2030年12月31日

Muscle Shoals Sound Studios

 "denny-O-Muscle" 過去評価盤備忘表 http://muscle-album.seesaa.net

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2019年01月19日

ジャケ二枚

ivory_joe.jpg

ダイスが並ぶだけだが非常に強くイイと思う、このデザイン。じつに60年代らしさが出ている。ただ台に並べて上から撮っただけ、いまだってやれるけれどこのニュアンスはなんというか…出ないと思うし、誰もやらないと思う。時代の産物的名ジャケット。


jim_kweskin.jpg

USロック・ファンには名盤で知られる一枚だが、このジャケは?_いまさらに見返せば…。
物故者含めて有名人の「顔」を並べたジャケといえば『サージェント・ペパーズ』をまず思い出す。肖像権、すべてをしっかりクリアに…当然してますわなぁ。お次、ストーンズ『女たち』。こちらは無許可で勝手に作ったよな、何人かの女優(の権利者)からクレームがついて…どうなったっけ。若干差し替えとなったような記憶。で、このクウェスキン盤は? まあリンカーンはよしとしてもJFKは微妙なところ。モンロー/ディーン/シナトラ/リズはまずいんじゃないの。売れるレコじゃないからとお目こぼしなのか。ホッとしつつ情けなくも…?
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rag doll band

むっしゅシングル.jpg

ムッシュのシングル。ロッド・スチュワートが好きだったよなあ…スタンド・マイクのアクションもロッドを真似ていた。で、このジャケの人形もフェイセス『馬の耳に念仏』の裏ジャケを…パクリとは言いますまい、これはやっぱりリスペクトだ。キツツキヘアーなんて言葉もあったっけ、ロッドの頭。これも真似ていたムッシュ。ドールは、出来は落ちるがそこはシャレであり心意気であり…。レーベルもロッド最初期のVertigoで、同じ。
大元フェイセス、裏ジャケのバンド仕様ドール・ステージはほんとよく出来ている。機材をここまで作り込んだことが凄い_ハモンドもドラムもマイクもAmpegアンプも…。

フェイセス馬の耳.jpg

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2019年01月17日

一寸

オリジナル・ムーンライダーズを一度だけ観た/聴いたのは73年9月21日の文京公会堂。唯一の音源収録LP『素晴らしき船出』の当日。高校1年の夏休み明けは平日で、テレコ持参しひとりで行った。
ライダースのステージでは、当時知るメンバーが松本隆のみだったから最初は松本を注視していたが、それよりもフロントの山本浩美が、長身で黒ずくめ/渋いヴォーカルといい、実にスタイリッシュでカッコよかったから釘付けになったのを思い出す。
この日、ソニー・テレコで2本テープを録ったのに1本は紛失。残った音は:

1_日射病
2_無頼横町
3_おはよう眠り猫君 (ココナツバンク)
4_冷たい女(布谷文夫)
5_うららか〜空とぶくじら〜サイダー
6_ココナツホリデイ (大滝詠一)
7_baby come back (ムーンライダーズ)
8_キャラメルラグ〜アヤのテーマ
9_さよなら通り三番地
10_僕は一寸 (キャラメルママ)

LP収録のなかった3、4などはレアな音と思っていたら、いまネチるに大滝がナイアガラで出したCD『dawn in niagara』なるものに収録?
過去音源蔵出しは出まくり現状で、とても把握できてないからさっぱり分からない。キャラメルママはどうだろう。「僕は一寸」はホソノハウスとはまったく異なるアップテンポ/ファンク・アレンジでかなり面白い(僕はちょっと≠ニいう歌詞が出てこない…)、十数年ぶりにテープ…データ化済みだが、聴いてみた。

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2019年01月16日

利益率

日本アカデミー賞ノミネートの発表。『万引き家族』『カメラを止めるな!』、2作品が順当に多数ノミネート。その2作含め僕が昨年観たなかでは『散り椿』も6部門にノミネート。さほど権威あるとも思えない「賞」だが何か取れればヨシかも_まあ撮影賞はあげないと怒るよきっと。しかし『焼肉ドラゴン』はナッシング。映画自体が無かったかのよう? 一年に封切られる映画数、半端ない数の何割がこれのように「完全スルー」になるのか。一本でも映画制作となれば相当な資金が動くのにノーヒット…三振映画は相当数ではないのか。『散り椿』も興行収益はかなり予想を下回ったように思うんだが…。
興行では当たらずともDVDで儲ける_若者向け恋愛物/TV連動/アニメなどは端から二次収益を見越しているのかな。

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CDが売れない時代にブーム≠ネのがアナログ。シングルでもLPでもない、コレクター心をくすぐる10インチ盤の仕事が来た。使うレーベルが Stateside 。と言ってナツカシイネェ〜と答えるのは僕同様の還暦オヤジのみ。70年前後、US西海岸の Dunhill/ABCレコード盤の日本発売は東芝音工だったが、そのレーベルはダンヒルでもABCでもなかった。想像だが版権購入がヨーロッパ経由だったのだろう、なのでダンヒル所属のスリー・ドッグ・ナイトやグラスルーツ、ステッペンウルフなどの盤は Stateside で、ABCのスティーリー・ダンなどは Probe というレーベルが使われていた。東芝が使ったステートサイドのロゴは、Sが$マークになったヨーロッパでのロゴとは違っていたが。今回使うのは本家EUロゴ、わがビーチボーイズ/デニス・ウィルソンが先頃亡くなったダリル・ドラゴン(Rumbo)と組んで出したこのフランス盤シングルと同じやつ_。

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2019年01月14日

小寒町

心に染み入る個人的な大名曲は、寒くなると聴きたくなる、聴かずにいられない。なにしろタイトル「大寒町」なのだから。初めて聴いてから何年経つか、命脈を保つというか、つくづく強い楽曲。
+
ステレオの前に鎮座し耳を傾けたアナログ時代からCDへ、そしてデータへ…リスニング環境変化で一曲一曲の扱いがぞんざいになってしまった。特にPCのHDに収めている音源ファイルは手に持てるブツ≠ナないだけに/数も増える…整理の面倒さもあって残してもなかなか聴かない。
 しかし前機種マックのHDの音楽フォルダをひさしぶりに開いてみたら、片隅に「大寒町」発見。あがた森魚のテイクでない、ムーンライダース・テイク。慶一のいないオリジナル・ムーンライダース。はて?これは…人からの貰い物か、UTから拾い物か? 和物ライヴ音源フォルダにあったもので、そこにはライダースは2曲_ファイル名(1)「’73ムーンライダース-プロペラ〜メンバー紹介」/(2)「’73ムーンライダース-大寒町」。73年か、そりゃそうだな、オリジナル・ライダースは73年しか存在しなかっただろうから。このバンドのオフィシャル音源はわずか2曲_'73-9-21文京公会堂「last time around」のライヴ盤収録「月夜のドライブ」「ベイビー・カムバック」のみ。結成は前年かもしれないが、ライヴはこの文京公会堂前後の数回だけだろう。で、(1)(2)だが、そのライヴ盤とは別、まばらな拍手から都内ライヴハウス・ギグの様子。
 (1)は「ベイビー・カムバック」と同曲。タイトルプロペラ≠ナあるはずの曲がなぜにLP収録では「ベイビー〜」にされたか。2曲のライヴハウス音源は、文京公会堂より前と想像する。メンバー紹介では、山本浩美/矢野誠/松本隆/鈴木博文/鈴木順にトラのパーカションで6人。
+
「大寒町」、オリジナル(ファースト)テイクはあがた森魚74年盤『噫無情』。鈴木慶一は弟博文が十代のときに書いたこの曲を最初に聞いただろうから、はちみつぱいとして先に録りたかったのでは_しかし「ぱい」テイクで古いのはライヴ_88年盤『セカンドアルバム』収録で、それは74-9-18の日仏会館。さすれば最も古いこの曲は(2)でありそう。博文自身が歌うテイク。これ、鈴木順のギターが良い、かなり好きなテイク。が、カヴァー/リレコ等々幾多のテイクを聴いたが個人的なベストは…やはりあがたのLPテイクとなる。
 悲しいかな手元の『噫無情』は79年のリイシュー盤。いかにも廉価盤は、オリジナルのライナーノーツ無しで拘りの羽良多平吉グラフィックも味わえない。収録の「大寒町」は記憶だが矢野誠アレンジだったろう。シンプルだが丁寧なアレンジはあがたの声との相性も素晴らしい。特に好きなのは、リードパートなどまったく無く、これまたシンプルの極みなギター…それでもいい。本多信介?

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2019年01月11日

たいとる

雑誌『MdN』休刊のニュース、残念。一般にはさほど馴染みが無いか。マッキントッシュ・デザイナーズ・ネットワーク≠ニいう通りにデザイナー御用達本で、マック使いにはかなり重宝された雑誌。僕は「イラストレーターズ・ファイル」頁に載せてもらったり、連載コラムのイラストを三年ばかり描かせてもらった。麹町の編集部へ何度か足を運んだ。30年続いた雑誌、途中で別会社化したが元々インプレスという出版グループ内で、系列にはリットーミュージックも。『Guitar Magazine』始めとする楽器書籍は傘下でどの雑誌もデザインがすばらしい。インプレスのエッヂの立ったデザイン統一を牽引したのが『MdN』だっただけに惜しい。Web移行し存続ではあるというが…。
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2019年01月09日

captain/dennis/kathy

ブライアンが淋しげにツイートしてますな、ダリル・ドラゴン死去。
父カーメン・ドラゴンという人が作曲家/指揮者として全米に知られた著名人/ハリウッドの名士…なんでしょ(僕は知らなかった)。その5人兄弟の長男、ハリウッドで銀のスプーン咥えて生まれてきたか。本人もキャプテン&テニールfame 。ダリルというよりキャプテンと呼ばれた人。キャプテンのニックネームはマイク・ラヴが付けたのはよく知られたこと。テニールとの出会いもBBの裏方としてで、結婚まではツアー・メンバーだったダリル。
今ネチるに67年からバックを…とあるが、僕のなかでのBBとの最初は70年盤『サンフラワー』から。クレジットに名があったから。そして、ダリルとBBの関係は誰よりデニスと深かったと思う。「サンフラワー」はデニスが一番輝いた頃で、そのセッションのアウトテイクだった "lady (fall in love)" "sound of free" を(欧州のみだが)シングルとした際に Dennis Wilson & Rumbo 名義で。ランボーとはダリルのこと。ダリルはキャプテンでありランボーでもあった。キャプテン帽を常に被っていたから「キャプテン」だったが、実際にヨット程度はあった家庭だったのではないか。デニスはBBのなかで唯一の "beach boy" でありヨット大好き男だったからダリルとは気が合ったんじゃないかと想像している。
テニールと結婚、夫婦デュオとして一躍ブレイクしたが、BBとの関係は途切れることなく、『偉大なる15年』にも名前があり、『KTSA』の録音の一部は Rumbo Recorders _ダリルのスタジオだった。ダリルが建てた夢の城は、これが欲しかったために夫婦デュオで頑張ったのではないかと思えた。ロスでも有数のヒット・スタジオとなったそれだが、10数年前か、売却のニュースが。そしてテニールとの離婚が続く。それでも悠々自適な生活を送っていたかもしれないが、ニュースからではなにやら淋しげな印象を勝手に抱いていたんだが…。

 『surf's up』収録の名曲 "disney girls" 、ドラムがデニス・ドラゴン/フルートがキャシー・ドラゴン。ふたりはダリルの弟と妹。デニスはダリル以上にBBと深く、70年代にBBが所有したスタジオ Brother Studio のハウス・エンジニアだった。ミュージシャンとしても Surf Punks での活躍、BB盤でも演奏。そしてキャシーはリック・ヘンの妻であった。60年代半ば、ブライアンから絶縁された(?)父、マリーが意趣返しにデビューさせたザ・サンレイズのリーダーだったリック・ヘン。とはいえ、ヘン自身はBBとの関係はずっと良好だったらしい。『サンフラワー』セッションのアウトテイクはデニス曲だけでなく、"soulful old man sunshine" という抜群な曲もあった_これがブライアンとヘンの共作だった。世に出たのは30年後のCDで。BBファンには知られた名曲がほかにもある、ヘンのソロ・シングルで "girl on the beach" (BBは girls )。
https://youtu.be/DMxdXCL_hqQ
この73年シングル、キャシーへのプロポーズ曲だったそうな。ふたりは長く仲睦まじく、マリブーで暮らしているとネットで見たことがあった。しかし今調べると、デニス・ドラゴンは2017年に、キャシーは2012年にすでに亡くなっていた。
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SMB_moscoso

下の、"post card" の最後に書いたやつは、60sサイケ・エラから。もともとポスター大で使用書体だからこの小ささでは読まれてしまう、ましてケータイではすぐに読めるはず。ポスター・サイズではかなり可読性の悪い、当時のはもっともっと読みにくいものだが。family dogを中心としたサイケ・ポスターはシスコ中心のボールルーム/ヴェニュー・ギグ告知、ある意味ヒップな仲間に向けた、もっと言えばブッ飛んだ奴だけが読めればOKということだったんでしょうな_よ〜知らんけど。

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この書体というか文字綴りというかタイプフェイスというか、サイケ・デザイン四天王のひとりヴィクター・モスコソの得意文字を真似た(四天王とは、リック・グリッフィン/マウス&ケリー/ウェス・ウィルソンにモスコソ)。「見えるところにあらず、見えぬところにあり」てなところか。陰陽 yin - yang かも。中国/東洋思想の影響も感じさせるサイケデリア。

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68年盤、スティーヴ・ミラーのデビュー、バンドでのファーストが『未来の子供達』。このデザインがモスコソで gatefold 表にも裏にもタイトル "children of the future" がモソコソ・フォントで入っている。相当に可読性低し。
ヨーロッパを放浪しスウェーデンでLP1枚出したボズ・スキャッグズが帰国して参加したこのバンド。スウェーデン盤は数に入らないのでボズにとってもデビューと言っていい盤には、"baby's calling me home" というオリジナルも収録。
https://youtu.be/oPmcnvAcbNA
これは三枚組『フィルモア最后の日』収録で、ボズのソロ・アクトでのテイク。SMB盤でもボズ自身で歌っている。この長尺ライヴもいいし、ベン・シドランがハープシコードを弾くSMBテイクもいい。ヒッピー・カルチャー最後期なれど、すでに後の_ブレイク後のボズを思わせるお洒落なコード進行。
それと、SMB盤『未来の子供達』は録音がロンドン/オリンピック、プロデュース&エンジニアがグリン・ジョンズ。オリンピックでグリンとくればイーグルスのデビュー盤が有名だが、こちらが本家。グリンの、西海岸バンドのプロデュースのいの一番はこの盤かもしれない。

posted by denny-0980 at 15:21| Comment(0) | Assorted | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする