2019年01月04日

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ダミ声のハゲ親父…自らを三文役者と称した名脇役、殿山泰司も没してすでに30年か、話が通じなくなってるのも無理ないわなァ。ジャズとミステリィをこよなく愛した趣味人でもあり、その文章が_とにかく面白く書けたエッセイストでもあった。頁をめくる指がもどかしいほどに面白い小説をクイクイ本≠ニ呼んでいた殿山、本人の本こそまさにクイクイ本でありましたワ。ひとりツッコミ文体は、軽薄文体ともいえるが、がらっぱち/べらんめぇ口調ともどもけしてオフザケではないんだな_銀座生まれの東京人の「照れ」以外の何物でもありゃ〜せんよ。そのエッセイ本、かなり読んだが手元には一冊もなし。が、先日本屋にてちくま文庫『殿山泰司ベスト・エッセイ』を発見、買う。即読了。編者がいての、そのコンピゆえに、ボクの記憶のなかの爆笑頁は少ないカンジだったがまあいいか。久しぶりのタイチャン節じゃけんね、ウヒヒ。
 著作表題でしばしばあなあきぃ≠使った殿山、軍国主義/軍隊に翻弄されたことが恨み骨髄ゆえだろう。「お上」への不信感は深い。最下級兵として軍馬の世話に当たるが上官は言う_「ウマは安くないが、貴様らは赤紙一枚で召集可能、いくらでも替わりが利く」と。暴力/リンチの嵐に人間性が崩壊寸前まで追い込まれた様子。「それにしても日本の軍隊てのは、もっと親切にやさしく新兵を教育できなかったのかね。そこから「怨」が生まれ、いざ戦闘時にウシロから上官を撃つ兵も生まれたのだ」という文章もある。人を馬以下で物としか考えなかった報いとはいえ、戦地での最大の敵は背後の部下とは、この最低の/戦闘の意思統一が成されていない軍隊は、相手軍勢の前に既に負けていたか。
 思うが、明治期にサッチョーなんて田舎モンが国の仕切りにまわったところからおかしくなったなこの国。田舎モンは戦争好きだから、意味なくマチズム/男尊女卑がベースだから。自民党という田舎モン集団は、だからこそその明治が大好きなんだよな。気を付けないとまた戦争おっぱじめるよ。幕藩体制の終了は必至だったとしても、シティボーイ慶喜がTOKYO仕切りをしていれば、いまごろ国会議員の半数が女性だったかも。いまの米のヤバさも、マッチョな交戦主義田舎モンの多数支持がトランプに集中しているという悪夢ですわな。

関連本_『三文役者の死』新藤兼人著(岩波・同時代ライブラリー)も読みたくなりアマ/マケプで10円買い(送料300円)。
posted by denny-0980 at 19:24| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心機一転

昨年だが、TV番組『凄かったプロ野球選手ベスト20だか30だが…』をやっていたが。
「今後も絶対に出ませんよ! 凄い記録ですねぇ」と皆して持ち上げていたのは、鉄腕稲尾の年間42勝。しかしその記録達成は他の先発投手で始まった試合。同点で進んだ八回からやおら稲尾の登板で勝利を掴む。そりゃ今ならそんなワガママきかないでしょ、その意味では越えられない。(その42勝、スタルヒンに並ぶタイ記録。うがってみれば外人の記録は日本人が破れ!≠フ意識が監督始め全体の総意だったのでは_ある種の排他的ニュアンスすら感じる)
結局「記録は作れるもの」、なのにいまも記録を後生大事にする日本プロ野球の姿勢に呆れる。金田の400も同じ事。監督よりも偉かったらしく、勝ち試合途中で「よっしゃ、ワシが投げるでぇ」とマウンドに登ったそうな。それでなけりゃそんな数字に届きませんて。スポーツは「記憶」こそすべて、ああ「数字/記録」偏重のバカらしきことよ。
金本の手首骨折をおしての片手ヒット=Aこれも何なのいったい? 全イニング連続試合出場記録のためという。監督はなぜ言わなかったのか_「それは君個人の記録だろう。君にとっては連続試合かもしれないが、今日初めて甲子園へ観に来たファンには初めての金本、その1試合目ではないか。その人に最善のコンディションの金本を見せることが君の使命だろう。片手が使えない選手をお金を払ってまで観たいと思うだろうか。ベンチにいなさい」と。
posted by denny-0980 at 07:47| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする