2030年12月31日

Sakatomi _ Denny's handmade fonts


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+++++

それとこれは20年来のライフ・ワーク_
アラバマ州マッスル・ショールズのスタジオを掘り続け…
とくにギタリスト Pete Carr をmaniacに検証中

 "denny-O-Muscle" 過去評価盤備忘表 http://muscle-album.seesaa.net

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2023年02月24日

Muscle Shoals_Pete Carr


思えば20年以上ピート・カーを掘ってきたが、こと映像は…なにしろスタジオワークが中心であったのでライヴ映像はYouTubeで数本、それも当然メインアクトは別だからフィーチャーされていない/画像が悪い状態ばかりであった。
なので手元まではっきり見るのはこの投稿で初めて_だな。
ピック弾きは分かっていたが、ダウンに弾くのでなく珍しいタイプ_ジャズではありがち? アップにシングルノートを弾くことをようやく知った。
このボブシーガーの大ヒット曲はマッスル録音、ギターをここで当時「まんま」弾いておりますピート_2020年没。




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2022年10月16日

Muscle_ Wayne Perkins

Stones盤では三番目に好きな『黒と蒼』、のっけの "hot stuff" から次曲"hand of fate"への流れが、スネア打ちのシメと始まり_一番好きなところ。この曲のリードはトラックno. 8 & 9 のふたつを使ってウェイン・パーキンス、Muscle Shoals guitarist。気持のいいリードプレイは、スティーリーダン "peg" =グレイドンに匹敵する、ウェイン一世一代の名演。大好きなギター!
ウェインは南部人だが一時期UKへ_逆「アトランティッククロッシング」。マッスルショールズ・スタジオとレーベルとして一番深く関わったのは(お旦だったウェクスの Atlanticを除く)UKの Island Records _クリス・ブラックウェル。ウェインはアイランドからのバンド Smith Perkins Smith 盤リリースであったり、クリスから依頼でボブマーリー&ウェイラーズ盤へ関わったり(クリスの手によるリミックス時にギターをoverdub_ "concrete jungle" のギターはウェイン。これも素晴らしい!)、その時期にストーンズとも知り合ったのだろう。ストーンズもアイランドの basing street studio を使っただろうから。



蛇足:
『黒と蒼』盤では"memory motel" も要チェック、アコギ:ウェイン/リード:ハーヴィ。キースはギターを弾かずにコーラス/ヴォーカルのみ。
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2022年09月21日

Stones @muscle shoals '69

マッスルfacebook掲載のセッションレシート。
1969年12月4日付、スタジオフィー&テープ代、しめて$1,009.75也。
いろいろと見えてくる。13時間半で録り終えた "wild horses" で、当時のマッスルのスタジオフィーは$65/hourでしたか。
請求先が、悪名高きアラン・クラインの Abkcoか。ストーンズがアランとどうにか手を切ろうとゴタゴタしていた時期。法廷闘争までもつれてどうにか自身の Rolling Stones Recordsを発足させるまでの過渡期。
マッスルセッションは12月2.3.4日の3日間で、brown sugar / wild horses / you gotta move を録ったが、レーベルのごたつきで1年半の塩漬け。収録の『sticky fingers』が出せたのは71年4月、と。但し brown sugar は12月6日のオルタモントコンサートで早々に披露されたと記録あり。4日までアラバマ、5日に、シスコの郊外だっけ?_飛んで行って翌日にあの惨事とは、慌ただしいストーンズご一行様。
コンサートではジェファースンエアプレインで出ていたマーティベイリンもステージで殴られたんだよな_誰にだったか?


マッスルれしーとのコピー.jpg

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2022年09月05日

boy meets girl

sandpiper.jpg


おっとこれは知らなかった_てか、前にも書いたがシングルは沼が深すぎて手を出せない、これもシングルオンリーのマッスル録音。
日曜に宮治さんラジオは「AMYレコード特集」だったがそこでかかって初めて聴いたのが、NYの16歳の女の子ふたりがマッスルへ赴いて録音したそうな。67年3月発売。

The Bouble Image _ the power of love / say you love me

NYの老舗レーベル BELL傘下 Amy からのリリースだが両面ダンペン=リンデンスプーナー<Iールドハム作。エンジニアがジミージョンソンで、プロデュースはパパドン/オールドハム/フッド/ホーキンスと来ますか。出版がフェイムになっている、当然録音も Fame Studio だな。パパドンというのはdiscogsによれば James & Bobby Purify で当てたマイアミの仕事師のようだ。マッスルはアラバマ州だがマイアミとの強い連係は以前記した通り。

しかし誰が幼い少女をマッスルへ送ったのやら。想像では、大物録音のオマケとして同行させたてなことじゃないか。BELL / Amy 所属の大物のマッスル録音は…あったっけ?

驚くのはその楽曲。A面曲は、デュアン&グレグ兄弟の The Hour Glass のセカンドLPタイトル曲、これはわがピート・カーの初録音(といってもベースだったが)でもある68年盤。ここで初出と思っていたが、オリジナルはこの女の子グループへの書き下ろしであったわけね。

https://www.youtube.com/watch?v=-dVWRN3uIaE
https://www.youtube.com/watch?v=ciAKbcS5kso

両面なかなかパワフルでいいでないの。ギターは Junior Lowe だろう。


+++++++


ここから修正。UT投稿にはふたりではなく三人組、有名な男性三人組とは別の The Sandpipers というガールズグループの変名リリースとある。ご丁寧な解説リンクを読んでみれば…業界の荒波に揉まれた幼い三人組、メンバーチェンジあり。
もともと地元はフロリダのペンサコーラ、66年に The Allman Joys をバックにステージに立っていたとき、14-13-14歳!…なのに13歳のデビーは17歳のグレグ/14歳シャーリーンは18歳デュアンのガールフレンドであったのか。オールマンジョイズは兄弟の初の人前で演ったセミプロバンド。NYで一緒にオーディション受けて、ジョイズは蹴られたがガールズは受かって袂を分かった。
すったもんだの結果は…サンドパイパーズで2枚、ダブルイメージ名義で1枚、3枚シングルが全ての様子。
https://spectropop.com/Sandpipers/index.htm


https://www.youtube.com/watch?v=kCV7hBvT1Qc
これはいかにもNY録音。ラスカルズ・カヴァー。

++++++


https://www.youtube.com/watch?v=IUoR3Ouzsuo
66年、ペンサコーラのオールマンジョイズ

https://www.youtube.com/watch?v=s-vfxwOsRck
68年にはアワーグラスに。
左からポールホーンズビィ/ジョニーサンドリン
 デュエイン/ピート/グレグ
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2022年08月25日

Muscle Swamper




そうであったよ、これはほんとにレア映像。
マッスルショールズ四人衆=ロジャーホーキンス/バリーベケット/デイヴィッドフッド/ジミージョンソンが「人前」で演奏している姿。それもかの Saturday Night Live 番組。
ジミーはアコギにまわってリードはピート・カーによる5人揃いでもある。この5人での人前はまず無かったはず。映像としてのリズムセクションは、トラフィック・ツアーでのホーキンス+ベケット+フッドぐらいだから。

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2022年07月14日

Traffic 73

でもってマッスルなんだが久しぶりに聴いたのがトラフィックの73年盤『shoot out at the fantasy factory』。この不思議盤の謎が解けた。
裏ジャケ写はマッスルショールズスタジオの駐車スペース、ホーキンス&フッドも含めたメンバー集合。なのにクレジットは/ご丁寧にレーベルにも、recorded in Jamaica の文字。エンジニアがマッスル・ハウススタッフのメルトン&マスターズ、彼らも連れてわざわざジャマイカ録音はありえないと思っていた盤。答は Discogs にあった_「このアルバムはマッスル録音。ジャマイカと記載されたのは、トラフィックがアメリカでの仕事許可を有していなかったための方便」と。
これですっきり、…でもないな。ジミークリフを筆頭にアイランド勢ではマイクハリソン(ex-Spooky) アンディフレイザー (ex-Free)、だれよりもジムカポーディ自身が3枚もマッスル録音盤をリリースしていたではないか。なぜにトラフィックとなると認められなかったかの疑問が膨らむ。
まあひとつ考えられるのはウィンウッド。当時のライヴ映像では右目左目が別方向を向いていたヨ。相当なドラッグ沼に足をとられていた様子(アルバム『shoot...』もフロイド並みの長尺)。ここらの問題かね。お付き合いのマッスル勢だが、60年代はともかく70年代には born-again Christian としてかなり品行方正になっていたからウィンウッドとはビジネスライクな関係であったろう。

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2021年12月07日

アーティガン@alabama

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ん〜この写真で、奥の壁際に座るハゲちゃびんはアーメット・アーティガン…だな。この時…69年12月の2/3/4の3日間がストーンズのマッスル・セッション。brown sugar など3曲録音。
+
アーメットはAtlantic のボスだが、マッスル録音はほぼウェクス(&ダウド)に任せていて、記憶ではアーメットのプロデュース名義盤は3枚のみ。それらも名義貸しで本人がアラバマ参りは無い、と思っていた。
来ていたかあ。大将自らは意外だが、これはストーンズがらみの特例なのでは。ストーンズはDeccaからの移籍先を模索していたころ、いやアトランティックと契約が完了していたのだろうか。この時録った曲が出るのは、アトランティック(制作は自身のレーベルだが)からの1枚目で71年と、けっこう間が空いた。
ストーンズは4日に発って6日はあの悪夢のオルタモントフリーライヴ、カリフォルニアへと強行軍だった。アーメットもオルタモントまで同行したのかも。

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2021年07月05日

マッスル録音の


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お約束_スタジオ前集合写真、これはフリッツ盤の。
立っている後列左から〜デビッド・フッド/ジミー・ジョンソン/ヒントン奥さん?/エディー・ヒントン(背が低い)/トニー・ジョー・ホワイト/マイク・アトリィdixie flyers/クリス・クルストファースン/ロジャー・ホーキンス/バリー・ベケット(背後)/サミー・クリースン dixie flyers/ピート・カー(童顔)/ダン・ペン/コーラスとスタッフで4人
座り前列〜ジョン・プライン/ドニー・フリッツ/ジェリー・ウェクスラー/スティーヴ・メルトン&ジェリー・マスターズ(スタジオ・エンジニアふたり)/トム・ローディ(巨漢スタッフ兼パーカッション)/別のスタジオのスタッフ
=
てことで、ベンチャー・マギーはここにいない…(マッスル・マギーもいないが/それとスプーナー)。それでも歴代集合写真ではミュージシャン的には最も大物揃いがこの時。スタッフ的には、いの一番のシェール盤ジャケ。ウェクス/トム・ダウド/アリフ・マーディン揃い踏み。
+
+
facebook post_ 写真2枚で上は、マッスル四人衆唯一survivor デヴィッド・フッドと写るマッスル・マギー。で、もう1枚、顔が似ているから娘さんかも_手にしているギターが…
http://www.electroacoustics.com/Rhythm%20Section.htm
このページがいまも残されていて嬉しい。20歳のピート・カーがメイコン・リズム・セクション時に愛用していたテレキャスター。ネックは差し替えられているが、それをマギーが持っている…仲がよかったと見える。
そのことだが。
ピート・カーの盟友、ふたりで「ルブラン&カー」でヒットも放った仲のレニー・ル・ブラン。76年のソロ『Lenny Le Blanc』(リイシュー盤は『hound dog man』改題)は、ピート全面協力の名盤。この盤のクレジットに:
Thanks to Jerry McGee for use of his Stratocaster
とある(ル・ブランはギターを弾いていないのでこれはピートによる謝辞)。
この盤を買ったのは原宿メロディハウスだったか、そのときにピートとマギーがそんな仲だったかと思って以来、ベンチャー・マギーがマッスル?_若干疑問だったんだ。違ったねぇ、そのストラトは近場の友人、(マッスル)ジェリー・マギーのでしょ…RIP。

Mcgee1.jpg

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2021年07月04日

ジェリー・マギー




が亡くなった。Ventures のマギーは…ダック・ダンと同じだったな、東京で客死、2019年。先週亡くなったのがジェリー・マギー、アラバマ/マッスルのギタリスト。
+
74年盤ドニー・フリッツ『prone to lean』。76年に大学へ入って、軽音ロック・サークル、組んだバンドは先輩らと。ベースの間宮さんが絶対やりたいと言い出したのがこのLPの "sumpin' funky going on" 。そう言われて、僕もリーダー大木先輩も曲は分かっていた_当時で既にこのアルバムはUSロック好きには共通認識というか、Must な1枚だった記憶。この年の夏休みに、狭山の大木先輩宅で練習_くそ暑いなかを何度も通ったことを思い出す。が、トニー・ジョー作のとびきり swampin' な曲を上手くやれるわけがなく(僕はなぜかドラムだった)、この曲は早々に諦めた。
プロデュース/クリス・クリストファースン&ジェリー・ウェクスラー、全曲 muscle shoals sound studios 録音の名盤を久々に通して聴き返す。で、ギターだが_A2/B3 はピートの、B6はヒントンの屈指の名演。以下、と思う。
A1: Jerry McGee solo [credit]
A2: Pete Carr lead
A3: Eddie Hinton
A4: Jimmy Johnson rhythm
A5: Pete (leslie) + Jimmy
A6: left/Pete + right/Eddie
B1: Tony Joe lead [credit]+ Eddie
B2: dobro_Pete
B3: Pete lead
B4: Jerry McGee slide solo
B5: Pete(leslie) + Eddie
B6: Eddie solo / Pete acoustic

クリストファースン盤でレギュラー・ギタリストだったジェリー・マギー…僕らのなかではベンチャーズよりも LA swamp /デラ・ボニ・ファミリーとしてのほうが推しだったマギーゆえ、このフリッツ盤ももちろんマギーが参加…疑う余地がなかった。しかし、マッスル・ショールズを掘ってゆくなかで同名ギタリストがいたことを知る。で、もしやこのフリッツ盤のマギー_ベンチャー・マギーではないかも?…と、もやもやが続いた。そのことを本人に生前聴きたかったんだが。チャンスは2回あった。赤坂ブリッツで20年以上前か、加山雄三&ノーキー『永遠のギターキッズ』というコンサート、ゲストが来日中のベンチャーズ(飛び入りに山下達郎)…その打ち上げ会場で、僕はマギーに話しかけたかったんだ。聞きたいことが沢山あった、フリッツ盤も含め。しかしライヴ終了直後に体調が悪いと、マギーだけがホテルへ戻ってしまっていた…会えず。その数年後、毎夏来日のベンチャーズ仕事をやっていた元シンコーのライター/コンちゃんへ頼み込んでマギーへインタビューさせてもらう手はず。最初はOKの返事だったのに、これもポシャる。
いま聴き返して確信する、やはりフリッツ盤はベンチャー・マギーではなく、マッスル・マギーであると。A1の見事なソロ・プレイだが、ベンチャー・マギーはサムピック(もしくはフラット+サム)使いで複音ギタリストに対し、ここでは単音ソロであること。クリストファースン以外にもリタ&プリシラ・クーリッジ、ブッカーTらの盤で弾いていたマギーはルイジアナ出身のケイジャン/ディープ・スワンプなギタリストであるが、ハリウッド録音がベースだった_マッスル出張りはまずやらなかったと思える。
+
それにしても…いまさらに思うのは、フリッツ盤のジャケ…やり過ぎだな、こりゃ。 The Band のせい?_「若年寄」が渋いというUSロック美意識の時代。

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2021年06月12日

過去投稿に

記したように、 The 5 Men-Its は、これで「ファイヴ・ミニッツ」と読む。アラバマ・ローカルとあってリーダー格は地元のエディ・ヒントン。これは分かる。が、ドラムのジョニー "Duck" サンドリンとキーボードのポール "Berry" ホーンズビィはともに…そしてそこにあるようにピート(当時は本名 ジェシ "Beaver" カー)もフロリダ出身。テキサス生まれだが幼い頃にフロリダ/デイトナへ越してきたオールマン兄弟。皆フロリダ仲間。
南部結束なのか、アラバマ/ジョージア/フロリダ/テネシー、これら州間でのミュージシャン移動はかなり頻繁であったと思える。中で、テネシーの nashville は別枠として、キー・ポイントはやはりフロリダ。ここはそれなりの音楽産業が早くから形成されていたと思う。たぶんラジオ局がかなりあったんだろう。スティーヴ・アレイモ/ヘンリー・ストーンら、幾人かが顔役で。
+
そうか、遅い!…が、たった今気付いたワ、Alston レーベルは Alaimo / Stone だったか!
+
渾名が業界のお約束だった_で、キャプリコーン・レコードのハウスバンドだった Macon Rhythm Section は上記 Duck / Berry / Beaver の三人と、ベーシストの Robert Popwell 。デイトナ出身のベーシストはその後ラスカルズ、それよりこの人はクルセイダーズのメンバーで名を馳せたよな。なのでジャズ/フュージョン系とされるか。ロバートよりも Pops Popwell 。ポップスと呼ばれたのは業界仕事始めだったメイコン時代から_ロバート Pops ポップウェル。

http://www.electroacoustics.com/Rhythm%20Section.htm

ちなみにヒントンは The Bear 。このシングルはファイヴ・ミニッツ後にサンドリンと組んでのリリース。
https://youtu.be/UCbhPEWkZdk
デュアンとあるけど…ギターはすべてヒントンじゃないかなぁ。


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2021年06月09日

最初期のピート

5men-pete.jpg

マッスル・スタジオfacebookの投稿_
なんと、ピート・カーがアラバマのローカルバンド The 5 Men-Its に「参加」していたとある。これは初耳。

http://sakatomi.seesaa.net/article/465020587.html

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2021年02月07日

Macon で四人衆バック

mcclinton78.jpg

#175
【Delbert McClinton / Second Wind】
produced by Johnny Sandlin
( '78 Capricorn )
<ー:★★>


78年カプリコーン・リリースか…まったくもって「らしい」盤だが、可も無く不可も無し。サザン・シーンではそれなりの名前か、マクリントン。過去にも#117 / #136 と2枚採り上げたがこの盤はそれらより前。全11曲うちオリジナル5曲、カヴァーはジェシ・ウィンチェスター/タージ・マハル/ウィリー・ディクソン/ケナー=バーソロミュー/ジョニー・キャッシュと…「らしい」曲が並ぶ。
ぶっちゃけ「声」だな、やっぱり趣味じゃないんだ。特に日本人には声は大事_なにしろ英語で歌われる曲ばかり聴いていても何の意味かさっぱり、声=音でしかないから。メインの音。同じ曲でもジェシ・エド盤だったら、あの声だったらまったく違うだろう。このマクリントン盤に近い盤を思い出した、コーキー・レイングのカプリコーン盤があった (#078)が、コーキーはいい声なんだ。
そのコーキー盤ではピート・カーがいいギターを弾いていた。ここでは Billy Sanders / John Hug とあるがどちらにしろギターはサザン・ロックの、これまた「らしい」お約束でレス・ポールだろう、ぶっとい音。相変わらずホーキンスがいいドラムを叩いているのでここもピートの軽いギターだったら雰囲気はかなり違ったはず。
ホーキンスといえば、この盤は四人衆全員参加での Capricorn studio / Macon で、かなり珍しい。他に1、2枚あっただけ。なぜマッスル・スタジオでなかったか…。コーラスにボニー・ブラムレット/ブラックベリーズ。意外な顔はミッキー・トーマス。
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2020年10月05日

ダニー・オキーフ

okeefe.jpg


#174
【Danny O'Keefe】
produced by Ahmet Ertegun
( '70 Cotillion )
<ー:★★★★>

全12曲うち4曲がハリウッドの United Western (BB初期のブライアンの拠点スタジオ)録音、8曲がマッスル録音、70年のメジャー・デビュー盤。Atlantic 傘下レーベル盤だがプロデュースは御大アーメット・アーティガンとなっている。
我がピート・カーはまだマッスルへ行く前、これはシェール盤に続く最初期マッスル・ショールズ・サウンド・スタジオ録音盤の1枚。Steve Melton / Jerry Masters エンジニア・コンビもまだ働く前、この時期はエンジニアから「マーリーン・グリーン期」と個人的には呼んでいる。レーベル・トップのアーティガンがまさかアラバマ片田舎へ足を運んだとは思えない。あくまで新興スタジオの門出にお墨付きを授けた意味のクレジットだろう。同様なアーティガン・プロデュース名義盤には #142/ Nicholas Lampe、#148/ Batdorf & Rodney盤ぐらい、かなり少ない。

エルヴィス・カヴァーで広く知られた "Good Time Charlie's Got the blues" _やはりこれがオキーフの世に知られる唯一曲だろう。自身のヒットがまずありきだったが、このファーストに収録。…ただし、ヒット・テイクは翌年のセカンド収録の、メンフィス・アメリカン録音ヴァージョンの方だった。リレコした。マッスルでのファースト・テイクは Eddie Hinton ギターでリレコは Reggie Young 。名勝負≠セが個人的にはマッスル勝利。

クレジットにウェクスラーの名がないのが不思議。実質プロデューサーのはずだが…洩れか? 実はオキーフ単身でマッスル詣でだったのかな、とすればバリー・ベケットの仕切りだっただろう。
そんな裏方予想は置いておいて、マッスル四人衆&ヒントンによって滋味溢れる楽曲が並んだだけで十分なのだな。生粋のソングライターと新進スタジオクルーの情熱がマッチした傑作。


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2020年08月18日

MSSS T-shirt

TT.jpg

レッチリのTはユニクロで売っていたが、「ムエタイ&ラーメン」のTは早稲田のティーヌン_これを買ったのは20年前、未だに着ている。


muscleT-f.jpg

muscleT-back.jpg

「3614 Jackson Highway」Tもユニクロにはさすがに無さそうなので大元から購入ス。
して、その背だが Artists who have recorded at Muscle Shoals Sound Studios が羅列されている、その数64パフォーマー。


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2020年08月17日

スタジオのアドレス

あどれす.jpg


T購入。アラバマから。
で。これが正確なアドレス。マッスル・ショールズ・スタジオ所在地はマッスル・ショールズではない。シェフィールド。ちなみにFAME STUDIO はマッスル・ショールズの一番の目抜き通りにある。シェフィールド、マッスル・ショールズ…都合5つだったかな、アラバマのひとつ郡 (county) の中の地名だから日本でいえば田舎の「大字」、てな感じだと思う。
それと。
3614 Jackson Highway でも、ない。North Jackson Hwy. なのだ。ちょいと離れた場所に Jackson Highway 通りは存在する。この地を訪ねてタクシードライバーに「Jackson Hwy. 行ってくれ」と云ったらややこしいことになるぞきっと。
なぜ North を省いてしまったか。
想像だが。下に書いたね、スタジオ・アドレス、これはシェール盤のジャケから始まったこと。なので_その時点で間違っていたことになる。が、意図的だったと思う。「アルバムジャケには {North} まで入れると長すぎるから省いた」のではないか。その後にこのアドレスがここまで一人歩きするとはジャケ・デザイナーは想像しなかった_と僕は想像する。


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2020年08月07日

3614 Jackson Hwy.


最近気付いたこと_「マッスル・アドレス看板」。

cher-front.jpg

lulu-front.jpg


しかしてこうして写真キャプって持ってきてはいけないのだな権利的に。すんません、マッスル学術研究の一環として許してくだされ。一言下に入れますんで。
+
で、これがマッスル事始め≠ナ有名なシェール・セッション。始めに、セッション終わったらスタジオ前で集合撮影としたからその後も続くこととなる記念碑的写真。当時の夫ソニー・ボノも一緒。ドナ・サッチャーはシスコへ行ってキース・ゴドショーと結婚、ふたりでグレイトフル・デッド参加。
+
ここで、お気づきだろうか。看板ないこと。そして下はジェリー・ウェクスラーとルル。ルルのマッスル盤は70年、ここでは看板は付けられている。前69年シェール盤でもあるものと思っていた_「ジャケットは、その上に敢えて同じ書体≠重ねた:タイトルとしてはっきりさせるため」であると思ったがどうやら違うな。
スタジオ関係の誰かが、発売されたシェール盤ジャケットを見て触発された_「この文字で看板くっつけたら宣伝にもなるし、いいんじゃねぇ?」…発売直後に付けられたんだろうな。
ちなみに初代看板は、2代目マッスル・スタジオへ持って行かれて、見た目ほぼ同じ(若干文字が平たくなってる)のが初代スタジオに再度掲げられた。それも90年代末で、2代目稼働期に初代は中古家電販売店になっていた、けっこうボロボロのままで…。


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アリフ・マーディン名義のレコード

mardin.jpg

【Arif Mardin / Glass Onion】
produced by Arif Mardin
('69 Atlantic)


何年か前に東陽町の店で見た盤、安くなかったのでマッスルとは分かっていながらスルー。なにしろあのマーディン盤。いやアリフ・マーディン、大の贔屓アレンジャー/プロデューサー…それはたしか。が、歌うわけでなく卓越したプレイヤーでもないだろう、ソロは辛いと判断。
で、いまはUTに全11曲うち10曲が上がっていたから採り上げる。
しかしこのインスト盤、もし買ったとして、部屋で聴いてしみじみすることがあるだろうか。PC音源で四の五の言うのは反則かなと一瞬思ったんだが…いやいや、こりゃあきませんワ、買ったとしても二度聴く気はしない。悪い盤じゃない、マッスル四人衆入魂のプレイなんだから。そこにエディ・ヒントンの頑張り。とはいえインストはやっぱりキツい。
+
この盤、実は「Muscle Shoals Sound Studios 初録音盤」ではないだろうか。四人衆が FAME から独立して立ち上げたスタジオはシェール盤がこけら落としとされている。その盤は三人プロデュース:マーディン/ダウド/ウェクス。ジャケには三人とも写っている。マーディンがマッスルまで足を運んだのはこの機会ただ一度ではないだろうか。
で、このインスト盤はシェール・セッションの前に新規スタジオの録音特性はどんなもんじゃろか?=Qテスト録音の意味合いでのセッションだったのではないかと今思えてきた。
シェール盤もかなりイージーな選曲だったがこれも「やりやすい曲だけでいいから」セッションに見える_ほぼカヴァー。"how can i be sure" ラスカルズ曲は自身がプロデュースでもあるし、同じアトランティック所属、そして彼らへの印税(といって売れたとは思えないが)の意味だったかな。大半をマッスルで録ってNYCへテープを持ち帰り、キャヴァリエ/ブリガッティ兄弟の overdub と弦/ホーン追加で仕上げたのだろう。
+
「プラウド・メアリー」のヒントンはジェリー・マギーのよう。Ventures アルバムを聴いているような感じ。そのヒントン、ちょいとだが「悪魔を憐れむ歌」では吠える_歌が入る。この人、「白いオーティス」か? かなりのシャウターだったから本心はもっと歌わせろ!だったのかも…。


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2020年07月30日

それはノット・スポットライト#23?

わがピート・カーが4度録音した(別アーティスト)ほどにマッスルといえばこれ的名曲の「それはスポットライトではない」
僕はいままでに22テイクをチェック済み
http://sakatomi.seesaa.net/article/459103039.html

ルイーズ以来の、ここにきて3テイク発見してしまった…が、2テイクは未聴_どマイナーゆえハードルが高い。それにとても出来がいいとは思えないから辛い。追うべきや否や。
もう1テイクはUTにあった。
アイリッシュのブルース・ギタリスト…なんだろうか。2017年CDに収録でそれは4:13、UTは半ばで切れている。フルに聴かずに判断はどうかと思わないでもないがそれにしても正直ど〜とも感じないテイク。追う気は失せる人。凡庸すぎるカヴァーは…もうこれで十分だ、スルーしてしまおう。
Eamonn McCormack

https://youtu.be/CZBocG0s6m0


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2020年07月24日

マッスルのリンダ



もう1曲は71年same title盤収録の "I won't be hangin' round" 、エリック・カズ曲。さて前にも書いたがわずか2曲のためにアラバマの片田舎まで出張るだろうかの疑問。これ、半分疑問だが半分はアリかもと…。
流行りのスタジオをとりあえずは#`きたいという意識が当時はかなりあったと思う。ミュージシャンもそのスタッフにも。あのストーンズも、マッスル録音は3曲のみ。それはオルタモント(あの悲劇のコンサート)へ行く直前に「寄って」録音したまで。
ポール・サイモン「僕のコダクローム」はマッスル録音の代表曲としていつも挙がる曲。ポール、その前作ではジャマイカまで足を伸ばしたり。で、マッスル録りに関して、この1曲のみ録音≠ナ三日間ブッキングを入れた。が…「いやぁ、マッスルの連中はほとんど家族だからね、意思疎通が早い! すいすい進んで…」結局アルバムには5曲のマッスル曲が収録。
リンダにしても旅気分がてらに1曲録り/二日程度のブッキングだったのかもしれない。

posted by denny-0980 at 12:22| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする