2030年12月31日

Muscle Shoals Sound Studios

 "denny-O-Muscle" 過去評価盤備忘表 http://muscle-album.seesaa.net

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2019年04月08日

Albert Bros.

デモって_つづき。
インタビュー、ピート・カー以外でもマッスル四人衆からデヴィッド・フッド/ジミー・ジョンソン。サンドリンはないがポール・ホーンズビィ。それとロン&ハウィ・アルバート兄弟も登場。
フッド/ジョンソンは若干口が重い感あり。The FAME gang(フェイム・リズム・セクション)としてふたりはデュアンと1年半ほどか同じ釜の飯を食った仲ではあるが…当時を回想してのデュアンの言葉を雑誌だったか、読んだ記憶がある。「やつら(セッション・ミュージシャン)はセコいのばっかりでね、誰かが新車を買ったと見ればすぐにオレもオレもと同じ車に乗ってやがる。音楽よりも車だ冷蔵庫だクーラーだ…音楽的な向上心てのが無いんだな。オレは違うよ、いつまでもこんなところにゃいるつもりはない」。それを思い出してか、若干反論気味のフッドだが。
ホーンズビィ、結成前夜からデュアンの死まで、オールマンズの長く重要なパートナーであったから貴重な証言だろうけれど、いかんせん口ごもった語りは聞き取れない。ほぼ何言ってるか分からなかったので残念。
Ron & Howart Albert brothers。オールマンズ『idlewild south』『eat a peach』のエンジニア。収録すべてではなく、クライテリア録音曲。フロリダ州マイアミのスタジオ、Criteria Studio のハウス・エンジニアだった兄弟。デュアンの知名度を上げる要因のひとつがご存じ『レイラ』への客演。英国人の見果てぬ夢?_スワンパーになりたい!を、デイヴ・メイスンやウィンウッドら同様に「こじらせて」いたクラプトンが、ゴードン/ホィットロック/レイドルを引き抜いて勝負をかけたデレク&ドミノーズ。アルバム録音は、既にクリーム時代から馴染みがあったクライテリア(それとトム・ダウド・プロデュース)。しかしこのインタビューまでアルバムがアルバート兄弟のエンジニアリングと僕は知らなかった。それは当時買った日本盤の裏ジャケにはクレジットが無かったから。今日まで日本ポリドールが、曲名からパーソネルまで一切を「わざわざ」消していたことを知らなかった。(なぜそんなことをしたのだろうか?) 考えてみればクライテリア録音なら兄弟がエンジニアで順当なんだが…。米盤クレジットをみるとエンジニアはロン&ハウィ/チャック・カークパトリック/カール・リチャードソン、そしてスタジオ設立者のマック・エマーマン。フル・スタッフとは力の入った録音であったな。

Layla-credit.jpg


前にも書いたことだが、サザン・ロックを語るときに重要なのが3州の絡み_フロリダ/ジョージア/アラバマ。なかでフロリダは、カリブ諸国への玄関口からラテン・イメージ/避寒地イメージが強くて「南部感」が薄いが、実は70年代サザンロッカーの多くがフロリダから出てきている事実は要チェック。ジョージア州のスタジオ・ワンで活躍したアトランタ・リズム・セクション(ex-クラシックス・フォア)の主要メンバーもフロリダ出身。オールマンズの結成に参加したブッチ・トラックスは後 Cowboy のスコット・ボイヤー、デヴィッド・ブラウンと 31st of February をやっていたがこのトリオはジャクソンヴィル出身。同様にレナード・スキナード、ジャクソンヴィルの高校生バンドだった。
ヘンリー・ストーン/スティーヴ・アレイモら、マイアミ・サウンドの大立者が実は後に花咲くサザン・ロックと深い関わりがあったことも、ハワード・アルバートのインタビューに出てくる。

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2019年04月07日

The 5 Men-Its

デモって…。

allmanDVD.jpg

Song of the South : Duane Allman and the rise of the Allman Brothers Band

デュアン/オールマンズのファンにはまったくの期待外れ…な作品なれど、マッスルショールズ・マニアには、それと僕以外にいないだろうピート・カー・マニア、嬉しい映像作だった。字幕なしでインタビューの3割しか分からなかった…のに、だ。
「オールマンズ結成前夜」を詳細に追っているところがミソ。DVDへのコメントに「既出写真ばかり」なんてあったがそれはオールマンズ・ファンとしての言葉、「前夜」を知らぬ輩。オールマン兄弟の幼少期やデイトナ時代の写真には見たことのないのがずいぶんとあった_レアフォト。
禿げ上がったピート・カーのインタビューがかなり長尺で嬉しい。長い理由はオールマン兄弟との付き合いが深かったから。ピートは地元デイトナで15才のときにデュアン/グレッグ兄弟と出会っている。3〜5歳年上の兄弟ふたりは、ナッシュヴィル生まれで幼いときにフロリダ州デイトナに越してきていた。いくつかのバンドを経て The Allman Joys としてセミプロ活動時、その楽屋へ押しかけたピートは2人の前でギターを弾くと、デュアンに「なかなかヤルじゃないか」と認められる。ジョイズを解散して、The Hourglass としてロスへ出て本格始動する兄弟だが、そのセカンドLPにベースとして参加したのがピート(ファーストでのベーシストのレブロンが遁走したので急遽代役)。
して、そのアワーグラスなんだが、このビデオでやっと分かったことがあった。まあ重箱隅の些末話_。デイトナで、ジョイズと対バンしていたのが The 5 Men-Its というバンド。その音源も含むCDが05年に出た(#126参照)が、それでもマッスルやオールマン兄弟との関係は分からないままだった。第一にその読みが_「ファイヴ・メン・イッツ」ではなかった。このビデオでやっと得心ス。「ファイヴ・ミニッツ」が正解だったんだ。これで5分≠セったわけ。五人組だから。で、05年CDだがジャケがこれ:

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ドラムのバスドラが「時計」になっていたのはそういうことだったか。そのドラマーはジョニー・サンドリンで、ギターがエディ・ヒントン、キーボードがポール・ホーンズビィ…それが5ミニッツだった。このバンドからサンドリンとホーンズビィを引き抜いてオールマン兄弟は The Hourglass という五人組バンドで、ニッティ・グリティ・ダート・バンドのジョン・マキューエンの兄キ(バンドのマネージャ)の知己を得て Liberty レコードのコンタクトを取り付け、花のロサンゼルスへ出ていった、という顛末。サンドリンはオールマンズのプロデューサー、ホーンズビィはマーシャル・タッカー・バンドなどを手掛ける_ふたりは実質的に Capricorn レーベルを音楽面で仕切ったが、それは後々のこと。勢い勇んで乗り込んだロスだったが、時代の音楽傾向/レーベルの思惑にマッチしなかったアワーグラスは辛酸をなめることに_そこらをこのビデオはかなり詳しく語っている。失意の兄弟は、デイトナに戻ったデュアンとロスに残ったグレッグに分かれる。デュアンはギターを買われてアラバマ・マッスルのフェイムにスタジオ仕事を見い出す。そのなかで出会ったフィル・ウォルデン(オーティスのマネージャだった)がデュアンを見初めて「ソロ」で売り出すこと、およびジョージアの田舎町メイコンでレーベル設立を計画する。話にデュアンは乗るがソロは拒み、弟を呼び寄せてバンド結成=オールマンズ誕生と。ヒントンは既にフェイムのギタリストになっていた。サンドリンとホーンズビィもレーベル話に乗って、座付きバンドの Macon Rhythm Section(サンドリン/ホーンズビィ/ピート・カー/ロバート・ポップウェル)として再始動。
(蛇足:後にクルセイダーズ参加で知られる敏腕ベーシスト、惜しくも亡くなったロバート "POPS" ポップウェルの業界始めがこのメイコンでの裏方。デイトナ生まれでピートとは同い年。十代のときからの音楽仲間だっただろう)

つづく
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2019年02月23日

マッスル参考盤

tonywilson.jpg

#000
【Tony Wilson / catch one】
produced by Ron & Howard Albert
( '79 bearsville )


「ブラザー・ルーイー」…ストーリーズといえばこの一発ヒット、73年見事に全米1位。日本では「ブラザー・ルイ」だったこの曲、シングルを買ったほど好きだった。哀愁のマイナー進行は日本人にも好み、弦好きなのでとくに良かったのはその弦とギターの絶妙なからみ。この曲が後にカヴァーと知る。英国のホット・チョコレートというバンドがオリジナルと。
今回あらためてネチれば_ストーリーズのわずか半年前リリースでUKではトップ10ヒットだったんだね。プロデュースが大御所ミッキー・モウストでそのRAKレコードから。ドラムがコージー・パウエルか、語りの部分はアレクシス・コーナーですと。実に英国らしいプロダクションであったのだな。
そのホット・チョコレートの、リーダーにして同曲のライターでもあった黒人シンガーがトニー・ウィルソンという人物であると「レココレ」誌にある。英国人のこの人がUSロックの良心? Bearsville からアルバムを出していただけでも驚いたが、その盤は全10曲うちベアズヴィル録音は2曲のみ、残り8曲がマッスル・ショールズ・スタジオというではないか。
しかしこのジャケ…とても入手する気にならず。なにゆえあのヴェアズヴィルがこれを?_そこはやっぱり商売でしょう。良心だけではおマンマは食えぬ。UK渡りでは Foghat のヒットでレーベル存続もあったし。商売なのはマッスルも一緒で、前に入れたフレンチ系カナディアンのディスコ盤しかり。でもってこれも実にディスコですわ。全編を聴いてはいない。UTにアップされた数曲だけで済ます。それで十分トホホゆえにもしも入手しても聴き通すことができそうもない…。
しかしマッスル8曲、バックはしっかりしていて_四人衆全員とランディ・マコーミック、リードギターは元ステッペンウルフのラリー・バイロム担当、ローズ=チャーマーズ=ローズがコーラス。ベケットがシンセでノリノリだよ、ああ困ったモンだ。すべてのラッパ/弦・アレンジがマイク・ルイスというところがミソ。この人はマイアミはクライテリアのハウス・アレンジャー。で、プロデュースをみればロン&ハウィー兄弟。このふたりの名はステファン・スティルス仕事でもっとも知られるだろう。クラプトン仕事も。つまりはこのふたりもクライテリア所属の裏方(だった、現在は自身のスタジオ経営)、そのマッスル出張り仕事盤。79年でクライテリア…分かるね、ビー・ジーズが爆発的にディスコ≠ナ当たっていた時期。その余勢でどうにかならぬかとベアズヴィルも期待してしまった盤と思う。
アルバムはこけたトニー・ウィルソンだがそれなりの印税は手にしただろう_というのは、この盤に収録の1曲が、ベアズヴィル・シンガーだったランディ・ヴァンウォーマーと「共作」した "just when i needed you most" 。日本でも「アメリカン・モーニング」としてヒットしたAOR名曲のひとつ。ランディはこのアルバム直後のソロ盤で自身で歌ったが、そのシングル・カットがみごとに全米トップ10ヒットとなる。ランディ曲はもちろんベアズヴィル録音だったが、トニーのテイクはマッスルでの録音。


++++

蛇足:ベアズヴィル2曲、ハーヴィ・ブルックス/カル・デイヴィッド(ともに fabulous rhinestones)は地元だがアレンジが西海岸拠点のジーン・ペイジ、もっと意外なのはドラムがコーキー・レイング。マウンテン〜ウェスト、ブルース&レイングとくればヘヴィなドタバタ・ドラマーと想像されそうな、あのレイング。ただしこの人は Capricorn から上出来のソロ盤を出している(#078参照)。ピート・カー活躍で曲よし、ソングライトの才のある人だった。クラプトンも参加盤。

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2018年12月16日

Irma 7"

アーマ・トーマス盤『in between tears』がらみでアルバム未収録シングルもあったことを知って、スワンプ・ドッグやらメイコン・リズム・セクションやらデュアン・オールマンとピート・カーと…その他諸々をあらためて書こうかと思ったが、マッスル関連はなかば使命感なんだが、さして面白みのない楽曲まで書き入れる必要はあるのか_いやいや、資料価値はあるだろうとか考えたりしたが、使命感はだいぶ薄れてきて面倒が先に立ち、お茶を濁してやめにしたくなったワケで…。
https://youtu.be/pzhxUcHgiqk
https://youtu.be/P4iXnqfj0VM
シングルA/B面、70年 Canyon からで作・プロデュース・アレンジがスワンプ・ドッグ。

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2018年10月14日

Toni Wine

古いマッスル関係の資料をネットで見ていたら思わぬ名前に出くわした。トニ・ワイン。
リアルタイムで言えばアーチーズとドーンがあったが、中学生にはあくまで「全米ヒット曲」であっただけ。後にトニがその裏方と知る。"sugar sugar" のアウトロ前のシャウトがトニの声。ドーンの初ヒット「恋するキャンディダ」のライターのトニ。さらに追えば、マインドベンダーズのヒット "groovy kind of love" がトニ&キャロル・ベイヤー・セイガー作であり、トニ自身が16才で自作でデビューした早熟のSSWであった、スペクター・ワークにも貢献した…。70年代にもパートリッジ・ファミリーへ楽曲提供していたし、要するに若年から長きに渡りNYティンパンアレーで活躍した才能溢れる女性。
 そんな生粋ニューヨーカーのイメージだったトニ・ワインにマッスル録音があるというのは意外だった。70年にソロ名義で3枚のシングルをアトコからリリースしている。

take a little time out for love / sisters in sorrow (atco 45-6736)
he's not you / let's make love tonight (atco 45-6773)
I want to see morning with him / groovy kind of love (atco 45-6800)

69年11月22日号 Cash Box 誌の記事では「トニはプロデューサー Herb Bernstein とともにマッスル・ショールズで(アーウィン・リヴァインとの共作)3曲を録音した/レーベル未定」とある。シングル6曲うち3曲のみなのか/どれがその3曲か、他の3曲はどこの録音か_その詳細は不明。
トニの南部詣でにはチップス・モーマンが関係ありそうだ。メンフィス音楽界の大立て者モーマンとトニが結婚していたとは知らなかった。メンフィスの american studio の設立プロデューサーとはいえ、ダン・ペンと "do right woman" "dark end of the street" などを共作していたモーマンはマッスルとも無関係でない御仁。トニの7〜80年代活動は南部/NYを行き来だった様子。
残念ながら上記6曲うちUTにあるのはセルフ・カヴァー "groovy kind of love" のみ。
 https://youtu.be/yplGEdrURYE
聴くに、いなたいリズム隊はNYではないのでは。ギターもレジー・ヤングに思える、この録音はメンフィスではないだろうか。 
ちなみに "sisters in sorrow" はブレンダ・リー/ "I want to see morning with him" はペトゥーラ・クラークがカヴァー。トニのシングルリリースと同時期で、どちらもモーマン・プロデュースによるメンフィス録音アルバム収録曲。


toni-wine-take-a-little.png

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2018年09月02日

Kossoff / Capaldi solo years

ポール・コソフは、僕にとってピーター・グリーンと並ぶ二大ギターヒーローだった。そのコソフ、死後に2枚の追悼盤_『KOSS』『blue soul』が出た。どちらも2枚組の上、未発表・新ミックス・ライヴなどレア音源満載の素晴らしい内容なのに、ジャケットが悪いので単なる既発曲コンピと思われただろうことが惜しい。後者を聴いていてあらためてコソフとマッスル関連をrevisited...
 ジム・カポーディ…ご存じトラフィックのドラマー。しかしこの人は嫌々ドラムを叩いていた節あり。それよりもフロントに立ちたい、俺は人の後ろで地味にやってる性分じゃないぜ…だったはず。ジム・ゴードンを雇うとタンバリンを持って前に出てきた。ゴードンが去ると次はマッスル・リズム隊を起用、とにかくドラムをやる気なし。ソロも積極的だったのはウィンウッドと対抗できるソロアクトの自信があったからと思う。自身の期待ほどではなかっただろうが、それでもソロ作は高水準。
 '72 1st_ oh how we danced
 '74 2nd_ whale meat again
 '75 3rd_ short cut draw blood
 '78 4th_ the contender / daughter of the night

とりあえず追うのはここまで。サードまでがトラフィック時代と同様のアイランドから。4th はポリドール移籍初盤。
 アイランド時代1&3枚目はマッスル/ロンドン録音で、2枚目が完全マッスル録音だった。マッスル録音はたぶん2回だろう、曲を3枚に振り分けている。マッスル録音には英国勢も加わっていた。クリス・ステイントン/ビーバップ/ラビット/ジーン・ルーゼルらとともにコソフも…。72年盤ファースト収録曲うち "big thirst" "last day of dawn" "don't be a hero" "how much can a man really take" "anniversary song (oh how we danced)" の5曲にコソフ参加。75年サードにも1曲のみだがリードを弾いている。同じアイランド所属ゆえか、マッスルに詣でたコソフ。
 『blue soul』には "anniversary song" が収録されているがこれは、アイランドのハウス・エンジニアで Free セッションでもお馴染みの Richard Digby Smith による、コソフのギターを前に出した remix versionに。

カポーディは思いの外叙情的なスロー曲を書く人で、アイランドでの3枚ではハード・ドライヴィンな曲とスロー曲とが、マッスル/ロンドン仲間の絶妙なバックトラックのおかげでうまく機能していた。が、その後がいけない。どうしても売れたかったんだろう_トム・ジョーンズのプロデューサーだったピーター・サリヴァンを立ててアルバムを制作に入る。結局これが頓挫する。ここでよくある話だが、その時のテープがシングルになったり次作に入れられたり…。78年『コンテンダー』がそれで、あちこちのセッション寄せ集め_まとまりのない駄作に。『daugther of the night』というのは、英盤『コンテンダー』のアメリカ発売に際して改題(ジャケも変更)/3曲差し替えただけの盤。サリヴァン・セッションからは、ロスにおいてエド・グリーン/チャック・レイニー/ディーン・パークス/レイ・パーカーらをバックのAOR調も含まれていた。ロック感覚の乏しいポップス志向は正直悪あがきの域。
 この時期のシングルなどのレア・テイク収録CDを入手したので、そのなかからめぼしい曲を紹介したい。

capaldi_tricky.jpg

 73年シングル_「tricky dicky rides again」
歌詞が watergate... と始まる、ジャケもこの通りでどうやらニクソン批判_政治的な歌のようだ。コソフも参加したマッスル・セッションの1曲だが色が合わずにアルバムから外し、シングルに廻したのだろう。正直マッスルで録る意味はない楽曲でコソフのギターも無理目。この曲も『blue soul』収録はディグビィ・スミスによる84年リミックス。78年『コンテンダー』の1曲目はこの曲のリレコで、歌詞をすっかり変えていた。
 75年のシングル「love hurts」は同年サードLP収録からのカット。エヴァリー兄弟曲カヴァーだが、同年になぜかナザレスとの競作となり、ナザレスのシングルは全米トップ10の大ヒットとなり、カポーディ・シングルは全英で7位になるヒットだった。そのB面はアルバム未収録「sugar honey」。アコースティック・スウィングのロカビリー調でなかなかいい曲、カポーディのオリジナル。エレキでリードを弾くのはクリス・スペディングと思える。もう一本のギターはピート・カーの音なので、この曲もマッスル録音だろう。

78年『コンテンダー』は前記通りにとっちらかった印象しかない盤だが、タイトルトラックのみ注目に値する。"the contender" と題された映画(結局未完に終わったらしい)、このサントラ主題曲を依頼されたカポーディは、過去の自作曲を流用、歌詞のみを変えた。その元曲は "you and me" という。これもマッスル・ショールズで録られながらオクラになっていた楽曲で、リードをコソフが弾いていた。初出はコソフの追悼盤『KOSS』。そのバックトラックを使い、歌の差し替えとリズムギターを追加している。もちろんオリジナルのほうが断然良い出来、楽曲の良さとともにコソフのソロも屈指の名演。


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2018年08月21日

スタジオの壁

昨年七月投稿。現在のマッスルショールズ・スタジオは観光客相手/録音ワークが半々らしく、壁にかつての録音LPを飾っている_ネット拾い写真で分かる範囲を列記したが、『song to soul』のなかでデイヴィッド・フッドの背面に映るそれは去年とは入れ替えていたので_再度記す(画面で見えた範囲)。


DSC00167.jpg

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上段:
 joe simon / mood, heart & soul
 king curtis / get ready
 bobby womack / understanding
 bobby womack / lookin' for a love again
 tony joe white / the train i'm on
 paul davis / southern tracks & fantasies
 joe cocker / luxury you can afford
 cowboy / 5'll gotcha ten
中段:
 millie jackson / caught up
 kim carnes / sailin' 
 bobby womack / home is where the heart is
 wilson pickett / pickett in the pocket
 blackfoot / no reservations
 levon helm
 wilson pickett / don't knock my love
 john hammond / southern fried
 lulu / new routes
下段:
 dr. hook / preasure & pain
 mike finnigan
 percy sledge / best of...
 arther conley / sweet soul music
 phoebe snow / against the grain
 peter yarrow / hard times
 peter yarrow / love songs
 boby dylan / slow train coming
 duane allman anthology
 ronnie hawkins

 なんでこれ?_も散見。sticky fingers を入れないのもなぜ?(見えてないだけかも)
 並べ替えなら俺にやらせてくれないかい? パーシー『I'll be your everything』加藤和彦『それから先のことは』アンディ・フレイザー『... in your eyes』などはマストだよ…。



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2018年08月20日

percy sledge

昨夜BS-TBS『song to soul』はパーシー曲「男が女を愛する時」。
マッスルショールズを代表する楽曲は確かだが、録音は FAME でも Muscle Shoals Sound Studios でもなく、Quin Ivy のスタジオ。今は(現在も営業しているだろうか?)Broadway Studio となっている、かつての Quinvy Studio …もしくは Norala Recording Studio 。ノーララの名前で始まったスタジオだが自身の名になぞらえてクィンヴィと改称…その過渡期の録音曲。ちなみに Fame は Florence Alabama Music Enterprises の頭文字。Norala は North Alabama (Recording Studio) なんだそう。

DSC00166.jpg

画面キャプチャ_四人衆が Fame Gang だった頃。場所はフェイムの駐車場だろう。
立っているのが左からジュニア・ロウ/フッド/ベケットで、座るのがジョンソン/ホーキンス。
「男が女を愛する時」セッションにはロウが駆り出されてベース_「モーリスのベースを弾いた」という。日本のモーリスでしょこれ。キーボードがスプーナー・オールハム(たぶん発音的にはオールダムじゃなくてこう)。プロデュースがクィン・アイヴィとマーリーン・グリーン。マーリーンはエンジニアもやってそうなのにここではジミー・ジョンソンだったと番組で。ギターとドラムは誰だったのだろう。
追記:
ギターはマーリーンが、ドラムはホーキンスらしい。
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2018年07月30日

luther tune


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Luther Ingram / let's steal away to the hideaway

イングラムはウォーマックと並ぶ、マッスル・ショールズ贔屓の black male singer だった。ふたりのマッスル盤はほんとに良くて、マッスル・スタジオにとっても特筆の名盤揃い。この曲は3枚目のタイトル・トラック。76年、Stax 傘下 Kokoレーベル盤。
ピート・カーのしなやかなギターとともにマッスル曲が日曜の昼に流れたのが嬉しい。ベケット/フッド/ホーキンス/ジョンソン、四人衆も一番油が乗っていた頃、最高のグルーヴ。アルバム表記は、下のベティ・クラッチャー盤と同様で " rhythm track : Muscle Shoals Sound Rhythm Section " だけ。しかしこのギターは間違いなくピート。このギター・サウンドを前年のロッド『Atlantic Crossing』と聴き比べれば、"this old heart of mine" "still love you" と「同じ」に気付くだろう。

https://youtu.be/MKf5syDBewA
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2018年07月19日

Nobody Wins Till The Game Is Over

ベティ・クラッチャー楽曲で、これはいい!と思う1曲_ジー・イメージによる。
We Three 制作ではなく、これもマック・ライスとの共作曲「勝負は下駄を履くまでわからない」。
74年のマック・ライスのシングル(Truth Records TRA-3212)"Bump Meat" 、そのB面収録がオリジナルのようだ。

Thee Image というのは…知らんよなぁ…。個人的には大の贔屓のマイク・ピネラが、この男はフロリダ州タンパの出身、ブルース・イメージで "ride captain ride" 一発ヒットを放った後にアピス=ボガートが脱けたカクタスへ入ってニュー・カクタス・バンドとしたがそのメンツままで改名したパワー・トリオで、なぜかエマーソン、レイク&パーマーが興したマンティコア・レコーズからだったのでプログレと勘違いされて?、ヒットも出ずに75年に2枚のLPを出して終わったバンド。2枚ともいいんだがね。
その2枚目の唯一カヴァーがこの曲だったのはピネラの南部魂か。


https://youtu.be/Co8yMfVZcDI

こちらオリジナルのほう。74年はベティのアルバムをマッスルで録っていたのだから、このシングルもマッスル録音ではないだろうか。いや確信する、このギターはピート・カー。

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2018年07月18日

Female songwriter

#171
【Bettye Crutcher/long as you love me】
produced by Bettye Crutcher, Mack Rice
( ' 74 Enterprise )
<--:★★★>



マッスル掘りでのブラック盤、ソングライターでいくつかは馴染みの名となる_南部のライターさんらだ。フィリップ・ミッチェル、ジョージ・ジャクソン、ホーマー・バンクス、マック・ライス、ベティ・クラッチャー…。
往々にしてパフォーマーでも、ある。ホーマー・バンクスには過去にチェックした盤『Banks & Hampton』が、やはりマッスル録音としてあった。そしてベティ・クラッチャー女史にもこのソロ作が_。discogs では唯一盤とある。
https://youtu.be/VQQQkF2CjM8

調べれば、Stax のスタッフ・ライター・チームだったか_ We Three としてバンクスとレイモンド・ジャクソンとの3人で組んでいたとある。実力のある女史のソロ作はスタックス傘下 Enterprise 盤だが全曲マッスル録音のクレジット。
 スタックスにはメンフィスにスタジオもあり、MG's / Bar-Kays とハウスバンドもあったわけだが、所属パフォーマーにはマッスル録音を好んだ(?)者も。ステイプルズ/メル&ティム/ジョニー・テイラー/ルーサー・イングラム等々。で、彼らの盤は70年代の、マッスルが一番「いい時」だったので抜群のバックトラック_とくにわがピート・カーの活躍が目立つ盤だった。
なので、まずバックトラックについてだが、クレジットはRhythm by: Muscle Shoals Rhythm Section とあるのみ、個人記載はない。残念ながらピートらしいギターは聴かれない。special thanks としてボビー・ウォマックの名があるので、ボビー付きのティッピー・アームストロング(とジミー・ジョンソン)だろう。リズム隊のホーキンス/フッドは良い。

その歌、もっとガツンと来るかと…ゴスペルっぽく声量勝負で押してくると想像していたらまるで違った。ソフトロック的な、抑え気味にメロディをじっくり聴かせるタイプは、声質はまるで違うがリンダ・ルイスを思い出させる。大半の曲はプロデューサーでもあるサー・マック・ライス("mustang sally" fame)と共作。最初2回聴き通した印象は、あまりにあっさりで正直肩透かし。目立つ曲もなく。その後に聴き返しては若干好印象に変化。が、それでもこの曲は素晴らしい!…と思える楽曲はなく、全体70点。押しの弱い歌唱と併せて、残念ながらパフォーマーとしての成功は難しかったか…。


CDSXD-141e.jpg

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2018年05月06日

安定感の170枚目

billySwan_4.jpg


#170
【Billy Swan/four】
produced by Billy Swan
(77 Monument)
<B:★★★>


一言ではカントリー畑のSSW…となるだろう、ビリー・スワンでござる。
74年全米1位 "I can help" の一発屋ですわな。この曲はプレスリーにもカヴァーされたが、本人スワン自身がプレスリーの近くにいたらしい。ベースメントはナッシュヴィルの人。この大ヒットのギターはレジー・ヤングだった。で、このタイトル通りの四作目はナッシュヴィルからマッスルへ移動。全曲がマッスル四人衆バックで録音されている。ピート・カーは4曲でギターを。15年ほど前からこの盤が「マッスル」とは分かっていたが、やっと入手は英国盤。UKからエアで送らせたが思いの外安く買えた。

スローからアップテンポまでバラエティに富んで曲が書け、それぞれのメロディもなかなかに良し。歌も上手く声もいい。半数の曲でペダルスティールが入るところはカントリーらしさが見えるが、ブルージーなリズム曲やらジミー・バフェットばりのトロピカルな曲も…。全体の印象は王道なアメリカン・ポピュラー・ミュージックと言える。曲の良さからは他者のカヴァーやら作曲依頼もあったのではと思わせる、才能豊かな人。
 しかし水準越えではあるがソツが無いというか…安定のポップス。この人に求めるのは筋違いかもしれないが、引き込まれるもの_「エグみ」は皆無。ピート得意の連続四連符フレーズを小気味よく聴かせる曲があるのは嬉しい。

+++

ちなみにこの「ミッドナイトスペシャル」出演映像、75年かな。頭でボビー・ヴィントンも云っているようにスワンはクリス・クリストファースンのバックとしてツアー/録音に参加していた。クリス&リタ時期で、リタ・クーリッジ盤もだっただろうか。ベースやコーラスを。その時のバック仲間であったはず、ここではギターがジェリー・マギー。レジー・ヤングのフレーズを代わって弾いている。

I Can Help by Billy Swan


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2018年04月30日

it ain't the spotlight

当方の「追っかけ曲」である「それはスポットライトではない」。
http://www.sakatomi.com/iFrame_3/not_spotlight_a.html
作者のゴフィンとゴールドバーグ、それとロッドのテイクは alternate もあるのでふたつずつ、さすれば合計で21テイク_オフィシャルなレコード(もしくはCD)音源として見つけていた。

22テイク目発見。2015年だから3年前だけどね。なんと作者の娘が歌っていたヨ。
ジェリーとキャロルの娘、ルイーズ・ゴフィンが自身で立ち上げたらしいレーベルから出した6曲入りEP (CD) かな、そこに収録。キング=ゴフィン曲も収録のようだ。
discogs では、co-producer が父ちゃんじゃないほうの作者 バリー・ゴールドバーグとなっているCD。 " in memory of Gerry Goffin" _亡き父に捧ぐ、作品。

[ Louise Goffin / Appleonfire }
Louise Goffin's Appleonfire EP preview




ストレートな…というか、父ちゃんのとゴールドバーグのテイクを足して二で割ったような。変なフェイクがないので好感持てる、なかなかいい出来。



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2018年03月17日

看板に偽り

#169
【Muscle Shoals has got the "SWAMPERS"】
produced by various
('17 Muscle Shoals Sound Records)
<B:★>

買うかどうか悩んだが、まあこれだけマッスルマッスル言っている身としては…。期待はまったく無く、聴けば「やっぱり」。
 昨年末に Malaco から出たCDで元は、10年ほど前だったか Alabama Music Hall of Fame がリミテッド・エディションとして発売したマッスル・スタジオ・メンバーによる音源CD、その10曲に今回4曲ボーナス追加でリリースされた。過去盤買い逃していたので全14曲が初聴き。
 マッスル・ショールズ・リズム・セクションによる全曲インストで、スタジオの空き時間を利用して録音されていたという。四人衆をメインにピート・カーを始めとするマッスル・プレイヤー、マッスル・ホーンズも参加。
 disk UNION 広告では69〜78年音源に90年代ボートラが内容だという。が、初年69年曲があるとは思えない、既発10曲はすべて75年頃以降と思う。そして90年代の4曲ボートラだが、シンプルな音作りは逆に70年代初頭の雰囲気。しかしギターはウィル・マクファーレインというからそれはあり得ない。

まず最初に、ブックレットが20ページ、使われている写真がカヴァー含めすべて低解像でジャギー出まくり、酷い。デジタル・フォト・データということを知らないのかどうか、いまどきのブートCDでもこんな酷いモンはないので驚いてしまう。マラコというレーベルはデジタルについてこれてないのだろうか。これからしてトホホだが…。
 その内容。看板に偽りあり_まったく「スワンプ」していない。個人的には想像通りだが、ほとんどAORというかフュージョンというか…。
 マッスル四人衆は、才能溢れるミュージシャンの「バックでこそ」輝くのであり、彼ら自身に(演奏能力は最高だが)音楽クリエイトの才はぶっちゃけ無い。あれば人のバックなどやってない。その彼らが自分らだけで作るとなると…往々にしてこの手は、キーボードが引っ張ることになる。となるとアカデミックに音楽を始めているキーボーディスト仕切りは、やっぱりフュージョンぽくなってしまうのだなこれが。オールマンズ後にジェイモ/チャック・リーヴェルらが結成したシー・レヴェルが同様だった。これは歌があったが、このCDは完全インストゆえフュージョン色はより強い。
 ギターはすべてピート・カーで、自作2曲も。ソロ作とほとんど同質。他は四人衆作、ベケット単独など。キーボーディストのベケットは仕切る。エレピ/クラヴィ/シンセで_。

ウィル・マクファーレイン。78年頃だったか、久保講堂へ出掛けたのはボニー・レイット初来日公演。この時のギターはウィルじゃなかっただろうか。この人はボニー・バンドのギタリストとしてしか知らなかった。が、80年代に入って、そのバンドを抜けてマッスルへやってきたという。以後現在までマッスル暮らしだそうで、マッスル・リズム・セクションの一員として多くのセッション参加とか。知らなかったワ。見返せばいままでに評価してきた盤のなか、数枚に参加だが気付かなかった。
 ボートラ4曲はウィルのギターらしい。これが思わぬ聞き物だった。ウィルのプレイはスライドが多く、全体に前述通りにあえて渋め≠ネ快演。10曲よりもはるかに swamp /サザーンな曲揃い。ベケットもシンセなど使用せずに王道のハモンドB3弾き(ベケットはすでにナッシュヴィルで、ここはクレイトン・アイヴィかも)。
 ベスト・トラックはボートラから "sunday morning R&B" 。9分長尺は冗長すぎるが、4分ぐらいでここにそれなりの歌が乗ったならかなりイケるトラックとなったはず。

+++++

トホホなCDではあるが、Alabama Music Hall of Fame の館長ディック・クーパーという人が書くライナーノーツはさすがに詳しく、知らなかったマッスル録音盤が多く記載されている。今後の資料になる。これのみが収穫。



junior.jpg

左端 Junior Lowe :
ギタリストのロウはなぜマッスル・スタジオへ行かなかったか、
Fame に留まったのだろう…


swampers.jpg

L-R: hood, johnson, ? hawkins, beckett
さてセンターは?_たぶん John Prine

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2018年03月06日

ドジョウ狙い盤


edwards-and-ralph.jpg

#168
【Edwards and Ralph】
produced by Peter Yarrow & Barry Backett
('77 Ariola America)
<C:★★>

良くよく解釈して「ポップス」王道。とて、カーペンターズのような才能もなく、マグレガーほどに曲に恵まれたわけでもなく。正直やってもうた°C分、かなりトホホ…。
 
便利な時代で、ネットで見つけたのはレアな「マッスル」盤。誰も知らなかったはず、カナダの男女デュオ盤で『Edwards and Ralph』という77年LP。レアなマッスル盤といって、下に書いたトゥールーズ姉さんらのレコはディスコでとても買う気にならなかった。しかしこの2人盤は曲が粒ぞろいゆえもしやいけるかもと期待が…、でもってわざわざ discogs から買った次第、カナダのお店から。

届いてまず裏ジャケ・クレジットを見ると実に意外だった。beckett / hawkins / johnson / hood + pete carr, tom roady の演奏。文句なしのマッスル・セッション…なのに、recorded at the Le Studio, Montreal, Canada のみ。アラバマではなくモントリオールだという。同時期のブール・ノアール、トゥールーズらカナダ勢をマッスルで録りながらなんでこっちはカナダまで出張ったのだろうか。エンジニアも Gregg Hamm, Steve Melton とマッスル・メンバーだし、マッスル・ホーンズ4人も参加とあるが、マッスルのハウス・チーム全員がわざわざ出張りとは正直信じられなく、たんなる表記漏れ_マッスル録音が大半なのでは(それともマッスルスタジオご一行様のカナダ慰安旅行を兼ねて?)。ペダルスチールが Weldon Myrick …エリア・コードのおっさんの名も、これはオーバーダブだね。ミックスはナッシュヴィルのスタジオ。マッスル/ナッシュヴィル路線のポップス物。

セッション・クレジットは詳細なのに、肝心の2人はまったく表記無し。エドワーズとラルフ、姓か名か、男女分けすら分からなかった。仕方なしにこれもネット検索_ さすがだな [45 worlds] にあり。Cliff Edwards と Jackie Ralph のふたりでした。ジャッキーの声は「愛はかげろうのように」のシャーリーンを思わせる高音…いわゆる「天使系」か。
 プロデュースが ex- PPM のピーター・ヤロウ、とベケット。ということで、シロウトさんは分からないだろうが当方には見えた_メアリー・マグレガーの次ぎ、二匹目どじょう狙い盤と。ヤロウは自身でも3枚もマッスル録音盤を出している。が、線の細いヤロウの声質はほとんどマッスルと合っていなかったと思う。それでも、バックコーラスをしていたメアリー・マグレガー嬢のLPも(ついでに?)マッスルで、ベケットと共同プロデュースで録ったら、そのタイトルトラック "torn between two lovers" _シングルが全米1位に輝く快挙。これで味をしめての第二弾がこのデュオ盤なのは明白。レーベルも同じアリオラ・アメリカ。
 全10曲に2人の作なく(これもマグレガー盤と同様)、あくまでシンガーに徹してヒット狙い。マーク・ジェイムス=シンシア・ワイルから始まり、ギャラガー=ライル、アレッシ兄弟、リチャード・スパ、ダニー・オキーフ、トム・スノウ、ジャック・テンプチンらの楽曲、マッスル・ライターのフィリップ・ミッチェル、それとヤロウの書き下ろしとナイスな選曲は期待値高かった。が、問屋はなかなか卸してくれないのが音楽業界の常。凡庸の一言に沈み、人知れぬまま田舎のレコ屋の棚にひっそり。

++++++


当初は若干の期待もあって、久しぶりに海外からのアナログ買い。CDと違って送料が本体より高くつくのが難のアナログ。今回は VG+ コンディションで US $10.00 プライス盤だった。LP1枚でもまず2000円は下らないのが(北米から)エア送料。これがもったいないので、店にメールで Surface(船便)にしてくれと頼む_これで shipping charge は US$12.00 に。ほぼ半分にして、合計の Paypal check は円建て¥2534也。神保町界隈の中古レコ屋にもしあれば¥500以上は許されない盤をヨケタ買いは無理したが、まあ探して見つかる可能性はまずないので致し方ない。
 サーフェイスでは下手すると「割れる」かもと危惧した。過去に「割れた」ことがある。積み荷の多さもかかる時間も半端ないので。10枚ぐらいのまとめ買いならともかく、1枚はとくに危険。しかし今回のカナダ店舗、なかなかにプロフェッショナル。斯様にエア・クッションで挟み込みでのピザ箱梱包は軽量・堅牢、6週間の船旅でも無事に届く。


えあぱっく.jpg


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2018年02月11日

French Disque by Muscle

下に、レオン盤でのマッスル勢参加曲が「らしくない」と言った。deep な southern taste にあらずという意味だが、思えば正確ではない。マッスルショールズ・スタジオ、当たり前に「商売」…何でもあり≠ナあった。あるときは Kazuhiko Katoh という「日本人」がブッキングしてきた、はて日本語で歌うというがどうしたもんじゃらホイ…と思ったことだろう。
 さらにここに謎のディスコ≠ェある。この盤もマッスルと気付いたのは随分と前のことだが、ここにきて玉(音源)がUTに揃っているので一気に書いてしまおう。

76年盤『Boule Noire』というフランス盤がなぜかマッスル録音らしいと知った。それもディスコと…。しかしジャパニーズのマッスル詣でよりもフレンチのそれのほうがマッスル側にしてみれば違和感少なかったかもしれず。この盤、たしかにフランスでも出ているが discogs 等でいろいろと分かってきた、どうやらカナダ盤がオリジナルの様子。ケベック地方など「フランス語圏」が存在するカナダであったな(ケイト&アンナ・マクギャリグル姉妹はフレンチでも歌っていたヨ)。
ブール・ノアール、バンドと思っていたらそれは勘違い、George Thurston というカナダ・シンガーの変名だった。
そして、これも謎だったマッスル録音盤『Toulouse』…繋がった。カナダはモントリオールのディスコ3人女性グループ。ブール・ノアール、トゥールーズ、共に Steven Grossman という人物が裏方/仕切りでこの御仁がマッスル贔屓であったと…当方はみる。
どちらの盤もリリースはいい加減、何度かのマッスル・セッション曲を組み合わせて数枚を出しているようだ。
時代ゆえにディスコ録音のお鉢がマッスルまで巡ってくる…それもアリだろう。が、なんでわざわざアラバマのど田舎へ? 想像だが、たとえばそのグロスマンなる御仁の妹がじつはベケットの嫁…とか、なんらかのパーソナルな繋がりがあったのでは。
そしてこれも疑問というか…、けっこう「マッスル勢はノッっている」。まず演奏のみならずプロデュースも共同でしていたり、人員的にも4人衆からピート・カーも、マッスル・ホーンズも揃って参加。楽曲のなかにインストも含まれていて、それはホーンズ4人衆(イーズ/ローズ/キャロウェイ/トンプソン)が嬉々としてプレイしていたり。それと楽曲のいくつかの共作者としてベケットの名前まである。ディスコ好きなんかい?_と問いたいほど。クレジットをみれば、やはりストリングス入れはクライテリアで行われている(お馴染み、マイク・ルイスのスコアで)。クライテリアは当時、ビージーズがディスコヒット連発のための居城にしていたスタジオでもある、そんな時代か。

toulouse_credit.jpg


https://youtu.be/GzUl26xUE2U
ホーキンスのドラム…悪くない

https://youtu.be/5bpjPyFkq50
ピートのギターが…悪くないワ


toulouse_1.jpg

松下某のようなブラシイラストのファースト

boule noire.jpg

Boule Noire 盤もブラシイラスト

toulouse_fr.jpg
こういうお姉様方であった…



++++++++++


ひとつ気付いた事がある。ブール・ノアール(ことジョージ・サーストン)の78年盤『aimer d'amour』、les disques martin レーベルから出ている…バリバリに仏語盤だがやはりカナダから。これはマッスル録音ではないが、mixing に Steve Hamm の名もあるので一部はマッスルでのミックスダウンかもしれない。この盤のクレジットでドラムに " Richard Tate " の名があった。
遡るに、わがマッスル掘りリストの #043 が『Richard Tate』という盤。いったい誰や知れず盤ではあったし入手できると思っていなかったが、あるレコードフェアのエサ箱であっさり見つけた時ははっきり覚えている。そのときは驚喜したんだが、聴けばどうにもプアな内容だったな…とうの昔に処分してしまって今ではさっぱり記憶ない。
ひさしぶりに出会ったリチャード・テイトの名前。リストアップしたのは77年 ABCからの同名盤だったがいまdiscogsをみれば前76年にも同名盤を、それは les disques martin から。こちらはカナダ向けのフレンチ・アルバムで、ABCのはアメリカ向けに全曲英語で歌っていたようだ。見ればこのカナダ盤も完全マッスル録音_その1曲目がこれ:
https://youtu.be/N8JrQ6x0n6Y
ばっちりとマッスルではないか。ギターはピート・カー、アウトロで弾きまくってフェイドアウトの得意技。
リチャード・テイト…discogs には "Quebec drummer and singer" とある。カナダ/フランス語圏チームの一員であったか。

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2018年02月04日

Swamper album

leon-russell-sw8903-2-ab.jpg

#000
【Leon Russell and the Shelter People】
produced by Russell & Denny Cordell
('71 Shelter)
<ー:★★>


この盤をマッスル・リストに入れるかどうか悩むが、やはり参考盤扱いに。ある意味では重要盤なのだが、マッスル勢はほぼノータッチゆえ。

まずレオン・ラッセル…正直趣味でない、声も苦手。唯一『stop all that jazz』だけが愛聴盤で、このソロ2枚目も表記にマッスルとあったのでリイシューLPを15年ほど前だったか買って持ってはいるがほとんど聴いてなかった。が、一昨年にユニバーサルの『名盤発見伝』シリーズ仕事をした、その中でリイシューされた関連盤、マーク・ベノとの asylum choir やシェルターからのソロ3枚+ライヴ盤などは見本盤として貰う。この2枚目もあり、CDでは3曲ボートラ追加(これは89年のDCC盤CDからの収録のようだ)。

レーナード・スキナードのセカンドLP『おかわり』は74年盤。亡きロニー・ヴァン・ザントは「我が心のアラバマ」という曲を作り、そのなかで "Muscle Shoals has got the Swampers" と…「マッスルには『スワンパーズ』ありき!」と歌う。いまではマッスル4人衆=ベケット/フッド/ジョンソン/ホーキンスの代名詞「スワンパーズ」はそこから知られるようになったが、もともとの言いだしっぺはレオンともデニー・コーデルとも言われる…どちらにしろ、このアルバム『レオンとシェルター・ピープル』が初出。この盤から生まれた言葉。その意味でマッスル的には「重要盤」には違いないのだが…。

アメリカンのラッセルがUK音楽界の重鎮?デニー・コーデルとつるんで興した Shelter レコード、自身作は『レオン・ラッセル』『レオンとシェルター・ピープル』『カーニー』と続いた。で、この盤は70年8月〜71年1月にかけて4カ所のスタジオで録音された盤。それが「4つのユニット」によって。おのおのに名を付けた。

The Shelter People ( don preston, joey cooper ら当時のツアーバンド)
Tulsa Tops ( jesse davis, carl radle, jim keltner, ...)
Muscle Shoals Swampers
Friends of England ( whitlock 抜きのドミノス)

アナログ収録11曲は1曲を除いてどのユニットによる録音か表記されていた。ここで、マッスル勢は Muscle Shoals Rhythm Section とされるのが常なんだが単にそれが長いと思ったか、レオンかコーデルが "swampers" _南部の腕利きらへのリスペクトも込めて、この言葉を使ったんだろう。

さて、4つのユニットで4つのスタジオ録音となれば…
 A) The Shelter People _ shelter studio, hollywood
 B) Tulsa Tops _ A&M studio, hollywood
 C) Muscle Shoals Swampers _ muscle shoals studio
 D) Friends of England _ Island studios, UK

 で、納得できそう。しかしここからちょいとややこしい。まずマッスル録音だが、メンバーは4人衆とレオン(piano, guitar, vocal) の表記。普通ならリードギタリストが誰か入るところだがレオンは弾ける男ということで。
 収録うち2曲_05 : home sweet oklahoma, 09 : she smiles a river がマッスル録音とオリジナルLP表記ではされている。が、5曲目はどう聴いてもドミノス。なにしろ次6曲目と続いてリードギターはエリック・クラプトンだ(表記無しだが間違いない)。DCC盤のCDもこの曲は(クラプトンの名前はないが)Friends of England のバックと修正されている。
 なのでマッスル録音は9曲目の1曲のみとなる。そしてこれが緩いカントリー調でマッスルらしさは皆無(Coral electric sitar を弾くのは、レオン?)。なので内容的には参考盤にするしかないということ。

マッスルを置くと、その内容は…シェルター・ピープルとのゴスペル色濃い楽曲がどうにも肌に合わない(タイトルに反して彼らとの録音は全体の半分)_生臭坊主とその信徒のような抹香臭さは、レオンの盟友だろうか、ドン・ニックス盤でも同様であったな(アラバマ・トルーパーズ等)。この一派の仰々しさに拒絶感あり。ソングライターとしては認める。この人は、UKでスワンプ教祖のような受け方をしてから勘違いと思えてならない、本来は60年代のハリウッド仕事_ポップスの人、ではないだろうか。ラッセル・ブリッジズが本流、レオン・ラッセルと名を変えてからは無理が目立ったというか…。

++++

ひとつ注意点。
DCC とは dunhill compact classics の略、業界の深掘り男ヾteve Hoffman がミキシングまで、全てを仕切ったレーベルとして知られる。DCC盤リイシューCDの記載ではジェシ・デイヴィス/ジム・ケルトナーらによる「タルサ・トップス」バックでの録音はA&Mスタジオではなくてマッスル・ショールズとされている。ボートラのディラン・カヴァー3曲と併せての4曲がすべてマッスル録音というのだが…。
 同時期のジェシ・デイヴィスのソロ作では、マッスルこそなかったがマイアミ/クライテリア録音もあったので皆でアラバマへやって来てもおかしくない気も…、しかし4人衆不参加での録音を?、わざわざというのはどうかなあ、ちょいと納得しかねる。



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2018年01月05日

Yo-Yo

マッスル・ショールズの大立て者リック・ホール死去の報。東京新聞死亡欄で見てカミさんが言う_東京新聞だから? ほかの新聞でも載る人なの? と。知りませんが。
その写真の、ダリみたいなヒゲに…頑なな南部人であっただろうと想像する。映画『マッスル』でもそのスクエアな言動は見られたが。正直、頑固で怖い typical な南部白人…は当方の偏見だったかどうか。
<マッスル・サイト>で書いてきた、個人的には印象よくない人だった。FAME はスルー、思い入れは マッスル・ショールズ・スタジオのほうだけとも。
マッスル4人衆がホールと袂を分かったのは、ホールの吝嗇…なのか? 単に金銭問題だけじゃなかったと思う。ウェクスが乗り込んできて「ロック寄り」になったこと、フェイムのオーナーとしては気に入らなかった_スタジオがハッパ臭くなるのも御免だぜ…とか。その手は外でやってくれ、で…それはウェクスにとっても願ったり叶ったりだっただろう。それで4人衆に金を貸してまであらたなスタジオを作らせたと思う。
4人衆独立直後にホールの放ったホームランが「オズモンド兄弟」だったことをみても…想像は遠くない気がする。個人的にはこちらがツボだったんだがね…。70年か、全米1位 "one bad apple" は好きだった。これがフェイム録音とかジョージ・ジャクソン曲とか…もちろんまったく関係なく、いちポップス・ヒットだったが。次ぎの、ジョー・サウス曲 "yo-yo" も、ダニーの "sweet and innocent" も…マッスル・セッションなど知らず、大好きでしたワ。それにしてもボーンアゲインクリスチャンだらけのなかでモルモン教徒兄弟は居心地悪くなかった?




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2017年10月14日

Muscle '69

boz muscle.jpg

#167
【Boz Scaggs】
produced by Boz, Jann Wenner & Marlin Greene
( '69 Atlantic)
<ー:★★★>


マッスル関連盤を並べて十数年、167枚目にしてこの盤とは。マッスルショールズと言って、話が通じるロック好き諸兄に「マッスルこの1枚は?」と問うたら、まず挙がりそうなこのボズ盤。それほどに有名なマッスル盤をスルーしてきたのは、30年前に買ったが処分してしまい手元になかったから。思い入れがなかった、というか「デュアン・オールマン」ばかりが語られるのが疎ましい盤でもあった…。
 今にして知ったのは、買ったLPがリイシューだったこと。いや、リイシューを承知で買ったが、単なるリイシューでなく「リミックス・リイシュー」であった事実を知らなかった。詳細は下に書いた通りで、69年のオリジナル盤は名手テリー・マニングによるミックスであったが数年で廃盤。世に出回ったのは77年からのリイシュー盤で、それはトム・ペリーによって remix されていた。これは、オールマン・ブラザーズ・バンドのブレイクに当て込んで_この盤でデュアン・オールマンが長尺にソロを弾きまくっていたことでそこにスポットを当ててのリイシュー。ボズのブレイクはまだ成っていなかった、あくまで「デュアンの素晴らしいセッション盤」としてまず注目された。
 トム・ペリーを責めることはできない、アトランティックとしては棚からぼた餅の盤だったので当然の処置、ボズよりも「デュアンの盤」としてリミックスを施す。

2年前にUKのエドセルが "original 1969 version" と "1977 remixed version" 、マニング盤とペリー盤とを2枚に分けて抱き合わせ、2枚組CDとして発売してくれたのを今、手にしている。やっと「本来の」LP『ボズ・スキャッグズ』を聴くことができた。
 やはり「ミックス」は大きい_マニングのネームバリューから言うわけじゃなく、オリジナルはリイシューよりもずっと良かったのだ。ここでやっと、マッスル・ショールズ・サウンド・スタジオの最初期(69年春にオープンして、これは夏の録音)録音盤を堪能できる。
 ただし…ここにはピート・カーはいない。エンジニアもマーリン・グリーンで、メルトン/マスターズのコンビでもない。マッスルスタジオの口開け時であり、全盛期はまだ先のこと。グリーンが当初のエンジニアであったがこのスタジオでの仕事は2年あったかどうかだったと思う。
 最近の話題で、雑誌「ローリング・ストーン」の身売り話があった。創業者ヤン・ウェナーの名前を久しぶりに聞いたが、そのウェナーがこの盤のプロデューサーであった。シカゴでスティーヴ・ミラーとやっていたボズが流れた先のサンフランシスコ、その地で雑誌を立ち上げたウェナーとの関係はフリスコ・ロックとして浅くなかっただろう。
 フリスコ前に北欧へ流れて彼の地オンリーのアルバム、フォーキーな弾き語り盤(ウルトラレアだったがCD化)があったボズだがそれは小手調べとして実質の「デビュー盤」はこれとしていいだろう、この後『my time』で再びマッスル録音があった、自身の音楽性との相性の良さを最初に示した好盤といえる。

バックはマッスル四人衆が張り切ってお仕事、そりゃそうだろう、自前スタジオが始まったばかりなのだから。ギターはジョンソン以外にデュアン、ヒントン、ボズも。ボズは結構弾く人だからこの盤でもヒントンのプレイと思われている箇所がかなりボズ本人のギター…とみた。
 コーラスに、シェール盤に続いて Donna Thatcher の名が。後にシスコへ行ってキース・ゴドショウと結婚、夫婦でデッドに参加した、あのドナ・ゴドショウその人。マーリンの奥さんのジーニー・グリーンは分かるが、トレイシー・ネルソンがマッスルへ出張りというのは珍しい_いやいや、これはフリスコ・オーバーダブだねきっと。

++++++


と…戸…都……。ここまで書いてさぁアップすっかな…と思ったがジャケ写を入れねばと気づき、スキャンも面倒ゆえネット拝借しようとしたわけで。そこでえらいコメントを見つけちまったよ!_「このエドセル盤、アホもたいがいにせ〜よ、盤面表記が『逆』であるぞ! original 1969 version となっているほうが77年リイシュー音源なのだ。ゆめゆめ『オリジナルが最高じゃん』などと吹聴して赤っ恥をかくなかれ…」とな! でもってwiki を見直せば、"Boz Scaggs (album)" の項目にもちゃんと書いてあったわ_「Edsel mislabeled the discs... 」と。
 怖い!怖すぎる…。すんでの所でやっちまうところだったではないか。てか、もうやっちまってるし。なにが「名手マニング」だ…、それはトム・ペリーのミックスだってよ〜! 我、じっと手を見て涙ス…これまでもどれだけいい加減なことを書いてきたことか…。
 斗、少しだけ思ったがこれぐらいではめげない、だいたいシロウトのブログなんてこの程度/常に眉にツバつけて読んで頂きたい所存でござる。
 とりあえずは自己検証をしようと思い立ち、三十数年前に池袋オンステージヤマノで買ったUSのリイシュー盤、とうの昔に処分してしまった盤、そこから "I'll be long gone" だけは焼き残しているのでその音をエドセルの2枚の同曲とで聴き比べてみた。
(A) USリイシュー・アナログ
(B) エドセルCD "original 1969" と書いてある盤
(C) エドセルCD "1977 remix" と書いてある盤

(A) と (B) にくらべて (C) 、楽器定位/分離の激しいテイクになっている(左右振り分けでボズの歌のみがセンターにある)。なるほど、たしかにエドセル盤表記はミステイクですわ。
 が、よくよく聴くに…同じのはずの (A) と (B) 、近い、が「違う」。まったく同テイクではない。顕著なのはロジャー・ホーキンスのドラムのパン位置/定位。センターを0度として左右目一杯に振ったところを90度とする。
(A) 左40度
(B) ほぼセンター0度
(C) 右85度

深い、ミックス(リミックス)は深すぎる…。それは兎も角、なんだかんだ言って、やはりこの盤は "I'll be long gone" に尽きる。



posted by denny-0980 at 07:59| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする