2018年10月21日

tradewinds

ん?_…ピンと来た。そうだ、トレイドウィンズ!
ルー・コートニーの話。ツイッタ見ていたら芽瑠璃堂広告に日本盤シングル・リイシューらしい、ルー・コートニーなるシンガー盤が。
https://merurido.jp/donuts_topic.php?topic=26975
74年のフリー・ソウル名曲で知られるシンガー…でしたか。知らんブラックパフォーマーやなぁと思ったが、ん〜待てよ…。思い出す。
http://www.sakatomi.com/iFrame_3/not_spotlight_a.html

「それはスポットライトではない」コレクターとしてのページ。ここで、謎なのは73年シングル ST4 盤と翌年のトレイドウィンズのシングルである。
トレイドウィンズとくればポップス・ファンならば、山下達郎が "Tokyo's a lonely town" として、デイヴ・エドモンズが "London's a lonely town" としてカヴァーした名曲_ "New York's a lonely town" の全米スマッシュヒットを放った、アンドレオーリ&ポンシアによるグループが真っ先に思い浮かぶはずだが、過去には同名グループが相当数あったらしい。
で、「それはスポットライトではない」を早い時期に出していた同名グループがあった。そこに書いたように… ?なぜ「黒人グループ」と書いたんだっけ…ネットのどこかにそうあったかな。歌唱から勝手に判断したか。ともかく、これがなかなかに良い出来。山下達郎ラジオへ三枚リクエスト葉書書いたんだがかけてもらえない…。
このシングルのプロデューサーがルー・コートニー。やはり黒人であったか。グループのメンバーであったのだろうか、単にプロデュースだけなのか、詳細は不明ながら一歩だけ前進。


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2018年10月18日

青空

garage band で録ってみたELO曲。コードが同じだけで別曲だが。昔の斉藤和義、「歩いて帰ろう」を意識した。あれはモータウンビードだが。アコギとエレキを重ねて、ドラムは打ち込み。ベースがない、持ってないので無し。歌詞は友人に書いてもらった。



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2018年10月16日

PRN3W

『doo wop nuggets』、3W合計で三万枚売上げに到達の報を宮治さんからもらって暫く経つ。いまも売れているようなので四万に届くかも。さすがに山下大明神。デザインfeeが歩合でないから僕の懐が温かくなるわけではないにしろ、使いがちなことばだが「次に繋がる」。
で、その次_ナゲッツ・シリーズ新作を校了した。 Pop Rock Nuggets で3W_ vol. 5/6/7 。10/31発売。これも売れて欲しいところ。
https://wmg.jp/feature/nuggets/

タイトル・チューン_#5は the fifth avenue band の名曲で#6は dave edmunds 、#7は charles wright & the watts 103rd street rhythm band_ 歌うのはドラマーの james gadson。#6はオールUKコンピになっている。

・so very hard to go (tower of power)
 ファンク・バンドでも欠かせない「メロディアスな箸休め」
・in the midnight hour / cross country
 The Robbs が Cherokee に変わったのも同時期だったか
 トーケンズ改め…時代に即さないとね https://youtu.be/H-wqJoYEPLQ
・know one knows / badfinger
 ドラム、リンゴ・スターじゃないの?
 「日本語」は福井ミカ。アルバム『wish you were here』の
 ジャケに写るのもそうじゃないかな_クリス・トーマスがらみ
 

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2018年10月12日

哀愁のギター

下訂正。記憶はまさに不確かだった…ウィキみれば、バンドは「グッチ裕三とグッチーズ」で、ギターはエレキ・ケンメイこと雨宮賢明という人とのこと。失礼縞志多。

しかして、もう少し記憶をたどる。「蜂谷という人」は蜂谷吉泰とネットで出てきた。
DTBWBのファーストシングル「知らず知らずのうちに」のギター…これが好きだという声は多かったんじゃないか。僕もそうで。蜂谷吉泰はブギウギバンドではこれしか弾いてないのでは(ファーストLPはどうだったか)。
https://youtu.be/DeD--Jh27fI  
柳ジョージも思い出す、タメの利いた「弾きまくる哀愁のオブリガート」。

シングルジャケ写、新井/相原/蜂谷/宇崎でしょ。「つなぎ」前のダウンタウンBWB。
この時代からこのバンドは知っていた…いや、その前かもしれない。というのは、DTBWBをテレビで見ていた。なんという番組か忘れた、音楽番組…。かなり曖昧な記憶。短かったと思う、30分か。ある番組の最後に、レギュラーだろう、毎週だったはず_来栖アンナという女性シンガーが歌っていた。そのバックをこの4人で務めていた。全員スーツ姿でなんか冴えないバック…と思っていた。宇崎竜童はサイド・ギター/コーラスだったか、ちょっと猿っぽい顔の変な人と。それが、サングラス/リーゼント/つなぎで強面に責めて大ブレイク…その変化の意外性になにより驚かされたっけ。


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ビールと酢

亡き佐野さんとよく話題にした、この“グッチやり過ぎ”『ハッチポッチステーション』。子ども番組なのに子供置いてけぼり…よく出来ているねと話し合ったのは_MTVパロディか、ロック/ソウル名曲を童謡に絡めたビデオ。その出色具合、グッチおよびスタッフが相当に通なのは確か。クラプトンがストラトのヘッドに火の付いたタバコを添えたまま歌っていたことまで知らないと笑えない…。マヒナスターズやブルコメの井上忠夫(のち大輔)がどういう風に歌っていたかまでが「基礎知識」。アレンジ/演奏能力の高さ、それにダンスも魅力だが、ビージーフォーとして、いやその前からだろうグッチがディスコハコバンとして鍛えた過去があってこそ。
 歌詞の「そら耳」合わせもよくできていた_

・(クラリネットを)棄てなさい= stayin' alive <ジョン・トラボタル>
・単身赴任=dancin' queen <BABA>
・すご〜く疲〜れた!休んでいんですかい?=
 smoke on the water, fire in the sky <デーブ・パープル> 等々

懐かしいと思う向きも相当数らしくこうしてUTアップもあるが、それでも個々の映像のフルはあまりないようだ。もちろん売り物にはなっているだろうとネットを見たが_CDしかないじゃないか。音だけ聴かせてどうすんの!? グッチの八面六臂、体当たりの頑張りを見なくてどうなる! NHKアーカイヴだから簡単には許可がでないのかもなぁ…。
 それにしても「エド・サリヴァン」はやりすぎでヤバくないか。個人的に最高なのは、どれも面白かったがデーブ・パープル、 KISSA…やはりマホービン・ゲイだな。ところでハッチポッチ・バンドというのだろうか、ここでのバックメンツで…かすかな記憶で不確かだがギターはダウンタウンブギウギンバンドのオリジナルギタリストだった蜂谷という人。<エリック・かけブトン>の最初のギター手元。

なぜこんなに深く凝ったのか、ただ単に「遊びのノリが進みすぎた…」と思っていた。が、UTコメントに「(グッチ曰く)大人が楽しそうに笑う家庭は子どもたちも楽しくなるから…」と。なるほど、なかなか深い配慮が…ちょっと後付け臭いが Www

https://youtu.be/8CoCPGLpo7w


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2018年10月10日

70年代埼玉ロック

URCである…といえば、Underground Record Club 、と思ったがネットでみると「アングラ」か、時代やなあ、アングラ・レコード・クラブ。はっぴいえんどの1/2枚目と遠藤賢司と斉藤哲夫と、日本のロックの出発点。が、 another side... 違うのことよ_特に埼玉県人には。
わしらにゃ「浦和ロックンロール・センター」の略がURCだった。
ホール・ライヴもあったが一番有名なのは田島ヶ原のフリーコンサート。そこは浦和じゃなくて、浦和からすれば荒川渡りの…志木市だっけ?富士見市? ともかく、僕からすれば地元。チャリで行ける場所だったから2回観に行った記憶。
アマチュアのロック・フリークによる企画集団だが、後にプロになるバンドがアマ時代に活躍_とくに四人囃子はURC一派といえるバンドだった。それと核となっていたのは安全バンド。長沢ヒロはURCのメンバーじゃなかったか。ハルヲフォンもからんだのはドラマー恒田氏の高校が志木の立教高校だったから? それなら高橋ユキヒロもそうなんだがね。 長沢ヒロと岡井大二と恒田義見はペグモというバンドをやったりしたから仲がよかったんだろう。

で、そのURCが12月に当時の貴重音源ボックス_CD21枚組を出すと言い出したヨ。こりゃ参ったゾと一瞬思ったが…。
ネットで詳細チェックする_当然のように、安全バンド/四人囃子/ハルヲフォン…とCDが続く。それから森園バンド〜子供バンド〜3/3(フリクション)〜キンコンパラ、ここらまでは分かるがあとはなんだか。水玉消防団/メリケンブーツ/だててんりゅう/グレイトリッチーズ/レピッシュ、あたりはかろうじてその名を記憶する程度。すんません、大半興味がないんでパスさせてもらいます。よかった、暮れに散在せずにすむ。
僕の興味はハルヲフォンのみ。今回ボックスのCD2がまるまるハルヲフォン音源になっている。しかし、URCは10年前に既にハルヲフォン/四人囃子などの音源CDを単体で出しているのだ。当然買ったそのハルヲフォン盤と今回のを見比べてみたら、案の定まったく一緒。あらたな音を若干期待したがハズレ。まあCD1枚のために21枚分を出すこともなかっただろうが。
10年前盤だが、ジャケットの悪いのはまあ我慢するとしても音も酷すぎた。田島ヶ原音源も相当だが輪を掛けて蕨のライヴハウス音源が酷くて参った。僕は、77/4/10のハルヲフォン音源16曲だが、有楽町のガード下にあった日立Lo-Dプラザにおいての「16チャンネル生録りギグ」、そこで自前16チャンネル・ミキシングした音をいまでも持っているんだが…。これをCD化してくれるレーベルはないものだろうか。
10年前ハルヲフォンCD、音は悪いが未発表「愛なんて」と近田のヒーローだったゲイリー・グリッター・カヴァー「I'm the leader of the gang」の収録は嬉しかった。





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2018年10月04日

Serge Clerc

5月に金沢21世紀美術館へ。漫画家江口寿史展を観たが、いまではイラストレーター…であるかな、漫画もやめてはいないだろうがイラスト寄り、かなりアートっぽくもあった。「バンド・デシネ」の影響が相当あると感じた。
 フランスとベルギーか、フランス語圏のニュー・ウェイヴ・コミック総称としてもいいだろう、バンド・デシネ。コメディ/パロディ/SF/シリアス、なんでもアリで、代表的作品は『タンタンの冒険』あたり。作家ならばメビウスが誰より輝く。作風もいろいろ。書き込み派からシンプル線画まで。そのシンプル派のなかで、というか個人的にはフレンチ・コミックで一番好きなのがセルジュ・クレア。
 僕ら世代はアメリカン・カルチャーの影響が半端ないがヨーロッパでも同様だろう。セルジュらは米カルチャー影響大だが、本国でない屈折というか、フランスらしいエスプリが利いたアメリカン・テイストというのはワン・クッションのせいだろう、いいんだこれが。これは米国人には分からないものと思う。
 音楽誌『プレイヤー』の80年代号で、たぶん編集者に相当なセルジュ・フリークがいたんだろう、数号に渡ってセルジュの、イラストのみならずコミックも掲載したことがあった(切り抜きを取ってある)。そのコミックでは The Doors や Kid Creole & the Coconuts ストーリーなども。とにかくセンスがいい、最高に良かった。セルジュは僕と同い年で、音楽にも長けていた(専門はジャズだったろう)、音楽仕事も少なくない。なかで、UKのジャジーなトリオ Carmel のアルバム/シングル・ジャケットを手掛けていた。


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削りに削ったシンプルな線が魅力


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メジャーな仕事にこれがあった_ジョー・ジャクソンLP
ただしこれが残念なのはデザイナーのセンスが悪かったこと。せっかくのイラストをオリジナルの角度を変えて使用しているという不出来。それだけでニュアンスが違ってしまった。

joeJack2.jpg

こちらが「オリジナル」であるのはサインを見て分かる。
イラスト仕事にはままありがち、どう料理されるかまで関知できず。上がった盤を見て「こうじゃないんだよなぁ」と独りごちても後の祭り。


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2018年10月03日

Thee Pinera

マーティ・ベイリン/Bodacious D.F. 曲を聴いていたらこの曲を思い出した。マイク・ピネラ。

 A https://youtu.be/9AUYfz--33Y

 B https://youtu.be/F0dF3-7EB5Q

"alone with you" 。まずAは77年キャプリコーン・シングル。同年のアルバム『ISLA』からのカット。しかしオリジナルはB、75年に3人パワートリオ Thee Image をやっていた時のセカンドLP収録。そこにはジー・イメージ名義のシングル・レーベルが写っていて time : 3:07となっているが音はアルバム・テイクで 5:07 の長尺。キャプリコーン・シングルはマイク・ピネラ名義になっていてもジー・イメージ・シングルと同じ single edit ということ(但し単純にカットしただけではなく、長尺にはないギターパートを入れるなど別mixになっている)。

下にベティ・クラッチャーのところで「勝負は下駄を履くまでわからない」曲のカヴァーをジー・イメージがしていたことを書いたが、その南部曲やらこんな楽曲までを演奏していたバンド、なのにELPのマンティコアなんてレーベルから出てしまった不運…なのか間抜けだったのか、まあツキのないミュージシャンであるが憎めないピネラ、好きなのだ。
 77年『ISLA』もなぜか唐突にキャプリコーンから出たが、これが単にジー・イメージ時代のコンピのようでいてそうではない、尺やミックス違いなど個人的にはオイシイい詳細があるんだが、まあ誰も期待はないだろうからやめておこう。個人的には名盤デス…。

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2018年10月02日

marty balin

RIP 投稿ばかりで埋まりそうな…ということは年寄りブログである証左な?
で今回はこの人_マーティ・ベイリン。

西海岸サイケデリック・ロックのアイコンとなったエアプレインだが、個人的にはほとんど思い入れなくスルーしてきた。
ベイリンがいいのはスターシップ期。エアプレイン末期にスリック/カントナー組との権力闘争に敗れ追い出された(?)ベイリンは、grootna プロデュースやら bodacious D.F. をやるもぱっとせず、やっぱオレも入れてくれよぉ…?、スターシップ名義ファースト『dragon fly』に「ゲスト」参加。1曲しか歌わせてもらえなかったのかも。しかし自ら作詞した曲は、FENから流れてきた時が忘れられない名曲_ "Caroline" 。次作で正式復帰となり脱退までの4作でのベイリンがほんと良かった。それは、エアプレイン時代よりもバックがベイリンの甘い声にハマるメンツだったからだろうし、エアプレイン期には聴き苦しかったグレイス・スリックの声もやっと落ち着いてベイリン/カントナーとの魅惑の3声_ハモってないのに共鳴する(?)歌唱が素晴らしいと思ったわけで。ベスト・ソングは "miracles" であることに異論はあるまいヨ。
しかし良い時期は長くはなかった。脱退後のマーティ…元々甘い声は魅力だったが、スターシップまでは「ロック」だったのにすっかりフヌけたAOR男となったこと、脱退後のバンドもジェファースンの看板を下ろして Starship となりヒットは出たものの、あきらかな売れ線狙いはフリートウッド・マックを追ったと思える、どちらも晩節汚し感ありあり_。最近のイーグルスしかり、一度栄光と大金にまみれるとどこまでも欲が止まらないんだろうな、きれいな幕引きのなんと難しいことか。



いま聴いたがこれ、いいじゃん_


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2018年10月01日

離陸メンバー

JeffersonFirst.jpg

この写真はかなり珍しい一枚。なぜといってオリジナル・ジェファースン・エアプレインだから。まずセンターの女性、グレース・スリックでなくシグニ・アンダーソン…これは皆了解してましょう。オリジナル・シンガーで、ファースト『the jefferson airplane takes off』のみに参加。しかし Signe という名前_昔から「シグニ」なんて日本じゃなってるがそりゃないんじゃね?「サイン」じゃね?…なんて思っていたが、UTでインタビューを聴いたらやっぱりシグニっつうてんな。閑話休題。で、わずか1枚でテイク・オフしてしまったシグニだが彼女の写る写真はそれほど少ないわけじゃない。この写真が珍しいのは、一番右。左からカントナー/キャサディ/シグニ/コーコネン/ベイリン…ときて右端はこれまた『the jefferson airplane takes off』のみに参加だったアレグザンダー“スキッピー”スペンスが。無理にドラムをやらされたことが脱退理由か、即モビー・グレイプ結成となる。次作からのドラムはスペンサー・ドライデンで、やはりエアプレインのベスト時期はドライデンがいた時だわな。ともかく、スキップ・スペンスがメンバーとして写る写真は極端に…在籍が短いから当たり前だが、少ない。それにしても本当に「離陸直後」、皆学生のように若い。
posted by denny-0980 at 08:09| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする