2019年09月30日

個人情報

つい先ほどのこと、マンション・ドアを出た瞬間、目の前を横切る一台の白い車が。そのルーフ・トップに、結構な高さだったな_1mほどか、これまた白い球体を設置していたが、ひと目でカメラと認識。「ん!google map 撮影!」と思いながらも口はあんぐり開けたまま。しかし進んだ車が右折するときに見たら車体に Apple maps の文字。そうかそうか、グーグルに対抗してアップルも全国地図撮影中なのだなと納得(これはゼンリンにでも委託業務?)。
まあなんにしろ、当方のバカ面ははっきり撮られたにちがいない。それを全世界配信されてはたまらないぞ。「モザイク無しに公開された場合は訴訟も辞さぬ」_書面で送りつけねばならないな。アップルの住所を調べよう…。

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SW/TONTO 2

71年『zero time』という盤をボブ&マルコムは Tonto's expanding head band 名義でリリース。これに注目したSWが即コンタクトして蜜月が始まることとなる。
宅録と言えば自宅スタジオで、時間/フィーを気にすることなく存分に没頭_がイメージだが、TONTOの半端ない大きさは個人宅を許さず。SWの財力あって可能となったのは、かのNYの Electric Lady Studio に据え置き、名スタジオを自宅≠フように操れる好環境が整う。豪勢な話だった。
+
『シリータ』と『心の詩』は同年盤。同時進行制作の twin album だったのでは。前者をAとし後者をBとする。使用スタジオだが、A_electric lady/NY, crystal/LA, olympic/London の3箇所。B_ electric lady/NY, mediasound/NY, crystal/LA 。リズムトラック録音は全て Electric Lady だろう。他のスタジオは歌入れ/弦入れ/ミックスダウンでは。なにしろTONTOが重要なのだ。Aでは1曲を除いて全ての曲に3人リズム隊が参加とクレジットがある。Buzzy Feiten (gtr) / Gordon Edwards (bass) / Keith Copeland (dr) 。しかし聴くに、SWの単独バック曲は1曲ではない、4曲だろう。
+
『シリータ』盤。まずその声や良し。ハイ・トーンでソフトロック的ともいえる。僕はアリサに代表される声量勝負の soul diva 系シンガーが大の苦手。歌上手いでしょ/声出まくりでしょ…勘弁。しかしシリータはミニー・リパートンにも似た天使系、こちらはウェルカムだ。ソングライターでもあるシリータだから自作も収録、しかし全体にはSWカラーが相当に濃くなっている。
頭の "I love every little thing about you" から全開。ごりごりにカマしてくる強烈なTONTOサウンドがボトムを支える。クラヴィ/エレピが上に乗り、ハイハット打ちが特徴的なSW自身のドラム、これがほんといいわけで。超メロディアス楽曲と最高のバックトラック_まさに蜜月期を代表するSWワン・マン・バック楽曲、最高!
TONTOで補えない楽器にギターを挙げた。ここ重要で、ゲスト含め様々なギタリストをこの時期に起用したSW。特に印象的なのはバジー・フィトゥン。NYのジャズ・ソウル・ギタリストは白人なれど実にソウルフル。2曲目 "black maybe" でまずは物憂いプレイを聴かせる。次曲ではキレのよいカッティング。SWの意図をしっかり酌み取る技量ゆえか、以後多用されることになる。
B4「サージェント・ペッパー」楽曲のSW解釈カヴァーを挟み、名曲は続く。"how many days"_これもいいのだ。バリー・マン作かと思わせるメロディ、かなりtin pan alley 寄りのポップ・チューン。そして掉尾を飾る "to know you is to love you" は全てのSW楽曲での五指に入る名曲だ。但しSW盤収録はないのでこのデュエット・テイクを聴くしかない。ふたりが愛を見つめ合う内容ながら単純なハッピーソングでないところがSWの真骨頂だろう。そして、ここでのフィトゥンのギター・プレイがまた、素晴らしい!名演。




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2019年09月29日

スティーヴィー/TONTO その1

リアルタイムで聴いていたレコではない。5年位前かな、セコのCDを買った盤だが、やはり素晴らしい。あらためて聴くに駄曲皆無の名盤_シリータ同名盤『syreeta』、72年。これを買った者はシリータ・ファンでもあろうが、スティーヴィー・ワンダーを意識して…その方が多いはず。『syreeta & wonder』とタイトルされてもよかったと思えるほどの貢献/尽力なのだから。wedding album だから当然でもあったが。
+
この『syreeta』、それとワンダー盤4作『心の詩』『トーキングブック』『インナーヴィジョンズ』『ファースト・フィナーレ』_この5枚は「スティーヴィー、蜜月の5枚」と思っている。蜜月とはシリータとではない。たしかにスティーヴィーとシリータは婚姻関係にあった、LP『シリータ』はその時に制作された盤。しかし僅か1年半で別れたふたりだから、世に言うスティーヴィー最高傑作三部作(『トーキング』以降三作)とシリータは無関係。では誰との蜜月かといえば、それはTONTO。人でなく機械=大型楽器。但しTONTOとはボブ&マルコムと同義であったから、この2人組との蜜月とも言える。
+
スティーヴィー・ワンダー(SW)は黒人音楽史に残る巨人のひとりだが、その頂を示した三部作が可能になったのは時代がよかった/ラッキーだったと思う。もちろん才能がピークに来たことが第一。次に、モータウン・ヒットファクトリー崩壊。シングルヒット量産体制にマーヴィン・ゲイが開けた風穴_セルフ・プロデュース権利獲得で、album oriented 時代へ突入と。ゲイに続いて自由≠得たSW。溢れる曲作り意欲のなか、TONTOに出会ってしまった幸運を何と言うべきか。それ以前は、スタジオ/ミュージシャンをブッキングしてちまちまと進めるしかなかったこと、それを解放したTONTO。
ボブ&マルコムこと Robert Margouleff / Malcolm Cecil によって…築き上げたと表現するのが正しいようなモノ・シンセ巨大モジュールがTONTO (the original new timbral orchestra) 。この時期にSWは「ストック2000曲」と噂されたが話半分としても凄い。それを可能にしたのはTONTO使っての1人多重録音だったはず。卓越したキーボーディストのSWは弦やらベースも電子音として、ほとんどの音構築がセルフで出来るようになる。ギター以外≠フ注釈は付く(ドラムは幼少より得意だった_そのSWのドラムがいいんだ!)。
<つづく>
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2019年09月28日

farewell drawing

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長男が描いたおふくろの絵、仕事机の脇に飾る。85cm 角。大きさというのも人のこころを揺らす重要なファクターであるな_なるほど連綿と「大仏」は作られるわけだ。藝大油画専攻の息子が羨ましくもあるのは、デザイナーと称しながらこの大きさに絵を描いたことが一度もない親。息子にとってはこれとてさほどではなく、より大きな作品制作が常。

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2019年09月27日

似てる?諸説あります

3人グループ「ある日」の坂神鴻池のラジオ番組でござる。加藤和彦のソロ時代をかけていた。加藤の曲は、当時影響された音楽に「強くインスパイアされて」自作_それでとやかく云われない時代だったがなぁと。暗に現在ではすぐに「パクリ」だとうるさくてかなわぬと言っていた、な。
ん〜ま、それをリスペクトといってもオマージュといっても何でもいいんだけど…加藤の曲、よく「似てた」んだよなあ。この番組でも<不思議な日>の元曲はドノバン<ラレーニャ>と皆が言ってました…ww≠ニ。
個人的にはその音楽との出会い_加藤和彦、日本の音楽界で屈指の才能と信じて疑わないかった。僕が最初に買ったLP盤は『紀元二千年』だった。「オーブル街」、こんなにメロディアスな曲があるのかと衝撃だった。
ソロになってのシングル「僕のオモチャ箱」を買った。これまたなんて素晴らしいメロディなんだろうと。しかし後にグレン・キャンベルを聴いた_なんだよ、元歌は「ウィチタ・ラインマン」だったのか、ジム・ウェッブのパクリだったんかい…正直そう思った。
いまにして思うのは、加藤氏的にはパクリなんて意識ではないのは分かる。単純にいい曲があれば、それをコピーするほうが面倒で咀嚼してオリジナルのそれっぽいのを作ったほうがよっぽど早い_それだけだったろう。パクる意識ならばもっと人知れぬ盤から、ポール・シーベルのセカンドのB面3曲目とか…やりようはあったはず。「元はもちろん分かるよね? でも僕の曲のほうがよく出来てない?」ぐらいだったようにも思える。
番組でかけた「家をつくるなら」も曲紹介では「ニッティ・グリッティ・ダート・バンドあたりを思わせる曲で…」と。なるほどそう言われれば「mr. bojangles」に近いわなあ。
「アーサー博士の人力ヒコーキ」はやっぱり「while my guitar gently weeps」からだろうとか、ミカ・バンド期の「オーロラ・ガール」がTレックス「ride a white swan」だったか。それでも別曲≠ナあり加藤オリジナルと…思いますヨ、オマージュであったと。

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諸説typhoon

ネーミングに関して。米ではハリケーンに女性名(男性名も?)_ジェーンやらキャシーやらエミーとか?よ〜知らんけど…付ける、よな。これを日本も倣ったらどうか。日本の現行、ただ数字というのはまったく記憶に残らないからよくない。例えば来年になれば「昨年千葉を襲った台風はとんでもない風台風だったな。あれって…ん〜?何号だっけ?」だろう。それよりも「翔太台風=Aありゃ大停電を引き起こして最悪だったな」とかになれば、より災害への戒めとなるのでは。過去にも伊勢湾台風≠ネんてあった、相当な記憶として多くの人に残っているはず。これは後に付けられたものだろうが。
災いに自分の名が付いてはたまらない_日本人の総意か? しかし地名では、同じルートを通ることの多い台風だからすぐに手一杯だろうしインパクトも薄い。なのでやはり人名がいい。「前年の人気ネーム」を1位から男女交互に付けていくのはどうだろう。時代感も同時に残っていいと思うが_。
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2019年09月26日

諸説無欠

日本音楽界の一発屋@史に残る1曲「完全無欠のRnRer」はアラジン。そのヴォーカル氏、シンスケの友人かなんかでTV企画トリオのヒット曲のライターとして再度注目なんてことがあった気がするが、本人ヒット「完全無欠」はそのシングルのジャケット・イラストが兄の知り合いのHさんというイラストレーターだったわけで、彼はZAPPA freakなもんだからそのイラストはzappa LPに似た、アヴァンギャルド・イラストで一世を風靡したGary Panter調だった_なんてことをいま思い出しました。
ま、その、つまり…小泉という新大臣がセクシー≠ネどと発するのは、「完全無欠」歌詞かのぉと思った次第。♪オレってビッグ?〜オレってグレイト?♪
ほかのボンクラ大臣とは一味違うっしょ。オレってク〜ル?≠ニ云いたいわけね。向こう受けしか頭にない代々の政治屋稼業プリンスの浅さ_お里が知れる、この手の人間が人の「上」に居座れるこの国に、幸あらんことを。
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2019年09月24日

二度目投稿



サント&ジョニー。ひたすら独奏ス。

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2019年09月23日

諸説小鳩

19aug_思いでの詩2019.jpg


久しぶりに大判ポスター、B2サイズのを制作した。
昨年は東京のど真ん中で行われたらしいが、今年は佐渡島とのこと。日本テレビ小鳩文化事業団という堅そうな主催者なんでね、地方回りが基本かも。佐渡、行ってみたいが…近くは、ないよなぁ。
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2019年09月22日

諸説しらけ

昨夜のTV「コントグランプリ」みたいなの、観ていた思ったこと。笑い声≠ヘガチ? 客席は「笑い屋」女史で埋めていただろう、ならば小さい笑いも拾って増幅して音声として流すのも可能だろうか。
よく感じるのだが、特にラジオ_お愛想バカ笑い≠ノ辟易。伊集院や上田とか芸人系「ひとりDJ」での、ディレクターだかなんだかの、必ず居る「笑い役」男。ひとことDJ喋ればいちいちの嘘くさい笑い。たしかにリアクション皆無で面白いことを喋り続けろは辛いだろう、ひとりでもリアクションあってこそ話も進むとは思う。しかし昨今のは度を超えている。厭味で聴いているほうが辛い。芸人でないのに、売れっ子講談師ラジオも、これがまあ…途中で切った。本人喋りは悪くないのにお付きのバカ笑いが…。
いっそ「ルーシー・ショウ」のようにテープ≠ナ笑い声を入れてくれとすら感じる。

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諸説まーぶる

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明治「マーブル・チョコ」…いまも販売、だっけ? この写真は4、5歳か、昭和36年あたり。好きでしたワ、マーブル。糖衣で手がベタつかないのも良し。それもヒット要因か。傑作CMが大きかったよな_子役の上原ゆかり、マーブルちゃん。
村八分〜シュガーベイブとは、両極端バンドのドラムを担ったし大瀧セッション、清志郎バンドでも活躍した屈指の名ドラマーが上原ユカリ@T。当時、上原姓は一度は「ゆかり」と呼ばれたことだろう。
カルメン・マキ&OZ〜RCサクセション_清志郎ともからんだ名ギタリスト(ドラムも)春日博文。ハチ≠ニRCでは呼ばれていた。♪粋な黒塀〜見越しの松に〜…「お富さん」で知られた春日八郎から。僕は78年1月の渋谷・屋根裏にいた。客が10人いなかった三人RCサクセションのギグだが、酔って飛び入りした春日を観たしテープにも録ってある。この日以降、清志郎は彼のことを最初はハッチン≠ニ_しばらくは呼び続けていた。
それにしても、いまじゃユカリ≠熈ハチ≠熬ハじないわな。昭和の話。


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2019年09月21日

望郷

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『男はつらいよ 望郷篇』1970年の第五作。浦安の豆腐屋の離れでのカット。このライムグリーンの給水器、なんだかなぁ〜こどもの頃に身近にあった記憶がひしひしと…。

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2019年09月19日

letter from 忌野清志郎

家宝とは何ぞや? TVお宝番組出品、ゼロがいくつも列ぶ代々受け継ぎ逸品は分かる。いや、価値の多寡でなく、心の逸品もありだろう。他人にはどうあれ、自己満足であろうとも、残したいブツはあるもの。
お袋遺品整理に出てきた封筒には「わが家の家宝」と表書き。なにかと中から出したのは原稿用紙3枚。なるほど、かつて見せられたことはあるしお袋には大事だったのも想像できるが「家宝につき後々に継げよ」とは聞かされてないそれ…お袋の家宝ねぇとしみじみする。
原稿用紙は「文藝春秋社」の銘入り、その3枚は昭和47年に亡くなった親父の、葬儀時の弔辞。文藝春秋社社長 池島信平自筆。伝説の編集者として知る人は知る、か…今日の芥川/直木賞興隆の祖である出版界の大立者。葬儀には出られず、代読は井上公資氏。親父は享年43だったが翌年死去した池島氏は63だった。ほぼ20歳という年齢差だが、親父は池島信平の「上官」だった_海軍で。

+++

兄キにとって家宝であったかな、21歳の忌野清志郎から17歳の兄キに届いた手紙。1972年で『楽しい夕に』が出る直前のこと、400字詰め便箋2枚。死蔵していてもどうかと思ったので…もうお付き合いさせてもらって30年か、森勉さんのお店、武蔵小山駅前『ペットサウンズ』(街のレコード屋さん)で展示してもらってます。興味ある向きは一度覗きに行ってくだされ。


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2019年09月13日

諸説ららら

近所で事件、若い男が会社の金持ち逃げ、逃走中。その額、驚くなかれ3億6千万円。ん?もはや驚く額でない?、一度報道されたのみ…世間はスルーか。かつての「3億円事件」は何だったのだろう。それにしても3.6億とは半端ない…重さでもあろうよ、ひとりで運べたのか。それに紙幣なんて一番ヤバいやつやん、足が付く。こりゃその筋がマネーロンダリング目的で…犯人はパシリだったのだろうか。
そんなことよりも、個人的には報道されて何が恥ずかしいと云って、被害に遭った会社の住所。ららシティ1丁目。なんだよ?ららシティって…。アホも休み休みに願いたい。
新三郷駅周りはかつて武蔵野線車輌庫だけでな〜にも無かった。ゆえに逆にイジり放題。三井が仕切りに入ってららぽーと/IKEA/コストコを並べて、その周辺も分譲住宅。で、町名も強引に変更させたろうな…で「ららシティ」てか。これ、オシャレか? これ、ソレっぽいのか? 金さえあればやり放題というお粗末。ほいほい従う市役所の馬鹿さ加減にも言葉なし。


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2019年09月12日

green apple honey pie

で。こなたB4『abbey road』最新エディション。いや買いませんヨ買えませんヨ。手持ちアナログはdiscogsで調べたら84年 UK re-issue 盤。あたしゃこれで十分_10 minutes。くやしいから「実は一周してニュー・スタンパー、これがとんでもなくイイ音で!」とかガセネタ流し…いやいや悔しくなんてないY。
但し、今回リリースでひとつだけ気になることあり。豪華エディションには100ページ本が収められ、その…「本文はザ・ビートルズの歴史研究家で、作家、ラジオ・プロデューサーでもあるケヴィン・ヒューレットが、ザ・ビートルズの『Abbey Road』セッションの何か月も前からの状況、一曲ずつの詳細とセッションの話、ジャケットのデザインと写真撮影、そしてリリース後のアルバムへの反応などを…」執筆しているとある。
ここでデザイン≠ノ関してどこまで掘れているのかだけ知りたい。
というのは贔屓のコッシュに言及されているや否や…。ジャケット No. 1 designer John Kosh 、その名が出れば代表作として挙がる1枚は『アビーロード』。しかし裏ジャケ・クレジットには写真:イアン・マクミランがあるだけでコッシュは無い。アップル盤では『let it be』にも『earth song』『doris troy』にもあるのに。
+
70年前後にコッシュはAppleのハウス・デザイナー≠ナあったかどうか。そうと記されることが多いけれど、他社ワークも並行してやっていなかったか? アップルはメジャー・レーベルでなくリリース点数も少なかったから「ハウス」の縛りはなかったと思うのだ。
それと『アビーロード』に関して、いまとなってはジャケにも不満の声はないでしょ_それほどに神格化された盤となったから。しかし冷静にみればスタジオ前の横断歩道って…あまりに安易でないかい? ポールのアイデアか、ならば他3人は「なんでもいいよ、早く終わらせようぜ」じゃなかったかね、当時の状況からして。実際に5〜6枚しか撮られてないというからものの15分程度で済ませたのでは。本来、アート・ディレクターが付けばまずはポラ撮影して構図をチェックしたりいろいろとあるが、これはそそくさと撮って終了、その場に不在だったコッシュには仕上がった写真ポジ(プリント?)を渡しただけ…それで表裏レイアウト/版下制作、それだけがコッシュ仕事だったんじゃないかな、昔からそう考えている_。
僕には表よりも裏が気になる。ABBEY ROAD文字標識はスタジオ前ではなく別場所にあったのをやはりマクミランが撮影したらしいが、BEATLESの文字(タイル)はどうしたか?「S」の割れからして合成はめ込みには見えない。マクミランはあらかじめ用意し、貼り付けてから撮影だろうか。そんな面倒をしたのかも疑問。端から誰かが貼っていた? 実際は「裏ジャケ写真がまずありきで」_ビートルズと入っているからちょうどいいじゃないか、タイトルはこのまま Abbey Road にしよう。表用の撮影も目の前ですぐに出来るし!_であったかもなどと想像したり。



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UK original は、飛び出し青リンゴ…だったか_

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2019年09月11日

salt & pepper

『ペッパー警部』『黄色い潜水艦』と来て今月には『abbey road』がdeluxe editionですかい、B4。待ち遠しやと話題、流石。てか、小ガネ持ちジイさん相手のパッケージ商売の最後の砦のB4だが、6種ものバリエーション発売とは…ここまでやるか。
それでも商売になるB4に比して、ちょいとおかしな事になってるのは我らがBB5。どちらも未発表音源満載豪華版≠ネのに…。
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かろうじて購入したのは'17年2CD『sunshine tomorrow』。ビーチボーイズ、1967年活動音源コンピ盤は『wild honey』〜『smiley smile』期で「ワイルド〜」全曲ステレオ化を目玉にセッション/ライヴ音源をめいっぱい、フル収録。
が、それなりのマニアの自負だったが失格か? その後も「リリース」は続いていたことを知らなかったヨ。67〜8年『friends』と『20/20』のセッション音源やらライヴ音源が既出。そして直に『sunflower』物も出るそうな。これら全てが_知らぬワケよ、CDパッケージ発売がなかった/新作も無しというから驚いた。ネット販売=DLデジタルミュージック(mp3)オンリー。
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BBのアーカイヴ・ディレクターは過去何人か。どういうコネクション/力関係か知らないが、数作担当しては変わるのが常で、このところはアラン・ボイドが務める。そのボイドは「昨今のアーカイヴ・リリースに関してCapitolがマジに宣伝してくれないのに当惑。それでも需要はあることを示したい」とコメントしているらしい。たしかにB4の大宣伝に較べて寂しい。『smile』再発見以後のBBリバイバル人気/ブライアン再考で大いに盛り上がったんじゃないのか。ただ、そうは思うがやっぱりB4アーカイヴ作とは違うでしょう。悲しいかな比するクオリティは無いのでは。
大元はブライアンがあまりに「切り貼り主義」だったこと。studio wizard となった60年代半ばから音をピースにして編集、コラージュ的制作。なのでそのピースをひとつずつ出されて、これも「未発表」といわれてもあまりに魅力は薄い。ブライアンが指揮してクルー・メンバーに演奏させたピースでは誰ひとりBBメンバーは音(や声)を出していない=Aそれをビーチボーイズ盤とされても…一般人にはどうよと思う。BB研究者向けピースにはなっても、やはりキャピトルとてCD発売には二の足を踏むだろう。
+
個人的にもその手は一度聴けば満足。正直、録音スタジオのゴミ箱(テープ廃棄)漁りの感がぬぐえず…とは言い過ぎか。ただし、そのゴミの山(?)のなかに抜群に光る欠片があるから、まあ始末に悪いが。バカラック "walk on by" カヴァー。デニスは歌い出してすぐに歌詞が出なくなりハミングでごまかす。こんなピース、デニスは世に出て喜んでいるだろうか。それでも、ブライアンのファルセットと全員のコーラス・ワークは、元曲の良さも相まって天上の音楽_個人的には不完全なマスターピース。


蛇足:阿久悠が、ピンクレディーのあれって「ペッパー軍曹」か、いまさらに気付いた!
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2019年09月10日

諸説輸入

奇異に見えるかもしれないが、百円ライターをアマゾン=ネット購入した。同じものを四個ばかり、送料無料。すぐにメールが届く_「発送いたしました」と。で二日待つが届かず、なんで? メールを見返せば「お届け予定日」は2週間後。why japanese people??
よく見たら「マーケットプレイス」扱いか。それでも「アウトドアプラザ○カワ」という日本の会社だよ。それでなぜ2週間を要するのか。
そうか、ライター四個は import されるのだな。たぶん香港かシンガポールか、よう知らんけどアジアの同社の倉庫から船便で送られてくるんだろう。それをトラックで我が家まで運んでくるか、それでも送料は無料と。なんだかなぁ〜のライター四個であるナ。
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2019年09月08日

Dean Baldry

スーパースターになっていまでは映画だよ、…エルトン・ジョン。
ラジオから聞こえた「僕の歌は君の歌」があまりにメロディアスな曲だったので一発でやられた。日本盤『エルトン・ジョン』を買った。「人生の壁」のなんと哲学的なことよ…悩める若人/音楽家の代表のようだった印象。ヴェートーヴェンの生まれ変わりか、お前は。ライナー書いていた中村とうようも、まさかにトジャー・スタジアムで全身ラメのユニフォーム着て歌うとは想像してなかったでしょ。
ん、ネットには『激レア 初回帯付赤盤/エルトン・ジョン』があるな。手持ちも東芝音工の赤盤なんだが、惜しいかな帯は「絶対に即時やぶり捨てる」を信条にしてきたので一本たりとも残していない。帯無しは無価値のご時世に嘆息。
評価されないが、ブルーソロジィ時代からのギタリストがこの盤でもいいギターを弾く_好きなひとり、カレブ・クエイ。
+
この盤、東芝盤でもジャケ左下には DJM Records ロゴ入り。Dick James Music という音楽出版社が興したレーベル。デビューから順調にスター階段を登ったかのようなエルトンだが、やはり下積み時代はありました。もともとこのディック・ジェイムス社にソングライターとして雇われ、バーニー・トーピンとのコンビで二流バンドに楽曲を買われたり(なかにはルルもあった)していた。ソロ・デビュー準備も着々と進めていた69〜70年頃。当然歌もイケる_まだ本名レッグ・ドワイト君であったが、ヴォーカル仕事もDJMスタッフのひとりとして粛々とこなしておったそうな。で、このCD。

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久しぶりに聴いてみたがなかなかに面白い。これはドワイト青年が歌った(歌わされた)カヴァー曲集。
かつて出ていた、いわゆるチャートバスター物というジャンルLPは、最新ヒット曲のカヴァーをたぶんシングル3枚程度価格じゃなかったか、破格で出したレコード。中・高生相手とか喫茶店のBGM用、当然オリジナルではなく「誰か」が歌っているがそれでも「いい曲がいっぱい」ならばOKという類いの廉価盤。当時に数多リリースされたその手のアルバムのなかからエルトンのコア・フリークが、エルトンがヴォーカルを取っている曲のみを探しに探して20曲_コンピしたのが本CD。94年リリース。
まず選曲が面白い。デイヴ・ディー・グループ/ブルー・ミンク/ホットレッグズ/フェアウェザー/ブラザーフッド・オブ・マンなどUKヒットのみならず、CCR/ビーチボーイズ/スティーヴィー・ワンダー/フォー・トップスなど英でもうけたUSヒット。USのみだったか、ノーマン・グリーンバウムもある。日本だけのヒットと思ったルー・クリスティー「魔法」もあって驚く。
それらカヴァーはほぼ完コピ=Bへんにアレンジなどしたら商売にならない、あくまでオリジナルの代用品なのだから。それゆえに今の耳ではバックの力量が知れて面白いのだ。一流セッションメンのはず、まずベースは Herbie Flowers だろう。この廉価盤仕事にはクック/グリーナウェイもからんでいたとライナーにあるから。アル・クーパーをしてUKナンバー1ベーシストと言わしめた名手。ドラムはミック・ウォーラーか。コージー・パウエルかも。ピアノはエルトンもあるがニッキー・ホプキンスあたりも…。最強バックでも声はさすがにコピーできないから全曲あの[エルトン]の歌が乗っている次第。メロディアスからパワー・ポップ、ブラックもそつなくこなすドワイト青年であった。


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この手の廉価盤に収録されていた…
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2019年09月07日

諸説カナディアン

病といえば、ラリー・テイラーにとってはジェリー・マギー同様に深い付き合いだったギタリストがハーヴィ・マンデル。ヒートとしてともにウッドストックのステージに立ち、70年のジョン・メイオール来日時はメイオール/ラリー/ハーヴィのトリオ演奏だったらしい。そのマンデルも数年前はかなり重篤な状況に。支援者がベネフィット・サイトを立ち上げていたので、僕も少しばかりだがdonationした。Harvey "the snake" Mandel も僕にとってのヒーローのひとり。現在は回復し再活動できているのでまずは良かった。
英米では高額医療費を、それなりに知られたミュージシャンでも賄えないことが少なくない様子。ロニー・レーンとロング・ジョン・ボールドリィの医療費は最後までロッド・スチュワートが負担したとか。
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お〜い、それじゃあロッド同様のスーパースターとなったエルトン・ジョンは負担無しかい? 「ジョン」はロング・ジョンからもらったろうがよ。ただし、「エルトン」のほうをもらったミュージシャン、エルトン・ディーンも闘病したがそちらはエルトン・ジョンが負担…というニュースを読んだ気がする。

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ビートルズ、ビーチボーイズ、ホリーズやアニマルズの来日はあったがロックらしいロック時代となっての日本来訪、最初期がそのジョン・メイオールだったのではないか。70年。翌年にBST、フリー、グラファンなどが続いた。
ロック時代になっての、イベンター=ウドーの企画第一弾が Rock Carnival というもので70年日劇。成毛滋など日本ミュージシャンも出演だが目玉の来日≠ェジョン・メイオールだった。先輩カスヤ君は高校時で観に行って、同級生の友人が彼の中学時代親友でバンド仲間ギタリストも連れてきた_「ギター、すごい巧いんだぜえ」と紹介されたのは森園君。後四人囃子の森園がはじめてLIVEに観るロックギターはハーヴィ・マンデルだったろう。ただしこの時のステージは…ドラムレス、ピアノ/エレキギター/エレキベースのトリオでのインプロビゼイション・ブルース? 「う〜む、さすがに本場モンはすげえ」と「なんのこっちゃ? 金返せ」と二分したらしいがね…。ま、僕はexperienceできなったギグではあるが、それでも贔屓ハーヴィ・マンデルが最初期のlive in japan guitarist だったことは誇らしい。メイオールはブルース・ブレイカーズ教室校長として名を知られていての来日だったはずだが、時すでに atlantic crossing _西海岸はローレル・キャニオンに移住していた。なのでラリー/ハーヴィ、ふたりのアメリカ・ミュージシャンと来日。それでもブルージーなふたりを引きつれてのギグだったはず。
そして思えばこの70年は、アメリカン・カントリー・ロッキンなギタリストも来日していたという事実。カナダからだが…。こなた大の贔屓のエイモス・ギャレットが万博カナダ館招聘アーティスト?、イアン&シルヴィア(great speckled bird) としてライヴしていたというのだから、日本の地に「本場のプレイ」を初披露したのはマンデル/ギャレット、ふたりの僕の贔屓プレイヤーであったわけだ。



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soundboard

マッスル四人衆≠焜xケットに続いてジミー・ジョンソン逝く、か。しかしアメリカの山田太郎…同姓同名がどれほどなのかと思える名前。今ではその名は売れっ子ベーシストのほうが…。
フェイム時代は全く知らないが、muscle shoals sound studiosにおいては、まず弾かない<Mタリストだった。一番有名なジョンソンの写真は "brown sugar" session 時、ミック・ジャガー/ミック・テイラーとともに卓に座るそれでは。それほどに演奏よりも卓に拘った人。スキナーズが "sweet home alabama" でスワンパーズと歌ったが、四人のなかでとりわけジョンソンを意識していたと思う。アル・クーパーに見込まれる前に録ったマッスル・セッションをプロデュースしたのはジミー・ジョンソン。ヴァン・ザントはジョンソンとミックスでもめてケンカ分かれ。時間を経てわだかまりを解消し作った歌だったのだから。
マッスル録音もあった Cowboy のスコット・ボイヤーは昨年亡くなったが、それはマッスル・ショールズの地で。80年代末に移り住んだ。長患いしていて、マッスル・ミュージシャンがベネフィット・コンサートを開いたりしていたが、さてジョンソンは苦しまずに逝けただろうか。
posted by denny-0980 at 15:30| Comment(0) | Muscle Shoals | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする