2030年12月31日

Denny's Special Menu


A. [ヤングインパルス&70s Tokyo Rock]
 
 70年代日本フォーク&ロックを生演奏/生放送した
 伝説の番組を深掘り 同時期の東京ロック状況も加えてposting


B. [立食い じよん•のれん]

 一に回文 二に回文_ひたすら綴る「回文ブログ


C. [Sakatomi Free Font]

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X. [Denny-O-Muscle]

 個人的深掘り原点はアラバマ/マッスルショールズサウンドスタジオ
 このスタジオ制作盤を追いかけ追いかけ…


odds & ends :
 https://www.pinterest.jp/sakafon/
 http://denny-inside.seesaa.net/

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2024年05月21日

We built this city


文京区はロックシティ(30 years ago)

http://tvk-impulse.seesaa.net/

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2024年05月17日

'13 Raitt @jazz fes


飯喰いながらたまたま見たこのYTポスト、11年前のボニーレイット
ん、このハモンドは…フィニガンじゃね?と思ったらやっぱりそう。Hammond Wizard のマイクフィニガンだ。気分はキースリチャー≠ネギターは?見た目は晩年のディックデイルだがね。お〜!ドラムは ex-Beach Boys /ラトルズのリッキーファターか。
しかしボニーならばやはりフリーボbassでなければ認めないヨ。姐御雰囲気は皆無だったその昔、77,8年か、tom's cabin招聘の初来日はフリーボと一緒だったからね、クボコーへ足を運びましたワ。この年はボニー/マリアマルダー/リンダロンスタット、三連チャンだったような…。
ファターは…Bump Band /イアンマック、ジョンシェル、小原礼とともにバックをしたこともあったから良しとしよう。

フィニガンをサンプラで観たのは80年頃だったろうか、デイヴメイスンバンドとして。メイスンを喰うほど歌が上手かった声量あった、サムクックを歌ったのよ。いいバンドだったんだ_ドラムはメイスンと長かったリックジーガー、ベースが大の贔屓のサウスポーのジェラルドジョンソン。でフィニガン_悪いわけがない。しかし…もうひとりのギター、ジムクルーガーというのがまあ無駄な弾きまくりで辟易であったよなあ。なぜ名盤『Mason is alive』のようにギター1本で通さなかったか、惜しかった。
フィニガン盤 same title _Amos Pete Carr 、マイファヴギタリストが素晴らしいギターを弾くしフィニガンの声よし選曲よしと文句の無いレコだが、すっかり背が破れた割れてしまった。

レイットのベストはどれだ…というほど聴かなくなったねえ。いや、discogs みれば [Green Light] までは買ったんだった。結局残したのは [taking my time] だけ。ベストは [give it up] かな、手放したけれど…。





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2024年05月14日

つづきで小ネタ3_Tim Weston


SDの、このファーストの表記で目立たない名前_ Asst. Engineer : Tim Weston (The Stafford boy)

The Stafford boy... これは、その筋=古きアメリカン女性シンガー好きには知られる名前らしい Jo Stafford の息子ゆえ。父親も音楽畑の著名人だったらしい。つまりはハリウッドのボンボン育ちのティムウェストン
その名はSDセカンド『エクスタシー』にも_
 Weekend Knob Job : Tim Weston
としてある。knob job はエロいスラングらしいからノブ(つまみ)を回すエンジニアとのダブルミーニングなのかもしれない。ベッカー/フェイゲンらしい不可思議表記。

ウェストンはジャズギタリストとして腕もあった人。SDファミリーというよりは、たぶんSDが拠点としたサンタモニカのスタジオ Village Recorder でテープオペレイター仕事に潜り込んだ時期だったということだろう。それよりもビーチボーイズファミリーの色のほうが濃い。マイクラヴの別働隊だった Celebration のアルバムでギターを弾く。それとブライアンに捧げてこのトリビュート盤を仕切り制作したのがウェストンだった。

 Wouldn't it be nice / a jazz portrait of Brian Wilson  1997

ドングルーシン/カールトン/イエロージャケッツなど有名どころも参加した、ジャジーなサイドから取り組んだブライアンカヴァー集だが非常に出来の良いCD。アメリカ原盤なれど制作は日本のホリプロ。インレイには、ブライアンとのツーショット写真、撮影がヴァンダイクパークスというから関係が知れる。ライナーノーツに本人の面白い記載がある。
 _(たぶん中学生だったろう)初めてバンドを組んで学校の食堂がファーストステージだった/解散するとドラマーは別のふたりと組んで "I'm a fool" というヒット曲を出し、ディーンマーチンの映画に出た、とても悔しい思いだった_
この三人組は、ディーンマーチンの息子ディノルシールボールの息子デジ、それとビリーということ。15、6でのデビューヒットがこの曲。前記通りにウェストンもボンボン育ちということ。ディノ、デジ&ティムになっていたもおかしくなかった。

いまもだろうか、ウェストンが一緒に暮らすパートナーの名はシェルビーフリント。一発屋は失礼だろうが “Angel on My Shoulder” というビッグヒットを覚えているポップスマニアは少なくないはず。二人名義で出したCDを買った。

Tim Weston Shelby Flint / Providence 1993

この盤からホリプロ制作だったようで表記では日本のポリスターのCDとなっている(日本発売は無かったのに)。どうやらウェストンは日本との深い繫がりを持っていた様子。というよりホリプロのUS事務所が西海岸にあってのことだろうな。

もうひとつ_UK band チャイナクライシスは、ウォルターベッカー「正式加入」した唯一バンド。その89年盤『diary of a hollow horse』はベッカーによる2作目プロデュース盤で当時ベッカーはハワイに住んでいたため半分がハワイ録音。そのハワイ・サイドにギター参加していたのはベッカーとの付き合いが続いていたんだな、ウェストン。いいギターを弾いている。
ウェストン、松原みき盤など日本人レコでもギター/プロデュース参加。



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2024年05月12日

Can't Buy A Thrill

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スティーリーダンは〆にとって欠くことのできない一生モンのバンドである。(ただし『ガウチョ』をもって栄光のスティーリーダンは大団円)
思い返すに最初は72年冬、受験勉強の夜にラジオ_FENから聞こえて来た何とも不可思議な、不協和音にも似たそれは所謂ロックと別次元の1曲。巷間よく言われる「ラジオで聴いたビートルズ、それまでにないビートに一発でやられた」話。それに近い。英語放送だったのでアーティストも曲名も分からなかった。が、翌年にはそれがスティーリーダン/「do it again」と知り、勇んでアルバム『can't buy a thrill』日本盤を購入。…と思っていたのは自分盛りであったか、手持ちLPは日本コロンビア(ABC records)の76年リイシューだった。(オリジナルは東芝で PROBE レーベル盤)
まぁそれでも76年以後今日までファーストはこの盤を愛聴してきた…と思っていたのも違っていた。久しぶりに聴こうとして、見ればジャケットは日本盤だがレコード盤は80年のUKリイシューだった。これは、同じファーストでも何枚か買ったんだな、なかで日本盤よりUK盤のほうが音がいいと判断して入れ替えたのだろう。UKリイシュー盤ジャケはシングルだが日本盤はリイシューでもgatefoldだから盤のみ変えたんだなきっと_老いるショック!≠ヘっきりした記憶は無い。
しかし、聴いてみるとこのUK盤、こんな不出来だったか。半数越えのフェイドアウト曲がマスターテープのミスだろう、きっちりフェイドアウトせずにすべてぷっつり切れていた。これはまずい、SDマニア自称の身にこの盤は無しだ。_とて、昨今のアナログ価格のバカ上がりにはついていけない/エサ箱漁りをなかば諦めているのでオリジナルUS盤に手が出ない。
_ので、CD購入。いやもうCDで結構、これでフェイドアウトもばっちりでした。


SDファーストの小ネタ1。

第2弾シングル「輝く季節」、そのギター、ベッカー/フェイゲンにとってはNYセミプロ時代からの盟友 Elliott Randall 。あのジミーペイジ師匠にも絶賛されたランドールの最も知られる名演。イントロから豪快に飛ばしてるようで…あくまで私見なんだが_違う。イントロもソロ始まりの2:00からのダブルトラックのリフも、終始ギター弾くのはスカンクバクスター。ランドールのソロは2:30〜2:57、3:58〜アウトロ箇所。
ランドールとスカンクは非常に近い、ともにジャズをルーツにしたプレイヤーで大胆な速いパッセージと音の歪ませ、区別が難しいほど似ている。実際このLPでの "midnite cruiser" "change of the guard" でのスカンクのソロはランドールに酷似。ランドールは Randall's Island 盤やプラヴェートCDも買ったほどに入れ込み/聴き込みギタリストなのでスカンクとの微妙な違いが分かっているつもり。近いは近いが、ランドールがほぼスタジオ一発的なその場のエモーショナルプレイヤーなのに対してスカンクは感情炸裂のようで常に作り込んだフレーズを(求められるフレーズを)弾いていたと思う_なればこそ、一流セッションマンだったのだ。対しランドールは、旧友に呼ばれて弾いたSDアルバムは「エリオット、いつも通りに好きに弾いてくれ」だったろうから本領発揮できたが他のセッション参加盤はほとんど光るプレイが無いのが正直なところ。とはいえリーダー盤での奔放なランドールのプレイはたまらない(が_ギタリストは曲で活きる。ベッカー/フェイゲンによる名曲でのギタープレイがやっぱり一番いい)。スカンクもOKで、そのクレジット盤も相当数買ってきた。 


SDファーストの小ネタ2。

このアルバムは72年、デザイン担当は Robert Lockart 。"Rock Art" のもじりかも。この人の前年71年仕事にこの盤があった_
 The Ventures / New Testament

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サンタナ/ゼップ/シカゴからキャットスティーヴンス、ポールアンカ曲までのカヴァーと少しオリジナル。ordinary なベンチャーズ盤の一枚ではあるが ジェリーマギー・マニアにとっては最初の参加時期盤の一枚なので捨て置けぬレコ。但しこの時期のお約束で演奏すべて外部セッションプレイヤーであろうし、ギターでマギーが弾くのは半分程度。マギーはサムピック複音弾き(ダブルストップ)ギタリストなのに、フラットピックの単音速弾きリードが交じっていてどう聴いても違うだろ_曲も。
内容はともかく、ジャケットは『キャントバイ』に近い雰囲気。スクリプトな文字処理が特に。

74年『りりィライヴ』。りりィのせいではない、SDを知らないままだったかも。これは東芝のハウスデザイナーかね、あきらかにパクリ。

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2024年05月03日

Guitar Hero


デュアンエディ passed... 。デュエインかな。
Twangy guitar の頭領_てな印象も随分後に知ること、なにしろ古い人。インストゥルメンタリストだからやはり通好み? いつが全盛時かもよく分からない。ディックデイルより、surf-instrumental より前という感じ。70年代から80年代初頭までか、オールディーズなビッグネームをこぞって再評価、当時のトップミュージシャンがプロデュースすることが流行り。その中に入るのかな、実にアメリカンなデュエインだがUKで_ the Art of Noise /トレヴァーホーンがそのギターをフィーチャーして "Peter Gunn" をリヴァイヴァルヒットさせたっけ。
が、USロック/ポップスファンならばデュエインのギターといえばやはりこれでしょ_ B. J. Thomas
72年の超名曲「ロケンロー子守歌」。数多のマン/ワイル楽曲のなかで個人的にはベスト。
デュエインのぶっといトワングもフィーチャー、コーラスがブロッサムズ(ダーリーンラヴ)。ベーシックなギターも渋くていいんだ、これはギターも上手いプロデューサー、アルゴーゴニだった記憶。





もう1曲、これは知る人も少ないマニア盤。アーレンロスのCDだが、手練れギタリストをゲストに呼んでのスーパーセッション盤。しかし、まあ当然こうなるわなぁ的…ギターテク王座決定戦≠フ様相。バカテクの競い合いで正直疲れる。〆としてはこういうテク自慢が嫌いなんだが…これは買ってしまった。デュエインはここでももちろん速弾きなんか無いのでいいわけ_






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2024年04月05日

LAD


昨年までの「Red」から「Blue」へ_NHK、MLB中継のメインはLAAからLADに変わった。名将ラソーダが語ったところの「私の身体に流れる Dodger Blue の血…」。
+
第一次MLBブームであったと思う、それまでに日本ではメジャー野球はベーブルースの名前ぐらいしかなかった、ブームは1970年代のこと。ベースボールマガジン社からは毎年『メジャーリーグ年鑑』本が出ていたほど。結構マニアが増えた。当時はBSなどなかったのだからNHK、頑張って相当数の中継放映をしてくれたんだよな。以下に書くほどに選手を見ることができたのだから_。個人的には高校の時に銀座イエナでUS monthly "Baseball Digest" を買う。18頃からは直接のサブスク、小さな判型で Airmail で毎月タイムラグなしに届いたもの。
NHKが片寄り無しに、万遍なく各地のゲームを見せてくれたので田舎チームにも贔屓プレイヤーが大勢いた。ミルウォーキー、モリターロビンヨーントは素晴らしいコンビだった。天才ヒッターのロッドカルー、ツインズからエンゼルスへ…晩年でも見ることができた。ボストンの星、はつらつプレイのフレッドリンが登場した頃。テッド以来の夢の四割にとどくかと全米が興奮したのはロイヤルズのジョージブレット、これまた伝説的打者。天才打者列伝ならばビルマドロック/デイヴパーカー/マティングリー/ウェイドボッグズらも挙げねば。投手で記憶に残るのは、「なまず」ハンター/JR/ジムパーマー/剛速球ライアン/ゲイロードペリー/曲者ニークロ/トムシーバー…枚挙に暇無し。バレンズエラはもうちょい後なんだよなぁ、〆的には。Mr. K グッデンが出てきたあたりまでのリアルタイム。
スターだけでなく渋い選手も好きだった。球に話しかけるフィドリッチ、現代キャッチャーの形を作ったジョニー "one-hand catch" ベンチ、守備達人「オズの魔法使い」スミス、とりわけこの選手が好きだった!NYのボビーマーサー。いまでも一番好きなプレイヤーとして挙げるのはマーサー…? "2-2 pitch" サットン「ルイジアナの稲妻」ギドリーもなあ…ひとりには絞れないか。
ま兎も角、〆の時代の KING は_Mr. October レジージャクソンだったがね。
+
いろいろ名を挙げたのは、それだけメジャー野球を全般的に、俯瞰的に楽しめたといいたいわけで。日本人は野茂もまだいなかったのだ。きら星の数だけスーパースター(マイクシュミットアンドレドーソンも書き漏れてる!)がいて、そのプレイに一喜一憂していた。なのにいまは…「日本人プレイヤー」試合しか放映しない。当たり前か?「外人」プレイヤーに誰も興味ないか? はっきり云ってまだ大谷よりもトラウト/ジャッジのほうがスターとして格上なのだ。なのに日本では大谷だけがメジャープレイヤー、大トロの大谷に対してトラウトもジャッジも刺身のつまとは…。
木を見て森を見ていない。身内贔屓と勝利至上主義_オリンピックでも日本人のメダルにしか目が行かないのも同様…どうしてスポーツでは日本人偏重が激しくなるのか。そう、大谷という木だけが興味で野球(baseball)という森はどうでもいいのだね。ここは実にアジアン、中朝的。スポーツを楽しむ土壌がやっぱりまだ育っていない、スポーツ後進国としか思えない。
+
ロサンゼルス・ドジャース。巨人のベロビーチキャンプとかアイク生原なんて名前も思い出す_日本に一番近いメジャー球団なのはたしか。(なぜ中日ユニフォームはドジャース模倣を続けているのだ? 同じ「D」だから?)
ドライスデールコーファックスは伝説の中で…思い入れあるのはこの頃、1979年ロースターを見てみる。エースは前記サットンハフフートンらで投手陣を支える。FAの先駆者メッサースミスの最終年でもあったか。内野は「ペンギン」セイ/伊達男ガーヴィ/ロペス/ラッセルで鉄壁。セイ、引退後だが『刑事コロンボ』に本人として出ていたね、コロンボが "Wow! Mr. Cey!" と感激するシーン。外野…まさかに名監督になるとは思わなかったダスティ「爪楊枝」ベイカー、大好きなプレイヤーだった。マンディレジースミス(巨人へ来た)の堅固な布陣。
ラソーダ監督の四年目。怪童バレンズエラ、「トルネード」野茂フィーバーは先のこと_。




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2024年03月22日

ソース焼きそば問題

そろそろ出るとは思ったがやはり_ "Charlie Hustle" Rose 「永久追放」。(ちなみにその事件の前だった、日米野球来日でそのアグレッシヴなヘッドスライディングを見たよ〜)
いやいやローズは自ら賭博に手を染めていた、大谷は違うじゃん…の弁がはたして通るだろうか。イッペイちゃんに泣きつかれて送金に関わったのなら、その額や送金先で合法や否やは判断できていただろうし。「永久」は厳しすぎるといえど何らペナルティ無しにことが済んだらそれは逆にドジャースサイドのゴリ押しと批難は集中しそう。
*
自らでないといえば、弟子の不祥事でその断罪は大きすぎないか_モンゴル出身親方の部屋。日本国籍取得でいまは日本人というのに、日本相撲協会のモンゴル差別視が今回のことに影を落としているとは誰もが思うところ。
同様にアメリカ。野球でいえばかつて同国人ながら黒人アーロンのホームラン記録はルースのそれとは別物とせよの声…根強い差別を感じたもの。いまは再びのトランプ旋風吹き荒れる中_アメリカ至上主義者らにアジア人ホームラン王へ…特異な才能とはいえど、鬱屈した抵抗があるのでは。博打に関わったのならきっちり処罰せよの声は日増しに大きくなりそうな気配。


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2024年03月13日

TMS ep46 _12/4, 1973





ひとつ戻ってケニーロギンス、メジャーシーン登場のロギンス&メシーナ。この回のホストだが、いや〜やっぱり全盛時のこのコンビはいいねえ。とくにメシーナのテレキャスター、個人的にテリーサウンドではいまもって最良。ごりごりのカントリーギタリストら Nashville Cats と同じようでまったく違う。キャッツらは針金(弦)を金属サムピックで擦り合わせているから音が硬すぎていけない。メシーナは微妙にエッヂを削った音、若干の「丸み」があって最高なのだ。エフェクタかな…軽くコンプ、それと何だろう。しかしサムピックでなく爪=指弾きであることが一番大きいと思えた。

この回もまたレアパフォーマーが登場だ_ Martin Mull 。初めて映像見たけれどイイねぇ面白いねぇ。old time jazz を醸すところはエイモスに通じるわけだわ。この人は…コメディアン?
下で、シカゴでブルースバンド活動していたマイクブルームフィールド、それにエルヴィンビショップは早々にシスコへ移っていたと書いたが、そのエルヴィンの盤にもマリアマルダー/エイモスギャレットが揃って参加してた_78年『hog heaven』。これとマル74年盤『normal』はどちらも南部 Capricorn レーベルからだった。

マルの『normal』、ほとんどはNY録音でエイモスもいいギター弾いている盤…をレコ棚に探せど見つからず。はて先週ユニオンに送ってしまったかと思えば、5年前に処分していた_なんでやねん…と自問。エルヴィン『hog heaven』は辛うじて残していた。

コメディアンに音楽素養はマストなんだろうか…スティーヴマーチンはバンジョーが上手い。ダンアクロイド&ジョンベルーシはご存知 Blues Brothers 。チェビーチェイス、NY州バードカレッジ時代に同期ベッカー&フェイゲンとthe leather canary というバンド結成。



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Maria Muldaur '72

Maria-soundtrackLP.jpg


Steel Yard Blues: Original Sound Track From The Motion Picture 1972
Nick Gravenites and Mike Bloomfield featuring Paul Butterfield and Maria Muldaur


Composed By – Muldaur* (tracks: A5, B3, B4), Saunders* (tracks: B3), Bloomfield* (tracks: A1 to A7, B1, B2, B5 to B7), Gravenites* (tracks: A1 to A7, B1, B2, B5 to B7)
Engineer – Leo Kulka, Vance Frost
Drums – Christopher Parker*
Bass – John Kahn
Organ, Piano – Merle Saunders*
Vocals – Annie Sampson (tracks: A7, B6)
Vocals, Guitar – Mike Bloomfield
Vocals, Guitar, Handclaps – Maria Muldaur
Vocals, Guitar, Producer – Nick Gravenites
Vocals, Harmonica – Paul Butterfield



マリアマルダーは、曲を書ける人だったか…すべてカヴァーの印象しかなかった(歌の魅力で、リンダとともにシンガーとしてperfectly OK/カーラボノフウェンディウォルドマンらの楽曲歌唱担当とも)が、こんな盤があった意外。

『Steel Yard Blues』という73年1月公開映画。フォンダ家のジェーンと、キーファーのオヤジだね、『M•A•S•H』が思い出深いドンサザーランドに、メルブルックス監督『ヤングフランケンシュタイン』でそのフランケンをやった躰のでかい怪優だったなピーターボイルが主演らしい作品。これのサントラ盤は、大半を書いていて全編演奏も担当=仕切りがニックグレイヴナイツ&マイクブルームフィールド(ex-Electric Flag組)なのか。で、フィーチャーリングとしてポールバターフィールド/マリアマルダーとある。ポールのハープにマリアの歌だが、サントラLP14曲うち3曲ライターになんとマリアは名前があった。2曲はニック&マイク、マールサンダースとの共作だが1曲は単独作詞作曲。

そこここ、いろいろ繋がる興味深いレコである。
これはシスコでの制作盤ですな、ニックが主導ということで。古くは、マイクポールPaul Butterfield Blues Band であるがマイクもエルヴィンビショップも早々にシスコへ移っていた。マールガルシアと盟友のシスコの名キーボーディスト。そこに Woodstock組であったマリアだがやはりこの時点ではシスコだったね。この頃を振り返ると72年はジェフ&マリアの4年ぶりの2作目『sweet potatoes』リリースだが、このwoodstock 制作で区切りをつけてジェフとは離婚_ここで思うのはすでにベーシストのジョンカーンと恋仲になっていたマリアなのでカーンの拠点シスコへ来たのだろうこと(ジェフは寝取られ?)。カーンはマール同様にガルシアの盟友でともにガルシアバンドのメンバー。そんなこんなで、ガルシアのソロにマリアエイモスも参加していたり。つまりはシスコミュージシャンとウッドストックミュージシャンがかなりごちゃごちゃに交わった時期であったことヨ。
ポールがウッドストックでジェフと一緒に作った Paul Butterfield's Better Days 、そのドラマーのクリスパーカー STUFF でも叩いた名手だがこの盤でも叩いている。
マリアは翌73年ファーストソロ『Maria Muldaur』で大きくブレイクできたがその後の3〜4枚にはここでのメンバー=ポール、クリス、マール、ジョンカーン(当然)らもサポート。ハリウッド録音が主だがシスコ〜ロスと、西海岸の歌姫という色合いが濃い活動期に入る。



Do I Care ・ written_ Merl Saunders & Maria Muldaur



Lonesome Star Blues ・ written_ Maria Muldaur



Georgia Blues ・ written_ Maria Muldaur, Mike Bloomfield & Nick Gravenites



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