2021年12月26日

fowley 2

The Byrds_マイ・ベスト3バンドのひとつ、今も愛聴、historicな名バンド。不思議だったのがロジャー・マグィンで、曲を書けたのだからワンマンに仕切れたはずが、時々に主導権委譲。メンバーチェンジに伴ってサウンドも大きく変化、それでも駄作無しがバーズの魅力。
最初に買った盤は『(名前のないアルバム)』日本ソニー盤、70年。その後のリリースと、同時に遡って過去リリースも買った、聴いた。どの盤も好きだが、やはり思い入れはリアルタイムなカントリーロック期。クラレンス・ホワイトの名前がとびきり重要だった頃。そのバーズ最終期なんだが、ここにもキム・フォウリィの暗躍…透けて見えたのは20年位前。
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70年以降のバーズでbassだったのがSkip Battin。当時はまったく知らなかった、この人はマグィンよりも8才も年が上だった。50年代末から Skip & Flip というデュオ、スマッシュヒットも放っていた業界古参。じわじわと見えたのは、そのFlipことGary Paxton/スキップ/フォウリィの関係。三人、長い付き合いでツルんではハリウッドでひと儲けと常に策を巡らしていた様子。
60年 "alley oop / Hollywood Argyles"
62年 "monster mash / Boris Pickett & The Crypt-Kickers"
2曲が全米1位、64年「恋のドライブイン/マーメイズ」は3位と、大ヒットも物にしている。パクストン/フォウリィふたりの仕事場の前のアーガイル通りをまんま付けてのでっち上げノベルティ、安直でもひと山当てられた60年代。
しかしbritish invasion に始まるビートバンドのブーム、そしてサイケと激しい業界変化に対応できなくなる。スキップは Evergreen Blueshoesなるソフトサイケバンドをやるが手応えなし。
で、機を見るに敏な輩は頭を絞って…ベイカーズフィールドへ河岸を変える_これからはカントリーロック!と。西部カントリー= Nashville West を仕掛ける。
その代表選手だったクラレンスは既にバーズ・セッションに参加していて、後に本契約をゲット。ここでツキも回ってきた_デビューの2枚担当したテリー・メルチャーがプロデューサー復帰。メルチャーといえばドリス・デイの息子、ボンボンのなかのボンボン。ブルース・ジョンストンと Bruce & Terry も組んでいたし、そのバーズ復帰もブルースと立ち上げた Equinox プロダクションでの請負仕事。フォウリィにすれば高校後輩にして当時はパシリにしていたかもしれないようなメルチャーでは。で、クラレンスに続いてドラムのジーン・パーソンズ、そしてベースは追い出してスキップ自身が加入という強引_ほぼバーズ乗っ取り?
69年『バーズ博士とハイド氏』のパクストン曲から始まり、『(名前のないアルバム)』『バードマニア』『ファーザーアロング』まで、スキップ=フォウリィ曲をやり放題。これ、メルチャー的には「フォウリィのあにき、無茶やるわぁ…ま、逆らえんけどねぇ〜」であった…かもしれぬ。


このノベルティ色がスキップ–フォウリィだが、悪くない。



posted by denny-0980 at 14:26| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする