2017年10月29日

last week

・台風下での衆院選。その豪雨でなんと雨漏り。マンションの、五階建ての四階だが上に部屋なし、問題箇所はルーフバルコニーだった。管理会社へ即連絡。担当氏がまず来て、作業員を呼び応急処置。今後もシミた壁紙交換やら面倒は続きそう…。

・「広辞苑」。91年発売の版は220万部出たというのに、今回第七版、当面の目標は20万部とか。なんたる下落か。出版文化の低迷・衰退は目を覆うばかり。

・TBSラジオ、ジェーン・スー番組。毒蝮のコーナーがあるから聴く気にならない。もういいでしょ、ジジババいじりは。大御所の首に鈴はつけられないのかねぇ〜、TBSとしては。永六輔が永世パーソナリティであったのと同様の措置、なのか? スーが可哀想。

・プロ野球、いつからだろうか、選手・監督が「シーズン中に」引退・辞任発表するようになったのは。邪魔だがなぁ、釈然としない。最終日まで試合の指揮を執るから/試合に出るから_観に来てくれろ、という事だろうか。多分に「営業的」な匂いがする。本人はその気でなくともフロントから指示されるのかもしれない。 全てが終わってから発表が筋というものだろう。引退試合なんて大仰なもんは国民栄誉賞クラスだけでいいのでは。オフシーズンに発表し翌年開幕試合のアタマに、「長らくお世話になりました…」と一言挨拶すればどうだろう。

・殊勝な首相。内心ではウハウハの高笑い…ざまあ見さらせ、希望オバハンよ!なのに、少しでも笑顔を見せれば叩かれると踏んでるな、無理して殊勝な顔付き。余計に腹立つノリ。

・フーミン、これが一発目? ピチカート小西作、なるほど。「スキスキスー」…どうなんだろう、ステッペンウルフからのインスパイアだろうか。もちろんタイトルだけの話。
"Sookie Sookie" だが、ドン・コヴェイ曲とは/コヴェイ=クロッパー作とは長いこと知らなかったねぇ。ジョン・ケイの曲と思っていた。
https://youtu.be/MR0NMR9F3Bo

・キャラ「民主くん」、リッケンバッカー持って再登場? 考えることは皆いっしょか…。わが立憲バッカー党の公認キャラはどうしよう?

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2017年10月21日

then came bronson

ツイッターで知ったこと、ショッキング・ブルー "Venus" には元歌があったという。
この曲、70年の全米1位。日本でもラジオでかかりまくっていた、中二だった当方もすっかり気に入り、買ったシングルはいまもある。ジャケに書かれた「全米1位」の文字…チャートトッパーとして最初に意識したのがこの曲だった記憶。エキゾチックなマリスカ・ヴァレスの顔立ち、哀愁の曲調は「アメリカ的ではない」が、日本人に受けるタイプ_ツボにはまった。
後に色々と知るが、仕掛け人がポップス・マエストロのジェリー・ロスだったのに驚いた。まさにアメリカらしいポップスを出しまくったロスとは。そのロス、ヨーロッパへ曲探しの旅に出たそうな。オランダで光るバンドを見つけ米へ持ち帰り、あらたなレーベル、コロッサス Colossus を彼ら用に立ち上げた。連れてきた3バンドが Shocking Blue, George Baker Selection, Tee Set 。出した曲、「ヴィーナス」「リトル・グリーン・バッグ」「マ・ベラミ」と、さすがに目利きロスだけあったすべてヒット、なかで一番が「ヴィーナス」だったと。しかしなんでオランダ人がジョージ・ベイカー? と思ったらリーダーのオランダ人にそう名乗らせたロス_発音がアメリカ人に辛いので変えさせたんだろう。この「リトル・グリーン・バッグ」は…日本のCMに使われること幾度か、最多CM使用ソングはこれでは? 超カッコいいしね。ただし、この曲はこの大所帯バンドの曲としては異質だった。本来は "paloma blanca" に表れるような「酪農な人たち」というか、牧歌なバンド。

で、ショッキング・ブルーの「ヴィーナス」だが、これもバンドの「オランダ時代の持ち歌」…といままで信じていたのだが。たしか、オリジナルテイクは少しもったりしていたのでジェリー・ロスはアメリカ発売に際してピッチを上げたと記憶(ボブ・マーリー&ウェイラーズの "concrete jungle" に同様の処理を施したクリス・ブラックウェル…)。
 オランダから持ち込みでなく、この曲は The Big 3 "The Banjo Song" が元という。
https://www.youtube.com/watch?v=9uqnN3ek2vI

 なるほどなるほど、こりゃ言われますナ。てか、コメントもそればっかり、ショッキング・ブルーの Robbie Van Leeuwen はモロにパクったぞと。
 「Oh! Susanna」の歌詞にティム・ローズがあらたなメロディを付けた…ということか。しかしビッグ・スリー曲をオランダから来た輩が知っていたとも思えないが。想像だが、これはジェリー・ロスのアドバイス≠ネのでは。この曲いいからちょいとヒネってみれば面白いかもよ…とtweetしたんじゃね?
ロスにとっては旧知の三人だろう、ビッグ3とはティム・ローズ/ママ・キャス/ジェームス・ヘンドリックス。名前だけは漠然としっていた_ママ・キャスの最初のグループと。キャスはその後にマグワンプスとなってママパパとなって…とか。しかし男二人はこのメンツでしたか。このティム・ローズってあのティム・ローズでしょ? SSWの。聴いたことほとんどないがなあ。レコも持っていない。ただひとつ覚えているのは「 "hey Joe" レース」のトップランナーだったこと。
 西海岸でカルトに人気を集めていたチェット・パワーズことディノ・ヴァレンティの歌っていたこの曲はたちまち人気となり、皆が歌い出した_レコーディングも競って行われたが、ヒットしたのはリーヴズのヴァージョン。バーズも『霧の五次元』で採り上げたが、クロズビーは「最初に歌い出したのは俺だ」としつこく言っていた。
 もうひとりのジェームス・ヘンドリックスは、その名のとおりに、奇しくも "hey Joe" スローヴァージョンの帝王ジミ・ヘンドリックスに名前が近すぎたのが難? ビッグ3のあとはマグワンプス〜 the lamp of childhood 。後者はダンヒルからシングルだけだったがこれがなかなかの佳曲で、趣味人には人気だろう。ソロアルバムもあったか。しかし当方としてはリアルタイムではこの人は『さすらいのライダー』の音楽仕切り。TV番組で、主演マイケル・パークスは5〜6枚アルバムを出したがすべてヘンドリックスのプロデュースじゃなかったか。曲もほとんどヘンドリックス作だった記憶。なかなかメロディアスでいいんだこれが。劇中でもよくかかっていた。バックは TCB Band_エルヴィス・ギャングで、ジェームス・バートンのギター/ドブロがふんだんに聴けた好盤…だったのになぜ今レコ棚にはないのだろう。




『さすらいのライダー』。本国放映は69〜70年だが日本では74〜75年だった_



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2017年10月14日

Muscle '69

boz muscle.jpg

#167
【Boz Scaggs】
produced by Boz, Jann Wenner & Marlin Greene
( '69 Atlantic)
<ー:★★★>


マッスル関連盤を並べて十数年、167枚目にしてこの盤とは。マッスルショールズと言って、話が通じるロック好き諸兄に「マッスルこの1枚は?」と問うたら、まず挙がりそうなこのボズ盤。それほどに有名なマッスル盤をスルーしてきたのは、30年前に買ったが処分してしまい手元になかったから。思い入れがなかった、というか「デュアン・オールマン」ばかりが語られるのが疎ましい盤でもあった…。
 今にして知ったのは、買ったLPがリイシューだったこと。いや、リイシューを承知で買ったが、単なるリイシューでなく「リミックス・リイシュー」であった事実を知らなかった。詳細は下に書いた通りで、69年のオリジナル盤は名手テリー・マニングによるミックスであったが数年で廃盤。世に出回ったのは77年からのリイシュー盤で、それはトム・ペリーによって remix されていた。これは、オールマン・ブラザーズ・バンドのブレイクに当て込んで_この盤でデュアン・オールマンが長尺にソロを弾きまくっていたことでそこにスポットを当ててのリイシュー。ボズのブレイクはまだ成っていなかった、あくまで「デュアンの素晴らしいセッション盤」としてまず注目された。
 トム・ペリーを責めることはできない、アトランティックとしては棚からぼた餅の盤だったので当然の処置、ボズよりも「デュアンの盤」としてリミックスを施す。

2年前にUKのエドセルが "original 1969 version" と "1977 remixed version" 、マニング盤とペリー盤とを2枚に分けて抱き合わせ、2枚組CDとして発売してくれたのを今、手にしている。やっと「本来の」LP『ボズ・スキャッグズ』を聴くことができた。
 やはり「ミックス」は大きい_マニングのネームバリューから言うわけじゃなく、オリジナルはリイシューよりもずっと良かったのだ。ここでやっと、マッスル・ショールズ・サウンド・スタジオの最初期(69年春にオープンして、これは夏の録音)録音盤を堪能できる。
 ただし…ここにはピート・カーはいない。エンジニアもマーリン・グリーンで、メルトン/マスターズのコンビでもない。マッスルスタジオの口開け時であり、全盛期はまだ先のこと。グリーンが当初のエンジニアであったがこのスタジオでの仕事は2年あったかどうかだったと思う。
 最近の話題で、雑誌「ローリング・ストーン」の身売り話があった。創業者ヤン・ウェナーの名前を久しぶりに聞いたが、そのウェナーがこの盤のプロデューサーであった。シカゴでスティーヴ・ミラーとやっていたボズが流れた先のサンフランシスコ、その地で雑誌を立ち上げたウェナーとの関係はフリスコ・ロックとして浅くなかっただろう。
 フリスコ前に北欧へ流れて彼の地オンリーのアルバム、フォーキーな弾き語り盤(ウルトラレアだったがCD化)があったボズだがそれは小手調べとして実質の「デビュー盤」はこれとしていいだろう、この後『my time』で再びマッスル録音があった、自身の音楽性との相性の良さを最初に示した好盤といえる。

バックはマッスル四人衆が張り切ってお仕事、そりゃそうだろう、自前スタジオが始まったばかりなのだから。ギターはジョンソン以外にデュアン、ヒントン、ボズも。ボズは結構弾く人だからこの盤でもヒントンのプレイと思われている箇所がかなりボズ本人のギター…とみた。
 コーラスに、シェール盤に続いて Donna Thatcher の名が。後にシスコへ行ってキース・ゴドショウと結婚、夫婦でデッドに参加した、あのドナ・ゴドショウその人。マーリンの奥さんのジーニー・グリーンは分かるが、トレイシー・ネルソンがマッスルへ出張りというのは珍しい_いやいや、これはフリスコ・オーバーダブだねきっと。

++++++


と…戸…都……。ここまで書いてさぁアップすっかな…と思ったがジャケ写を入れねばと気づき、スキャンも面倒ゆえネット拝借しようとしたわけで。そこでえらいコメントを見つけちまったよ!_「このエドセル盤、アホもたいがいにせ〜よ、盤面表記が『逆』であるぞ! original 1969 version となっているほうが77年リイシュー音源なのだ。ゆめゆめ『オリジナルが最高じゃん』などと吹聴して赤っ恥をかくなかれ…」とな! でもってwiki を見直せば、"Boz Scaggs (album)" の項目にもちゃんと書いてあったわ_「Edsel mislabeled the discs... 」と。
 怖い!怖すぎる…。すんでの所でやっちまうところだったではないか。てか、もうやっちまってるし。なにが「名手マニング」だ…、それはトム・ペリーのミックスだってよ〜! 我、じっと手を見て涙ス…これまでもどれだけいい加減なことを書いてきたことか…。
 斗、少しだけ思ったがこれぐらいではめげない、だいたいシロウトのブログなんてこの程度/常に眉にツバつけて読んで頂きたい所存でござる。
 とりあえずは自己検証をしようと思い立ち、三十数年前に池袋オンステージヤマノで買ったUSのリイシュー盤、とうの昔に処分してしまった盤、そこから "I'll be long gone" だけは焼き残しているのでその音をエドセルの2枚の同曲とで聴き比べてみた。
(A) USリイシュー・アナログ
(B) エドセルCD "original 1969" と書いてある盤
(C) エドセルCD "1977 remix" と書いてある盤

(A) と (B) にくらべて (C) 、楽器定位/分離の激しいテイクになっている(左右振り分けでボズの歌のみがセンターにある)。なるほど、たしかにエドセル盤表記はミステイクですわ。
 が、よくよく聴くに…同じのはずの (A) と (B) 、近い、が「違う」。まったく同テイクではない。顕著なのはロジャー・ホーキンスのドラムのパン位置/定位。センターを0度として左右目一杯に振ったところを90度とする。
(A) 左40度
(B) ほぼセンター0度
(C) 右85度

深い、ミックス(リミックス)は深すぎる…。それは兎も角、なんだかんだ言って、やはりこの盤は "I'll be long gone" に尽きる。



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2017年10月13日

Sleepwalker

「カンツリー・ロック」debut single はサント&ジョニー・カヴァー

produced by ゼイガーとエヴァンス 発売:2525年4月1日

guitar: denny-0980 (dedicated to Dennis Wilson)
guitar: 田村 猛太くん (dedicated to Berry Gordy, Jr.)
bass: 橋 安美 (dedicated to スパイダース/かっぺちゃん)
drums: 狭間 堅爺 (dedicated to Eleanor Rigby)

special thanx to Garageband





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2017年10月08日

Last week

・立憲民主党って…板垣退助か。しかし「みどり」だ「希望」なんてイメージ優先の党名よりも古色蒼然、愚直さを演出でいいんじゃないの。選挙行くのは年寄りとガッカイ員だけなんだから…。

・映画を観る。ストーリー上の重要な要素として、身障者と健常者(身体的な)のセックスがあったが、主演の若い女優はおっぱい見せないのね。リアリティがないんだよなあ。事務所から「うちの○○、裸は無しってことで…」とか釘刺されてだろう。日本映画の浅さを見る思い。女優名乗るならカメラの前で裸になってなんぼでしょ、その程度のガッツある女優を起用してちょ〜だい。悪い映画じゃないだけに惜しい。べつにおっぱい見たくて言ってんじゃないが(おっぱい見たくて言ってんだが…)。

・TVニュースでも取りあげていたが、先日当方も「アメ横」へ行ったときに驚いた_外人が経営の店が増えて強引な<客引き>、参った。東京板橋の生まれだが10才からは埼玉。それでも東京中あちこちへ行ってる、中で一番回数多いのがアメ横だと思う。思い入れも思い出もある場所だけに、由々しき状況に落胆。

・RIP Tom Petty. しかし本国での big name も日本では…。日米でこれだけ人気差があるミュージシャンも珍しかったような。なぜ…と思えば、「遅れてきた」アメリカンロッカー故という気もする。

・相も変わらずジャニーズ様なければ夜も日も明けぬTV界、どうだかなぁ…。ラジオだが、トキオのマツオカが、ドラムの師匠はそうる透と言っていた。師匠、その昔に東京おとぼけキャッツの一員としてオバカ一直線だった過去をマツオカは知るや否や。ダニエル茜ちゃんは誰の師匠になっているだろう…。

・米銃規制が進まないのも単に全米ライフル協会のロビー活動だけの結果でなく、米国人の「血」の問題か。開拓という詭弁のもと、侵略を続けて国を作った先祖からして根本が「いつ仕返しされるかわからない_銃で身を守り続けねば」では。隣人はヤバいと心すべし=性悪説が国の体とように感じる。警察力をある程度期待できる都市部のリベラル層が規制の声を大きくすれど、8割方の地方層_テメエの銃だけが頼り、これを変えるのは並大抵でないような…と諦めからは何も生まれないか。世代変わって「血」も変わったと思いたい。

・米国野球は本国だけあって日本野球はまだまだ見習う点が多い。これもひとつ、ペナントの閉幕。米では最終日が揃っていて実にすっきり。さあこれで次ぎはポストシーズンだ、と気持ちもすんなり切り替えられる。対し日本、残り試合数がばらばらだからズルズルと続くチームありで、まことに見苦しい/興味を削がれる。日程調整、なぜ米のように尻を揃えようとしないのだろうか、できない理由がなにかある?



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2017年10月07日

play something sweet

Drag Queen やドラグ・パフォーマーという言葉は性差別的には…どうなんだろう、OKなんだろうか。その初期のシンガー、ディスコ・ヒットを飛ばして人気だった人、シルヴェスター。ネチれば悲しいかな、時代ゆえ_88年に40才でエイズによる合併症で亡くなっている。そのヒットを、やはりゲイ・シンガーであった英のジミー・ソマヴィルがカヴァーヒットさせたがその声はシルヴァスター同様のファルセットだった。
 シルヴェスターがスターになったのは70年代後半からでディスコ期だったが、デビューは73年で blue thumb から Sylvester and the hot band _バンドとして同年に2枚LPを発表…てな事はまったく知らなかったが。なぜシルヴェスターかというと…、アラン・トゥーサン曲のことで。

"Brickyard Blues" がその曲。好きな曲で。最初に聴いたのは74年盤『ドーナツショップのウェイトレス』マリア・マルダーだったな。同時期のスリー・ドッグ・ナイトのカヴァーもヒットしてすぐに気づいた。この曲に関して、バラカン本のなかに「フランキー・ミラーがオリジナル」とあって…あれま、そりゃ知らんかったゾと。なるほど英国シンガーのミラーだが当時多かったがよ、米国南部志向。クラプトン、メイソン、コッカー、ウィンウッド、ミック、ロバート・パーマー、ジェス・ローデン、ポール・ロジャーズだって…英国シンガー全員だったか? でまあ、ミラーは現地赴きトゥーサン・プロデュース盤を作ったわね。なので "Brickyard Blues" のオリジナルがミラーと聞いて一度は納得できた。
 しかし、根が疑い深いから?…もうひと掘りしてみた。するとミラーのトゥーサン制作盤『high life』の前年73年のシルヴェスター&ホット・バンドの1枚目、ここに収録が一番早かったと知る、それでシルヴェスター話。ただし、シルヴェスター盤はロス録音でトゥーサンとの関係は見られない。すぐにミラー/マリア/3DNが…、それにBJトーマスとジェイムス・モンゴメリーも同時期に発表していたらしい、どれが「オリジナル」かは微妙。関係からすればミラー…なんだろうか。
 この曲、"play something sweet" 表記もあるのでややこしい。"play something sweet (brickyard blues)" もあるし…。まあどうあれ、いい曲は誰で聴いてもいいだなこれが。(wikiでは、74年にリトル・フィートも録音していたという/2000年初出)。リヴォン・ヘルムは78年盤でカヴァー… "brickyard blues" ではなく "junkyard blues..." と歌っている。

蛇足:シルヴェスター&ホット・バンド、ドラマーがトラヴィス・フラートンではないか。久保田麻琴と夕焼け楽団『dixie fever』…これはハワイ録音だっけ? ここでのドラムがフラートン(と林立夫だったか)。


++++++++++++++++


London Rock - 1970 Documentary
https://youtu.be/IfDHvpqzmas

面白いなあ、こんなのがガンガンあるのだから…ロハで見られるとは、時間がいくらあっても足りませんワ。音/曲としてはともかく…いや、リハの音というだけでも十分に魅力ある。全体にはなかなか垣間見ることができないオフ・ステージの姿、強く惹かれる。そうなんだ、Tレックスの一番いい頃はこの時期。リンダ・ルイスもロッドもリチャード・トンプソンも、いいじゃないの。ロニー・レインが、ガールフレンドと背丈かわらないのがいいゾ。 "nobody knows"... from album FIRST STEP、島国に共通する湿り気≠セろうか、柳ジョージあたりが歌いそうなメロディで。




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2017年10月05日

Streetwalkers

Chap_streetwalkers.jpg


コッシュによるチャップマン=ホイットニー盤。"walker" というより "runner" だが_。一点透視でシンメトリー/読みにくい壁文字/奥の建物のみカラーで他がモノクロ…ぱっと見では「おお、典型的なヒプノシス・ジャケ」_走るふたりに漠然とストーリー性を持たせているところも…。コッシュには珍しい、ヒプノシス的なデザイン。ただしモノクロ仕事では『Tony Ashton & Jon Lord / first of the big bands』のほうがいい出来。

そのトニー・アシュトンはアシュトン、ガードナー&ダイクで知られ…ないか。Family にも_『it's only a movie』に参加。コッシュはファミリー・ラスト3枚『fearless』『bandstand』(これは名手コッシュ作のなかでもベストに近い傑作デザイン!)『it's only a movie』のジャケットも手がけていた。ファミリー周辺のジャケ仕事をよくやっていたことになる。それとこの時期のファミリーにギターで参加していたのがジム・クリーガンで、コッシュはその妻だったリンダ・ルイス盤2枚、そしてクリーガンが、現在まで続くから40年越しの付き合いのロッド・スチュワートのジャケも手がけていた。やはりクリーガンが参加したスティーヴ・ハーリー(&コクニー・レベル)のソロも…。クリーガン関係盤を多く手がけたコッシュ…という印象も強い。友人だったのだろうか。

posted by denny-0980 at 15:28| Comment(0) | Kosh | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

another side of UK Rock

ロジャー・チャップマンが好きなんだ。musician's musician? ついぞビッグネームにはなれなかったが…ルックスかな、問題はそれだけでしょ? Family のレコはいい。

久々にコッシュ、John Kosh design 盤を見つけたら、それがチャップマンのレコだった。コッシュ_前ブログ(whink.seesaa.net)を見てもらうとどれだけ大物ジャケを手がけたデザイナーか理解していただけよう。大物仕事も多かったが、裏組のジャケもまた多かったのだ。

California Comes to The Old Grey Whistle Test
https://youtu.be/cneO7RQe_xY
このなかの、ティム・バックリーに注目。これはアルバム・プロモーションのための渡英時のスタジオ・ライヴ。なので英国勢がバック。
guitar : charlie whitney
bass : tim hinkley
drums : ian wallace

このバック3人の名前、UKロック・レコのどれかで見ていよう。ジョン "charlie" ホイットニーといえばセッションもあるが、ファミリーである。つまりは、Family とはチャップマン=ホイットニーの「ふたりプロジェクト」と断言ス。歴代いろいろな顔が出入り。ジョン・ウェットンのデビュー・バンドとしても知られるファミリー(実はその前に1枚あったが)だが、ウェットン始め歴代メンバーはすべてトラである/セッション参加であった。それゆえアルバム毎にメンバーは代わった。
 

chapman-whitney.jpg


Family として73年盤『it's only a movie』を出して解散。翌74年に出したのはチャップマン=ホイットニー名義で『streetwalkers』、まあ別に体勢をはっきりさせただけで変わりはなかった。Streetwalkers はそのままバンドとなるがそこでも入れ替わり立ち替わりだからやはり何も変わっていなかった、チャップマン=ホイットニーとトラ・メンツというだけのこと。しかしこの時期のメンツを見てもらえばUSロック裏街道の名だたる顔が総集合。もちろんファミリー時期とも重なるわけだが。となれば、ロジャー・チャップマンの一声でどれだけのメンバーが馳せ参じたことか_これらの顔ぶれは以下のパフォーマーと絡んでいたのだからUK王道を支えた強力メンツの実力が知れようというところ…。


Family, Jeff Beck Group, Rod Stewart, Hummingbird, King Crimson,
Camel, Alvin Lee, Blind Faith, Roxy Music, Traffic, Yes, Vinegar Joe,
Monty Python, Bee Gees, Kokomo, Grease Band, Arrival, Humble Pie,
Cockney Rebel, Bad Company, Hanson .... more

(なぜにビージーズかというと、Blue Weaver …この人はアンディ・フェアウェザーとのエイメン・コーナーから始まって、ディスコのブームまっただ中だったビージーズのステージ/レコーディングを支えた)


posted by denny-0980 at 06:42| Comment(0) | Kosh | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月04日

wilton felder

http://www.laweekly.com/music/20-greatest-studio-musicians-from-los-angeles-8667172
The 20 All-Time Greatest L.A. Studio Musicians

https://youtu.be/z91l_lPz1oc


誰が選んでも独断と偏見になるからこれも、アリか。なかで、ウィルトン・フェルダー。クルセイダーズのサックス奏者よりも、当方的にはやっぱりセッションベーシストであったよなあ、この人は。この Jackson 5 曲の「ベーのみテイク」はどこからだろう? たまりませんワ。モータウン、Gene Page 仕切りのセッション(バリー・ホワイト等)からSSW、それと特にABCレコーズ盤が多かった気がする(ランバート/ポッターのセッション、スティーリー・ダンなど)、数多の盤で絶妙なベースを聴かせたフェルダーだった。ドラムのエド・グリーンとのコンビネーションは秀逸。
 セッション名演がCDとなって現出するようになった、素晴らしい盤としてモータウン・セッションとレッキング・クルーBBセッションがあるがそれは後述。

関係ないことだが、亡くなったトム・ペティの…ティーンエイジャー時代に近くの楽器店のギター教室で習ったギターだがその先生がドン・フェルダーだったとか。同郷フロリダ州ゲインズヴィルでの話。


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2017年10月03日

買い物

最近の買いCD、3枚。
い:『boz scaggs』(2CD UK Edsel)
ろ:『スティーヴ・ハイエット/渚にて…』(ソニー)
は:『Dave Mason & Cass Elliot』(UK rev-ola)

「は」のメイソン盤、昔何度か聴いたが自分では持っていなかったのでなんか買ってみましたワ。ママ・キャスとふたり名義なのにジャケ表は自分だけ…そこからして変な盤ではアル。想像だが…、メイソンはグレアム・ナッシュの成功に嫉妬したんじゃないかな、グレアムよりオレのほうがギター上手いし曲だっていけてるゾと。オレもアコースティック路線のグループ結成したる_。フォトセッションが残るように「ME&D=メイソン、エリオット&ドヒーニー」が当初の目論見だったのでは。新進気鋭のソングライターのネッドと、ママ・パパ-fame のキャスならば耳目を集めるに十分と踏んだな。しかしこの人、UKトラフィック時代からしてオレがオレが…押しの強さは半端ない感じ。やっぱグループじゃイケメンの影に隠れそうで嫌だべ、とか。逆にネッド/キャスが嫌ったかもしれない。単に飽き性で、オレ様はひとりでこそ活きるのだと思い直した…かも。 

https://youtu.be/MlaRReiLFAA
Cass Elliot - Walk to the Point - Ultra Rare, Live 1971

こうしてプロモーションもした時期は、かなりマジにやる気だったかもしれないが。
アルバムのバックメンツ、ポール・ハリス/ラス・カンケル/ブライアン・ギャロファーロとともに。ラスカンの当時のかみさんリア・カンケルはキャスの妹でアルバムでのコーラス、かなり頑張ってる。ラスカンとしても義理の姉さん仕事には顔を出さねば不義理に、だったか。ポール・ハリスのこの時期は…と見れば、マナサス前で『オハイオ・ノックス』が同年か。ここにはラスカンも参加。そういえば『ohio knox』も、裏に写る4人バンドかと当時(日本で話題になり出した76,7年だが)は思われたがこれはピーター・ゴールウェイのソロということで表の一人写りも後には納得したのだった。

デイヴ・メイソンは…ゴタゴタ続きで散漫な印象しか持たれてなさそうな「ブルー・サム期」、本人も『alone together』は別としてその後3作、この『& Cass』『headkeeper』『mason is alive』は無かったことにしてそう_特に後者2作は訴訟沙汰までのゴタゴタゆえに。だが当方としてはこの時期が一番なのです、絶対にイイのだ。曲のダブりは問題だがそれにしてもまず楽曲がいい。それと音作りがしなかやで実にイイ。これはトミー・リプーマとアル・シュミットの貢献大だったろう。それと、この時期は「UKスワンプ」感に溢れている。まだ西海岸渡りの「英国人」だったので良かったが、CBS時代となればもうすっかり西海岸人になってしまった。
 
『& Cass』、頭の "walk to the point" がまずいい、佳曲続く。アコースティック色を前面に出している、この人はストラト持ってもいいがアコギもよし。全10曲うち7曲がメイソン(2曲は共作)。ドヒーニーは1曲のみが惜しい。演奏/歌には不参加だし、キャスもリードで歌う1曲あれどコーラスなどは妹のほうがよく聞こえる。キャスとネッドががっつり加わった盤はどうなっただろうかといまさら想像してもしょうがないんだが…。



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2017年10月01日

Peter Barakan presents: my favorite Atlantic grooves

アトランティック・レーベル珠玉12曲コンピレーションCD
design : denny-0980
Tower Records exclusive item_ Not for Sale
詳細はタワーレコード facebook/twitter


古〜いR&Bシングルのスリーヴをイメージしてみた。4色刷りだがあえて2色っぽくし、「紙じわ」も入れてみた次第。
選曲の渋さはご覧の通り。


Barakan_cover 2.jpg


Barakan_inlay2.jpg


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WEA

ピーター・バラカンのCDを…と書いてしまう。バラカンさんと書いたら知り合いのようではないか。有名人に対してこちらは市井の、一般人なので…。が、続きがあり、今上がってきたCDは当方デザイン、これがピーター・バラカン・コンピレーション盤なんですワ。ただし市販されない、「非売品」。タワーレコード exclusive item 。ATLANTIC R&Bキャンペーンというのを打っていて{対象商品3枚同時購入の方に『先着』にてプレゼント}だそう。
 デザインはワーナーさんからオファー仕事、バラカン氏に会ったわけでもなく。今後も氏が「このコンピ盤デザインは誰だ?」と気にすることもなかろう。有名人/一般人の関係はまま継続中ゆえにバラカンで通させてもらおう。

バラカン著『魂(soul)のゆくえ』という本、出版社の人から頂いたのはずいぶん前。その際に読んだはずだがたまたま目に入ったから再読ス。この中でなるほどそうだったかと、やっと分かったのがワーナー/アトランティックのこと。
 1947年にアーティガン兄弟らによって興されたアトランティック・レコーズ。R&B/ソウルの宝庫として60年代まで順調に経営が続いたが、69年に買収される。買い主がキニーという会社で、ここは駐車場/葬儀社経営で財を成した会社だったそう。その際に、ワーナー・ブラザーズ、エレクトラも同時に。ここで WEA というビッグ・レーベル誕生。そうだった、いきなりロゴが代わったんだよな。「ウェア」なんて呼び方もしていたと思う。しかし、これはワーナーの主導、アトランティックとエレクトラを吸収合併とばかり思っていたヨ。しかし当時のワーナーはあくまで映画会社でレコード部門はさほど大きなものではなかったという、アトランティックのほうが規模は大きかったそうな。それにしても葬儀屋の仕掛けで出来たレーベルとは知らなかった。しかしこの伝ではWEA はワーナー/エレクトラ/アトランティック? 当方の記憶では「ウェア」とはワーナー/エレクトラ/アサイラムなんだが…。ともかく、WEA はその後ワーナー・コミュニケーションズ・インコーポレイテッドに改められる(ワーナー・レコードの親の『ワーナー・ブラザーズ』が映画/音楽すべて飲み込んだということか)。その後、出版社タイムと合併し「タイム/ワーナー」に。その後に、新興勢力だったインターネットのAOLとの合併話になったがこれが最後の最後で失敗、結局音楽部門が切り離されて(インディーの大手)ワーナー・ミュージッック・グループとして、本の出た2007年時点で存在する_と。非常にややこしいがこれはワーナー/アトランティックに限った話でなく、業界すべて。すべてのレーベルは混沌状態が続いている。こりゃ政界と一緒だわさ。
 
日本のワーナーはワナパイ、ワーナー/パイオニアとしてスタートだったがこれも変遷いろいろで現在に。そういえば、ワーナー・レーベルの日本盤洋楽、ライ・クーダーやリンダ・ロンシュタット、ビーチ・ボーイズ等々、70年代のLPに付いていたライナーの歌詞の聴き取りがまずこのふたりだった記憶_ transcribed by Linda Hennrick もしくは transcribed by Peter Barakan 。

思い出し蛇足ひとつ。ワーナー・コミュニケーションズ・インコーポレイテッド当時に所属バンド、アヴェレージ・ホワイト・バンドが出したLPは、バスタブに裸女のジャケットで…『 Warmer Communications 』。この一文字違い<Vャレが業界人以外に通じただろうか。






posted by denny-0980 at 12:26| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする