A面のギターがピート・カーだと。
A● down on my knees / seven days tomorrow (70 capricorn)
https://youtu.be/1aM4LJE9Wg4
45catでレーベルをチャックすれば:
produced by Tom Dowd
recorded at Capricorn Sound Studios, Macon, Georgia
ダウド・プロデュースでメイコン録りですか。70年はたしかにピートはまだマッスル移籍前、ここジョージアだった。バックは当然 Macon Rhythm Section _ Pete Carr, Johnny Sandlin, Paul Hornsby, "Pop" Popwell の4人。この時ピートは Jesse Carr 名義だが。54年のテレキャスターだったか、音が硬い渋いオブリだね。フレディ・ノース盤と同じ時期、似た音。B面音源はUTに残念ながら無し。

他のシングルも見てみよう。
B● I Wouldn't Be A Poor Boy / Person To Person (70 capricorn)
C● The Baby Is Mine / Workin' Together (71 capricorn)
D● Thank You, Honey Chile / I Do What You Wish (72 capricorn)
その後3枚キャプリコーンからリリースがあった。
「B」_両面とも作・プロデュースが Jackie Avery とあって、録音はメイコン。A面はなんか違う感じもするが…たぶん両面ともメイコン・リズム隊だな、やはり。B面は硬いテリー音でピートか。
https://youtu.be/93RX610aYjE
「C」_両面ともに prod. Tommy Couch & Jerry Puckett でミシシッピ州ジャクソンのマラコ・スタジオ録音。A面はスワンプドッグこと Jerry Williams 曲だから_ピートはドッグのセッションのお抱えギタリストだったからどうかと思ったが、こりゃ違うな。両面ともマラコのリズム隊だろう。
「D」_ prod. & arranged by Jerry Williams 、曲もドッグ、AB面とも。完璧なスワンプドッグ・セッション。スタジオ記載はない、が、こりゃ間違いなく両面ともピートのギター。72年なのでこれはもうメイコンではないだろう、マッスル録音か。エンジニアが David Johnson とあるか。この名は muscle shoals sound studios とは無縁、となれば Broadway Studio (ex-Quinvy) あたりかもしれない。
https://youtu.be/1wnZTW_iEB4



posted by denny-0980 at 10:03| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月07日

soundboard

マッスル四人衆≠焜xケットに続いてジミー・ジョンソン逝く、か。しかしアメリカの山田太郎…同姓同名がどれほどなのかと思える名前。今ではその名は売れっ子ベーシストのほうが…。
フェイム時代は全く知らないが、muscle shoals sound studiosにおいては、まず弾かない<Mタリストだった。一番有名なジョンソンの写真は "brown sugar" session 時、ミック・ジャガー/ミック・テイラーとともに卓に座るそれでは。それほどに演奏よりも卓に拘った人。スキナーズが "sweet home alabama" でスワンパーズと歌ったが、四人のなかでとりわけジョンソンを意識していたと思う。アル・クーパーに見込まれる前に録ったマッスル・セッションをプロデュースしたのはジミー・ジョンソン。ヴァン・ザントはジョンソンとミックスでもめてケンカ分かれ。時間を経てわだかまりを解消し作った歌だったのだから。
マッスル録音もあった Cowboy のスコット・ボイヤーは昨年亡くなったが、それはマッスル・ショールズの地で。80年代末に移り住んだ。長患いしていて、マッスル・ミュージシャンがベネフィット・コンサートを開いたりしていたが、さてジョンソンは苦しまずに逝けただろうか。
posted by denny-0980 at 15:30| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする