2017年08月07日

Criteria Sound

下で、日本グラモフォンでのリリースとしてビージーズ/クリームと挙げた。
グラモフォンは、ヨーロッパのポリグラム系列で日本では「ポリドール」が普通に使う名称ではなかったかな。目黒川沿いの大橋にある(あった?)ポリドールは、デザイン室長だった松尾さんがよくしてくれたので何度も通った。しかし外資となってMCAやらユニヴァーサルとか?_なんだかよく覚えていないけれど、行くたびに「また親会社の都合で名刺が変わったよ〜」と嘆いていた、あたらしい名刺をもらった…。
NYのインディレーベルだったアトランティック、ヨーロッパ配給はポリグラムだったんだろうな_日本では最初はグラモフォンから。有名なのは『レッド・ツェッペリン登場』グラモフォン初盤だろう。
ビージーズとクリーム、水と油のようだがかなり溶け合っていた。どちらもマネージメントが、後にRSOレーベルで独立するロバート・スティグウッド(オーガニゼイション…でRSO)。まさにビージーズとクラプトンで儲けて絶頂期は『サタデイ・ナイト・フィーヴァー』制作から数年。しかし映画『サージェント・ペッパーズ…』がこけて失速、そのまま破産…の噂だったがどうだろう。
ポリグラムと強いコネクションだったスティグウッド、アメリカではアトランティックとの関係を築いたと見る。なのでクラプトンはクリーム時代からマイアミ/クライテリアでトム・ダウドの仕切りで録音を始めていたのだろう。クラプトンにとってはクライテリアが米でのベースになる。名盤『いとしのレイラ』はもちろん、復活盤となった『461オーシャン…』。その『461オーシャン…』からのクラプトン・バンド参加していたイヴォンヌ・イーリマンは『サタデイ・ナイト・フィーヴァー』サントラにも加わった_スティグウッド・マネージメントゆえであったはず。
『サタデイ・ナイト・フィーヴァー』といえばビージーズだが、彼らにとってもUSベースはクライテリア。アリフ・マーディンのもと、クライテリアでアルバムを作り続け、仕舞いにはクライテリア・スタジオを自分らで買ってしまった。


蛇足だが:『461オーシャン…』でのドラムはジェイミー・オールデイカー。しかし1曲のみジェームス・ギャングのジム・フォックスが叩いている。ジェームス・ギャングのプロデューサーだったビル・シムジック…たぶんクライテリアの小間使いからキャリアをスタートさせたものと見る。そのからみでフォックス参加だったな。
ギャングのギタリストだったジョー・ウォルシュはイーグルス加入。プロデュースをシムジックが受けるのはその前?後? イーグルスも、UK録音後はすっかりクライテリア・バンドになったが…シムジック指揮下だったからだろう。


posted by denny-0980 at 10:29| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする