2020年06月10日

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TBS『ポップス・ホットテン』、71年7月某日のベスト3_
1位 僕と君のブー/ロボ
2位 ブラウンシュガー/ローリング・ストーンズ
3位 喜びの世界/スリー・ドッグ・ナイト

3位にマコっちゃん押しのダンヒル曲が入った。ベスト10まで見ると、なんとボーイズ「ティモシー」が入っていて驚いた。
この曲、全米では確かにトップ20ヒットだったが、日本でも流行ったかなぁ? ボーイズと日本で書かれていたが Boys ではない、The Buoys 。何のことかと今見てみたら、海に浮かぶ「ブイ」だった。日本語でもブイとしているのだから本来はブイズのはずだったな。歌はカニバリズムを歌ったとんでもない内容曲だったはず、書いたのがルパート・ホムズ。パートリッジ・ファミリーに書いた "echo valley 2-6809" は…翌71年か、まあここらがホムズの出世作というところ。「ティモシー」はともかく「エコーヴァリ」は Mr. Widescreen ホムズの面目躍如、素晴らしいメロディ。


posted by denny-0980 at 21:13| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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シルヴィア姐さん曲もそうだが僕はtom tom clubが大好き、ツボなのだ。
ゆえにシュガーベイブ「down town」も大のオキニ、シングルを買ったわけで。してベスト・タムタム・チューンならばやっぱりこれかな_
https://youtu.be/Jjd8L31QU9M

ちなみにアイズリーズの自己レーベルの T-Neck だが、これは出身地 Teaneck 由来。ニュー・ジャージーのいち都市。おなじNJ組だがシルヴィア姐さんのとこ_オールプラチナムとは被ってないようだね。Ben E. King とPhoebe Snow もTeaneck出身。浦和か川口…だろうか。
posted by denny-0980 at 10:17| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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チャート・マニアは世に少なくないはず(過去形:いまは絶滅危惧)。高じて音楽ライターになった者もいるだろう。僕も好きだった、70年からAMラジオ:TBS/QR/LF、3局の洋楽チャート番組をノートに…漏らすまいと耳をそばだてて聴いては、順位を書き写していた。

今月曜のTBSラジオ『たまむすび』/「竹ガム」コーナー調査依頼は興味深いもの、同い年62歳リスナーが1971年のその洋楽チャート番組に関しての依頼であった。TBSでの番組中にDJ八木誠さんがなぜかリスナーにカンパを求めたという奇妙な話…。
そのカンパの詳細を知りたがっているが残念ながらその答は僕には分からない。というか、その依頼に関してで違う疑問が湧いてしまったのだ。というのは71年のラジオの洋楽チャート番組が_
日曜 朝 8:15-  TBS『ポップス・ホットテン』 DJ:八木誠
 同 朝 8:02−  LF『ボップス・ベストテン』 DJ:亀淵昭信
2局の番組が被っていたという。
はて、そうだったか? そうであれば毎週どちらかは録音しておかねば聴けないわけだが、そうした記憶がない。これはどういうことだろう。『たまむすび』のなかでリスナー氏が残しておいた『ポップス・ホットテン』音源をかけた_スポンサーが三井造船で、番組オープニングはもろに「社歌」、三井を謳った曲になっていたがこれも聴いた記憶がなかった。
で、
ネチってみたところ…僕がチャート書きしていたTBS番組はこれだ。そうそう、小島一慶の声!
https://youtu.be/256BqYkbQC4
『ポップス・ホットテン』ではなくて、『今週のポップス・ベストテン』。(同時期のはず。なぜTBSはふたつの洋楽ベスト10をやっていたか…)
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ちなみに八木マコっちゃん≠ヘ当時一番好きなDJ/音楽評論家だった。とにかくダンヒル・サウンド大好き人間で、3DN/ステッペンウルフ/グラスルーツ/ハミルトン、ジョー・フランク&レイノルズなどをかけまくっていた(名コピー「イチにダンヒル、二にダンヒル、三四がなくて五にダンヒル」がある)。
マコっちゃん、日曜の朝でなくて午後、3時間ぐらいの洋楽番組(『ポップス・ドライブ』かも)を若山弦蔵とふたりDJで長く続けていたと記憶している。この裏のQRが小川哲哉の歌謡曲番組『決定!全日本歌謡選抜』。これもけっこう聴いたんだ。それは…僕同様のファンが多かったはず_曲などどうでもよかった、ただ小川の喋り聴きたさで。怖い物見たさ(聴きたさ)に近い、トンデモ£揩閨B日本中が「おまえは何様だ」とツッコミまくっていた_その不遜な物言い/上から喋りで大人気(?)。番組中に若手歌手と電話でトークコーナーがあって、たとえば御三家にかけたなら…「おう〜ヒデキ〜?」「おっと、ゴローだね」「ヒロミ、ゲンキ〜?」_男女関係なしにすべての若手はオレがスターにしてやった%I立ち位置に大爆笑…凄かったよなあ、最高でしたワ。そうそう、確か小堺一機の名セリフ、当時の小川哲哉をこう表した…「氷の上をヘビが這う…おがわ〜てつ・や、です!」
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LFのチャート番組、カメちゃんDJ。この人、カメ&アンコーとかでも人気だった。音楽好きでラジオ局のバイトで潜り込んだらそのまま社員になってしまった…ような感じの音楽オタッキーな人だったが、まさかに社長まで登り詰めるとは驚きだった。この番組には「駄洒落リクエスト」コーナーがあったんだ。(同様なのを思い出す諸兄も多いはず_大瀧詠一『ゴー・ゴー・ナイアガラ』にもこれ、あった)
で、僕も…中坊だったがね、2枚書いて送った記憶あり。どちらもボツったし、憶えているが恥ずかしくてここに書けない…ほど駄作。1曲はこのシカゴ曲「ぼくらに微笑みを」


テリー・キャスという人のカッティングも、思えば気持ちのイイもんだった_懐かしい

カメちゃん、『last time around』文京公会堂でもMCしていたか_はっぴいえんど絡みだったのは朝妻一郎の弟子筋とか、だろうか。トノバンともお友達でしょう、東京ロックとはいろいろ絡んだ人で羨ましく見ていた。ファースト『sadistic mika band』のボーナス7”の裏のトークもあったが、ここでの「ビキマンはダ〜タよ!」の意味が未だに分からない、万引きは只?…じゃ意味おかしい。誰か教えてくれー。
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QRのチャート番組は『ユア・ヒット・パレード』。これ、何の関係なのか、三分の一の曲がサントラだったと思う_映画がらみで特徴を出そうとしていたのだろうか。
posted by denny-0980 at 09:36| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする