2019年01月03日

Planet

追記で朝妻一郎。
http://music-calendar.jp/2017123001
これは一昨年となる1年ちょい前の記事だが、ほんとに業界の人…それもアメリカ音楽業界とも繋がった人であることに驚きますワ。ジミー・ハスケルとかスティーヴ・バリという名前は、僕にとっては「ジャケ買い」対象人名以外のなにものでもなかったから。こういうポップスの世界でも裏方とガチに付き合っていた日本人がいたんだなァという思い。
バリの名前は当然PFスローンとともに、それとランバート=ポッターなどとABC / Dunhill 盤のクレジットで見るそれ。アレンジャーならばニック・デ・カロやペリー・ボトキンなどもエサ箱でのレコめくりで探した。

ラジオのなかで、小田和正にパブロ・クルーズのエンジニアを紹介したという話が出てくる。それは Bill Schnee で、小田の盤は『K. ODA』という86年/ファンハウス盤。ポーカロ/ハンゲイトというTOTOのリズム隊をバックにしたロス録音。実はこの盤のデザイン・クレジットが KOSH となっていることを数年前に発見して驚かされたのだ。それで当時のファンハウスのデザイン室チーフがいまも面識あるのでメールで伺った_デザインに関してもまったく日本側で関知することなかった(US制作であった)ので、なぜコッシュが起用だったかは分からない_とのことだった。しかし今気付いたのは、ビル・シュネイはかなりの売れっ子で関わった盤は相当数であるが、なかで Planet Records 盤のほとんどでその名が見えること。プラネットは、かのリチャード・ペリーが立ち上げた(が、短命に終わる)レーベルでコッシュがほとんどのデザインを担当していた。たぶんフリーの身でありながらこことはハウス・デザイナーとして契約していた…と想像する。小田盤、録音がシュネイの個人スタジオとある。シュネイからのオファーかどうかは定かでないが、コッシュとシュネイの関連を強く感じる。それでもこのジャケ仕事はコッシュらしさは皆無なんだが…。無理にこじつければ、コッシュ仕事でも傑作だった78年盤、ステファン・ビショップの『Bish』を踏襲したモノクロ写真使い…か。


koda.jpg

posted by denny-0980 at 16:57| Comment(0) | Kosh | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

著作権管理

深い深いポップス秘話。これはポップス・ファン必聴_ラジコで数日のみ。
「ニッポン放送 2019 New Year's Greetings Program 朝妻一郎 MY MUSIC ON THE RADIO 僕とラジオと音楽と 」

大滝・山下らポップス・オーソリティのそのまた上の世代、60年代リアルタイマーであり、ラジオでのポップス・アーリーデイズの仕切り役だった人は、アサヅマさんじゃなくてアサツマさんだったのね。高崎一郎/木崎義二/亀淵昭信ら諸兄の名前も。
興味深い話ばかり。「帰ってきたヨッパライ」を買い付け≠スのが朝妻だったからなのか。ラジオではオファーのなかで一番若かったから任されたというがきっと加藤和彦が、ポップス話であまりに詳しい御仁と知ってのことだろう/この人ならばこの曲のセンスを理解していると_(チップ・マンクスを想起した逸話など)。そこで気付いた、加藤の名盤ソロ『super gas』のプロデュースにあった "Mr. Morning" とは朝妻のことだろう。それからの絡みと想像するのは、ミカ・バンドのデビュー盤のボーナス・シングルB面は高崎/亀淵のナレーションだったこと。
そしてはっぴいえんど、特に大滝との深い関係はアメリカン・ポップスのソウル・ブラザーゆえでしょうな。モコ・ビーバー・オリーブにスペクター/パリス姉妹曲を歌わせた朝妻に大滝が狂喜したことは想像に難くない。でもってナイアガラにてオリーブ(シリア・ポール)のプロデュースした大滝。シュガーベイブがデビュー直前にデモ録音したのがLF(ニッポン放送)スタジオというのも朝妻がらみでのことだろう。
個人的なことだが_初めて買ったBB盤は 15 Big Ones 。そのワナパイ日本盤で邦題『偉大なる15年』。76年のこと。そのライナーノーツは朝妻一郎/木崎義二/亀淵昭信/八木誠、偉大なるポップス四天王…か。
posted by denny-0980 at 09:25| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする