2019年01月05日

昔音源

https://youtu.be/7bKC5txKero
この投稿氏、僕とおなじく70年代に「録りマニア」だったのだろう、ばんばんとレア音源を上げている。この74年野音でのスモーキー・メディスンなど…オフィシャル音を残さなかったバンドだけによりレアなはず。("joy to the world" も欲しかった)

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ユーミンの…荒井姓でのラストライヴだったか、76年暮れのNHKホール。大晦日にTV放映があって、その音は僕も残している。が、それは11曲だった。それのフル音源が以下だろう。これはどこから?ラジオではフルで? 
 それにしても思う_ユーミンの歌には鈴木茂の繊細なタッチがハマった。ここではティンパン・バックだからベスト。(ユーミンの、アルバムはキャラメル〜ティンパンであった初期、しかしライヴを回るにはスタジオが忙しすぎて無理で、ダディ・オー〜コズミック・ララバイがバック) 鈴木からギターが松原正樹になるがこの人がどうにも苦手で、ユーミンへの関心もそこから失せていった。

荒井由実 14番目の月リサイタル Part1
https://youtu.be/ox377DiN8V0
荒井由実 14番目の月リサイタル Part2
https://youtu.be/AyD0kJx7PXE

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https://youtu.be/fp9Z7ciQpDA
いやいや、この人のギターもこんなに良かったのか_大野久雄。ネットによれば、ユーミンはツアーバックバンドだったダディ・オーとコズミック・ララバイのことを一切語らないらしいが、この番組のなかでは随分和気藹々ではないですか。今ちゃん司会だったTV『Nok Nok』でのイチ話は八王子の荒井邸。家のなかでバンドをセットして音を出せてしまうとは、さすがに老舗呉服店のお嬢ですな。
 で、このバックはララバイのほう。ベースの石山恵三、ここでも言われているが拓郎バックもやっていた「猫」で知られるが、古くはリガニーズだかアマリーズじゃなかったか。それで高中正義とエスケープもやっていた人と記憶。してギターが大野氏だが、ダディ・オーから続けての参加。非常に好みのプレイだな。オブリが上手くてセンスいい。僕はムーンライダース初期の椎名和夫が大好き(僕にとってのライダースは椎名時代のみ)だったが、二人はかなり近いギタリストと感じる。調べると大野久雄の名前、Dew やフライと出てきた。布谷文夫がブルクリ脱退して作ったバンド Dew のギタリストであった/洪栄龍率いた乱魔堂が解散しての分派バンドだったフライのギターでもあったという。大滝の先輩で「ナイアガラ音頭」の布谷、はっぴいと同じ風都市バンドだった乱魔堂、そしてバンド・ネーミング魔だった細野が Dew もダディ・オーも名付けたらしい。大野は、はっぴい関連からユーミンへと繋がる場所に関わっていたギタリストであった様子。アルバム『コバルト・アワー』表記に
Daddy Oh appears on "Rouge no Dengon" and "Nani mo Kikanaide"
とある。ティンパンでリレコすることなく、シングルAB面をそのまま収録したのだろう。ヒット・シングル「ルージュの伝言」のバックはダディ・オー。ギターは鈴木ではなく大野久雄であったことまで気付いた者は多くないかもしれない。
posted by denny-0980 at 18:23| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ダイク・リースク




サンプラザへ行ったワ。ヴァン・ダイクは、この次ぎだっけ?_六本木のスウィートベイジルでも観た。そのときはベースがリースク、目の前2mぐらいのところで弾いていてヒゲがベース弦にかかりながらやっていたっけ。
サンプラザで、ライヴ終わると隣で観ていた米国人が話しかけてきた。「ヴァン・ダイクって米国ではこんな大きなホールでやれる人じゃない、そんな知名度がないんだけど、なんで日本じゃこんなに人が集まるの? あたしゃビックリよ…」
僕は答えた、「たしかに日本ではコアな人気者だけど、今日ここに日本中からすべてのファンがひと目みたくて集合したから…」と。


posted by denny-0980 at 12:25| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする