2021年12月31日

Sock-It-To-Me!!! Info.

★17_may :
『ソフト・ロック・ナゲッツ』4W_ 5/31
design by denny-0980
http://wmg.jp/artist/softrocknuggets/

★17_apr :
ワーナー新企画「Direct Imports」_日本発輸入盤アナログ
当方、始めての仕事_「obi」を制作しました。第一弾は「paul butterfield blues band」デビュー盤のモノラルです。
https://shop.wmg.jp/shop/e/ewmlife/

★16_dec:
最近音楽誌でよくはちみつぱいが取りあげられているが、そのぱいのメンバーであった渡辺勝さんらとの『トーク・セッション』。
せっかく貴重な70年代日本ロック話を聞かせてもらい、サイトに上げながらも当方の力不足で内輪受けに留まってしまったのがなんとも惜しいと、再読してみて痛感。とくに斉藤哲夫さんのロング・トークなどはリアルな当時の逸話満載。ほかにもトーベンさん、洪栄龍さん、永井充男さんら_そのほか、ミュージシャンのみならず音楽関係の方々に興味深い話を聞けたと思うので、ぜひ時間のあるときに再読、もしくはあらたな読者となっていただきたく…。四四七二。
  D's Talk Sessions

★01_start:
http://bit.ly/2pHYyDS
個人的に深掘りしている音ネタは『マッスル・ショールズ』。
+
アラバマ州の同地にある Muscle Shoals Sound Studios での録音盤と、
そこで活躍したセッション・ギタリスト Pete Carr 参加盤を探して
2001年から紹介しておりマッスル。
001枚目〜127枚目
http://www.sakatomi.com/petecarr/
128枚目〜157枚目
http://whink.seesaa.net/
+
158枚目からはこのブログで掲載中:カテゴリcheck →


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2017年06月24日

Alabama deep soul

(以下文中「マッスル・サウンド」「Muscle Sound」は録音スタジオ Muscle Shoals Sound Studios のこと)

現在進行中の仕事の資料としてワーナーさんからの頂いた2枚組CDは2013年のブラック物_『Soul Deep : deluxe edition』。ソウル界の雄=アトランティック・レーベルの、タイトル通りのディープなシングル・コンピレーション盤。そのディスク1/全24曲がほぼマッスルショールズ関連盤で占められていた。
10年以上マッスルショールズ盤を digってきたが、「ロックな<}ッスル追いかけ」をメインにしている。フェイム録音、とくにコアなブラック音源は手をつけずにスルーしてきた。
このCDには70年前後の、たぶん全てがシングル音源なのでいままで当方は追わなかった実にコアなところだが、よくよくみれば興味深い箇所もアリ_資料的な意味ですこし記したい。

67〜73年のシングル。FAME 録音がメインで Quinvy, Muscle Shoals Sound Studios 録音が数曲。ここで興味深いのはギターのこと。フェイムでのメイン・ギタリストは Albert "Junior" Lowe 。ロウは、スプーナー/ドニー・フリッツ/ホーキンスと共にダン・ペンのバンド、Dan Penn & the Pallbearers の一員であった人。マッスル四人衆の独立時について行ってもおかしくなかったか…いや、ここがポイント。ギターはジミー・ジョンソン一人で十分だった。CDを聴くにこの時期、まずリード・パートが無い。ギターもサックスも、ハモンドがぶぁ〜と吹き上がることもなし。器楽間奏という概念がほぼ無なかった? なのでロウもジョンソンもコード単音弾きを主にこなしてきた古いタイプのギタリストと見る。中で、2曲のみ名前があるのがデュアン・オールマン、堂々とソロを弾く(スライドと)。南部マッスルでの際だったリード・ギターの弾き始めがデュアンだったように思えてきた。デュアンがマッスル界隈でセッション・ワークしていた時期は1年となかったのにいまだに「マッスル・セッションマン時代の名演」が語られるのは、単にその後の活躍からだけではなく、リード・プレイの先駆者だったからかも。時代はサイケデリアからニュー・ロックの時代だから変化は当たり前と言えば当たり前であったが、南部はスクエアな土地柄ゆえに遅れていただけだろうが…。新たな時代の一石を投じたデュアンか。
デュアンがアワーグラスとして最後の、起死回生セッションをフェイムで録ったのが68年秋。そこでバリバリにブルースを弾きまくったが、それを見たリック・ホールがスカウトしてセッション仕事開始だろう。その音源はボツになりバンドは解散だったのだから。そのアワーグラスの「ベーシスト」として参加していた我らがピート・カー。ピートがマッスルに戻るのは71年のこと。解散後、アワーグラスの同士=ポール・ホーンズビィ&ジョニー・サンドリンと行動を共にする、メイコン・リズム・セクションとして。四人衆はリック・ホールから独立してマッスル・サウンドを開始するが、不足のリード・ギタリストにはデュアンとエディ・ヒントンを起用。デュアンがオールマンズ活動へ本腰を入れだしたからだろう、メイコンからのピート・カーが席を替わる。

CD収録で要チェックな曲は以下:(スタジオ/録音月)
01 : Don Covay & The Goodtimers / I stole some love (Fame, Sep. 68)
13 : Mighty Sam / I've got enough heartache (Muscle Sound, Nov. 69)
14 : J. P. Robinson / Don't take my sunshine (Muscle Sound, Mar. 71)
18 : The Lovelles / Pretending Dear (Fame, Dec. 68)
22 : Lorraine Johnson / If you want me to be more of a woman,
  you've got to be more of a man (Sound of Birmingham Feb. 73)
23 : Peggy Scott / One night is all I need (Muscle Sound, Aug. 70)
24 : Peggy Scott & Jo Jo Benson / I can't say no to you (Sound of Birmingham, Aug. 71)

まずデュアン物。01と18でリードギターを。バックは四人衆ではない。ライナーではバックを「フェイム・ギャング」としていて、それは元々インペリアル・セヴンという4人バンドがナッシュヴィルからマッスルへ来てフェイムの専属バンドになったという(四人衆はフェイム・ギャングとは別扱いしているが…)。リズム隊は Jesse Boyce : bass & Freeman Brown : drums 。
13マイティ・サムというシンガー盤、69年だからマッスル・サウンドとしては最初期録音。リードはヒントン。23ペギー・スコット盤も同様。14盤は71年ということでリードがピート・カーに。ピートとしては彼の地での最初に近い録音か。
そのピートが、マッスル・サウンド以外での参加がバーミンガムのスタジオでの22と24のシングル盤。

デュアンが「らしい」ギターを弾いている以外はいまひと良さが分からない当方。が、23は特筆に値す。リズム隊=フッド/ホーキンスが良い、とくにホーキンスのドラムが「ロック的に」素晴らしい。あらためて思うのだ_当方のマッスル追求は、ピートのリード・プレイとホーキンスのドラムが目当てであったんだな、と。マッスル四人衆の独立は、マッスルの地で「ロックンロール・スタジオ」を作ることであったことを再認識。実際にその通りに…名だたるロック・ジャイアンツがこぞって、FAMEではなく<}ッスル・サウンド詣でを繰り返すことになる。



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2017年06月18日

表2/3ブログと「氷」はじめました<季節もの>

本来、アナログのLPは「アルバム」と称するならば最低限で見開き(gatefold) せねばならないはず。その「アルバム」を revisiting したくてブログをあらたに始めてみた。内側(表2/3と言う)のみ<uログ。
「手持ち盤」自撮りだけでは足りないのでネットから拾い物も。「拾い」はそれなりのピクセルがある大判のみを検索中。
手持ち盤は出自がハッキリしているが拾い盤は「どの国盤か」分からないのが難。同じタイトル/表ジャケットは同じでも「内」は違うことがあるやもしれない、リイシュー時に変更された可能性も。

表はしょうもないのに「内」はイイ、おもしろいという盤が存在する、それが楽しみ。『Turtles present the battle of the bands』『Best of Guess Who』などその典型。『Three Dog Night / suitable for framing』_ヒット狙いのポップ・バンドのイメージが強いが、この盤の内写真はメンバーと、ザッパがらみのグルーピーバンド GTO's との集合写真。バンドの違う側面は表ジャケだけでは分からない。
『Nazareth / close enough for RnR』はヒプノシス・ジャケ。ストーリー性を重視したヒプノシスだから表から続いて見ないと面白みは薄れるんだが…。

もうひとつオモシロイのは、ビッグアーティスト盤ばかりが「見開き」とは限らないこと。こんなんまったく売れなかったのではと思わせる見開き盤は少なくない。西海岸ロックはネームバリューに関係なく見開き盤が多いような傾向も感じる。『Mother Earth / living with the animals』_これは6面/カンガルーポケット盤、内は二重見開きになっている。

http://denny-inside.seesaa.net/


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2017年06月13日

ride the wind

毎度ながら今回の『ソフト・ロック・ナゲッツ』もヤマタツ兄の「まわし者」on air によってアマゾン・ランキング、トップ10を張る売り上げ…サスガ流石の教祖様也、と。
4Wうち、兄も絶賛は vol.4_これのみUK音源コンピ。
そのジャケットなんだが。ラフを考え出したときに、さてUKとな、どうすべぇか? 頭をひねりながら出てきたのは大の贔屓のドノバン。どの盤?_『天国の愛につつまれて』wear your love like heaven 。いや、このタイトルでLPはあるがそれはUS制作で、そのジャケというよりこの頃_「お花畑ドノバン」をイメージしたのがこれ。作者としてはウムウムと満足なんだが、この盤購入者の誰もドノバンを想起してはいないだろうな。

SRN#4.jpg


+++++++

ヤマタツご本尊を崇める数多の信徒、ならばこれはエヴァグリーン的に売れてもいいと思うのだがそうでもないような_ヤングブラッズ。「シュガーベイブ」は2作目『earth music』収録曲からのネーミングなんでしょ。
さてと、今回購入のちょいとトホホなCDは、英 BGO (beat goes on) 盤。BGO得意のアナログ3枚まとめ2枚組。
70 Rock Festival
71 Ride the Wind
71 Good and Dusty

ラクーン盤3枚。RCAを離れて自分らのレーベル:アライグマ Raccoon を作っての、カタログナンバー 、#1/#4/#9の3枚。(間の番号はソロやら仲間うちのリリース盤があった)
CD内容はストレート・リイシューで、ボートラ無しとはいえ別に問題ないのだが、トホホなのはジャケット。いまどきブートでももっとマシなデザインしてますがな。それでも Reprographics by.... と名前入れる根性に驚く。

3枚うち、『グッドゥンダスティ』は持っている。ブラッズ盤では一番好きなレコ。『ファースト』『エレファント…』『…リッジ・トップ』のLPもあるが、『アース・ミュージック』のみいまだ聴いたことがないのです。『エレファント』も傑作なんだけどね。
『ロックフェス』『ライド・ザ・ウィンド』は、友人に借りたりして何度か聴いたんだが、安直なライヴ2枚を続けたなあという昔の印象のみでいままでスルーしていた盤。しかし(ジャケは悪いが)安くCDになっているならば…何十年ぶりだろう、買って聴いてみた次第。"sugar babe" のライヴテイクも収録で、スタジオテイクよりこっちのほうがいい。
いやいや、あらためて感じるねぇ、ジェシ・コリンの力の抜けきったハイトーンはいいと。フラワーだわなぁ、ヒッピーだよなぁ…天国の愛につつまれるなあ〜。
といっても前にも書いたが、3人コンボ時代のブラッズはジャジーな色も。出身の東海岸のキャンパスの雰囲気もする、ジャズ志向はどこかベッカー/フェイゲンのふたりを彷彿させたりも…。ただのへろへろヒッピーでなくインテリジェンスを感じさせる。
ほとんど新曲ライヴのなかで、前『エレファント』からの2曲 "ride the wind" "sunlight" は長尺ライヴテイクで聴くと余計に染みる。名曲也。 


https://youtu.be/epuXgrR6ipk


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2017年06月11日

マッスル・シングル_参考盤


ちょいとトホホなCD2枚、アマ・マケプでUS業者から買い。バリー・ゴールドバーグ盤とヤングブラッズ盤。

バリー・ゴールドバーグ。目立たないキーボーディスト、渋い裏方。アル・クーパーがらみで『super session』、ブルームフィールドと組んでエレクトリック・フラッグ…それとて大きな話題でなく。しかし当方的にはマッスル録音のソロ盤があり、それ以上に重要なのはジェリー・ゴフィンと共作した二大名曲_ "It's not the spotlight" "I've got to use my imagination" 、作者であったこと。

ネットを見ていてバリーのあるソロ盤の参加クレジットに驚かされた。ギターが5人_マイケル・ブルームフィールド/デュアン・オールマン/ハーヴィ・マンデル/ダニー・ウィッテン/エディ・ヒントン。個人的にはビッグネーム、これだけ集合ってマジ? それが71年盤『blasts from my past』。それの、ほぼ倍のボリュームになった extended version CD が出ていた。これは見過ごす手はない、勇んで購入した次第。


barry_CD.jpg


2週間待って届いたら、CD-R/ジャケはカラーコピー、音は盤からダイレクトでノイズあり最悪…。半泣きで聴いたらかなりごちゃごちゃした音像、しかし光る曲がなくもない…ギリで許すかという感じ。
ごちゃごちゃの背景を知りたくてdiscogsやらいろいろネチってみたら_。
英語分からぬ悲しさ、まずタイトルが「過去作からのしょぼいモノ」だった。71年時点で、新作ではなくて過去リリース盤からのコンパイル盤。「ベスト・オブ〜」と銘打てる位置でないことを重々承知してのタイトルだったんだろう。
66年『barry goldberg blues band / blowing my mind』
68年『barry goldberg reunion / there's no hole in my soul』
69年『barry goldberg / two jews blues』
から寄せ集めた11曲。CDはそれにレア・シングルや出所不明曲含めての10曲プラスの21曲盤。

74年のソロ『barry goldberg』はボブ・ディラン/ジェリー・ウェクスラーがプロデュースした、マッスル録音でも秀逸な1枚で知られる。しかしその前からこの人はマッスルへ「来ていた」。69年盤は、半分がロスで半分はマッスルのクィンビー・スタジオ録音だった。ゆえに、デュアン・オールマンやらエディ・ヒントンらマッスル勢の名があったのだ。68年盤に1曲のみダニー・ウィッテン曲が。そこでのワウワウ利かせたギターがウィッテン…ということかもしれない。

ハーヴィ・マンデルはすべての盤で弾いている。バリーとは同時期デビューの盟友、「シカゴ・ブルーズ・サーキット」で同じ釜の飯を食った仲か。シカゴにチャーリー・マッセルホワイトというハーピストがいて、どうやらこの人が「60年代なかばのジョン・メイオール」のような存在であった様子。マッセルホワイトのバックにマンデル/バリーが加わり、おのおののソロ作では交互に参加しあっている。
シカゴのその「サーキット」にはブルームフィールド、エルヴィン・ビショップ、スティーヴ・ミラー、ボズ・スキャッグズらもいたのでは。
で、CD収録で一番古いレア曲は65年の "the mother song" _これは The Goldberg - Miller Blues Band 名義で出した唯一シングルだった。スティーヴ・ミラーとの双頭バンドがゴールドバーグのプロデビューだろう。
バリー盤のほぼすべてでドラムを叩くのは "Fast" Eddie Hoh 。イリノイの生まれとあるからこの人もシカゴ・サーキットにいたのだろう。ホー、『super session』のドラマーであり西海岸へ移って?_Modern Folk Quartet へ。チップ・ダグラスとの絡みからだろう、モンキーズ・セッションでもかなり叩いていた。
CDでのブルームフィールドがギターを弾く曲はすべて『super session』まま。その続きを聴かされているかのよう。長尺のブルース・セッションでハモンド/ギター/ドラムが同じメンツだから…。

+++++

74年にマッスル録音ソロ、その前73年のやはりマッスル録音による傑作は『Gerry Goffin / it ain't exactly entertainment』。作詞家ゴフィンが組んだ作曲者がゴールドバーグ、2枚組LPで(1曲を除いて)全曲の共作者となっている。プロデューサーのひとりでもあった。
69年に既にマッスルで録音をしていたゴールドバーグだが、72年に出した1枚のシングルもまたマッスル録音であったとは_。
Barry Goldberg featuring Clydie King
"mockingbird / jackson highway" Reprise REP-1120

ブラックベリーズとしても知られるセッション・シンガーとのシングル。A面は後にジェイムス・テイラー/カーリー・サイモンが結婚時に仲睦まじくデュエットしてヒットさせた曲でもあった。こちらはUTにあるが聴きたいB面がないのが残念。「ジャクソン・ハイウェイ」とはずばりでマッスルを歌った曲。ネットでレーベルフォトを見ると両面とも Recorded at Muscle Shoals Sound, Muscle Shoals, Ala. Produced by Russ Titelman & Gerry Goffin とある。で、上記ゴフィンのマッスルLPには "The last cha cha on jackson highway" という曲があり、作者クレジットは Goffin - Goldberg - Titelman 。アルバムの1年前のシングル "jackson highway" とこれは同じ曲だろうか、否か。

barry_jacksonHwy.jpg 


++++

蛇足だが:ハーヴィ・マンデルは回復〜元気になっただろうか。ガンで闘病…経済的に苦しいとのことで雄志がエイド・サイトを立ち上げていた。ストーンズ盤でも弾いた名ギタリスト。欧米では医療費が半端なく高額らしく、知られたミュージシャンでも病魔に冒され苦境にいるとよく耳にする。当方、ハーヴィは大の贔屓ギタリストゆえ、少額だがサイト経由で donation したのが4年位前のこと…。


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2017年06月09日

ダンヒル系

「ジャズ一本じゃ食えなくて、バイトを探していて出会ったディレクター氏が言った_『いまスタジオの駐車場にオレの車と何台かが駐まってる。おまえさんの仕事は二つにひとつだ。その車を洗車するか、スタジオのブースに入ってギターを弾くか…』。オレはどちらも変わらない気がしたが、まあそこはギター弾きの端くれだからね、おとなしく譜面台の前に座ることにした。洗車で手を荒らすよりいいかと思ったが、目の前の若い奴がまあ煩かった、同じフレーズを何度も弾かせやがる。貧相な面なのにでかい態度…フィル・スペクターって奴だがね。その後もバイト≠ヘ続いたんだ。ブライアンという若造も口うるさかったが、まあスペクターよりは多少なりともミュージシャンへのリスペクトは感じられたか…。
どんな曲をやっているのかも分からなかったし、それがレコードになっていると人から聞かされたが、オレ自身はそのレコードを聴いたことはないんだ、一度も…。本業のジャズ・ギターでリーダーアルバムならともかく、アパートの家賃稼ぎ仕事を振り返ってどうするてな気分だったからなァ…」
なんちゃって。想像の物言い…トミー・テデスコ。こんなようなニュアンスの発言がどこかにあった。当方の「レッキング・クルー」イメージはこんな風。たしかキャロル・ケイは「ミルク代稼ぎ」と言っていた。

「クルー」メンバーとはジャズの人たちという印象ですな。『pet sounds』ではバーニー・ケセルも弾いていた。ガール・グループ、サーフィン、ポップス…それらのバック仕事は monkee business と割り切っていたのでは。ハーブ・アルパート&ティファナ・ブラス。ラテン色を前面に出していたが、このバンドにはクルー活躍のジュリアス・ウェクターがいたんじゃないか。この人にしろ、あくまでウェストコースト・ジャズが本来の立ち位置、それが「レッキング・クルー」だったと思う。
しかしキャロル・ケイはある時期まで「『レッキング・クルー』なんて言葉、当時聞いたことなかった。それはハル(ブレイン)が勝手に言い出しただけ…」と批判的な物言いであったが、いまではあの伝説の…≠ニいうパブリック・イメージがすっかり確立したので気分は悪くないのだろう、やたら笑顔のインタビューがあったりして。


「ちょっと違うンだ、ダンヒル・セッションメン」としたが、それはジャズが見えない_どちらかといえばカントリーからサイケ色まで雑食、「クルー」の古い顔から次世代…という印象かな。ずばりドラッグ・カルチャー以前・以降といえばはっきりするか。ここでいう「ダンヒル」とは単にアドラーがやっていたレーベルだけでなく、「クルー以降のロス(ハリウッド)の音楽業界」の意味。レニー・ワロンカーはクルー派であり、ラス・タイトルマン/ヴァン・ダイク・パークス/ライ・クーダー/デヴィッド・リンドレィなども「ダンヒル派」と、勝手に言い切ってしまおう。
マイク・ディージー。エディ・コクランのバンド・メンバーだったというからかなり古い、歳はハルとさほどかわらないかも。そのハルも70年代に入っても America, S&G, それに Steely Dan 盤にも参加していた。しかし全盛はやはりスペクター仕事などの60年代半ばでしょう。対しディージーは、5th Dimension, Association, Monkees, Johnny Rivers や Steely Dan も…60年代末から70年代いっぱいという感。「ドラッグ・カルチャー系ダンヒル派」の重要人物はカート・ベッチャー。ディージーはほとんどのベッチャー仕事で弾いている。つるんで Our Productions という制作チームだった。
このチープなサイケ盤も彼らの仕事のひとつ。ジャケに写るのはディージーらしい。
Friar Tuck & his psychdelic guitar

ディージーは、テリー・メルチャーとのからみから彼とともにあのチャールズ・マンソンの「ファミリー」と接近。しばらくそのメンバーであったらしく、ドラッグでほとんど farout …その反省からいまは敬虔なクリスチャンという(よくあるパターン)。

「フレア・タック」盤でディージーとともにギターを弾くのがベン・ベネイ。目立たないギタリストだがこの人にも Our Productions 盤としてこのハード・サイケ・トリオでアルバムがある。
Goldenrod

ベースはジェリー・シェフ。あのエルヴィス・バンド= TCB Band ( take care of business ) のベーシストだから古いショービス系ミュージシャンの印象を持たれがちだが、ドアーズ『LA Woman』でも弾いている、けっこう「こっち寄り」な人。同じくTCBバンドのドラマーのロン・タットは、ジェリー・ガルシアのレコーディング/ステージでも活躍。

ディージー/ベネイは、デヴィッド・コーエン/ラリー・カールトン/ディーン・パークスらとでルー・アドラー関連からスティーヴ・バリ、ランバート&ポッターのセッションのギター・パートを担っていった。



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2017年06月01日

Dunhill session

拙作デザイン盤『ワーナー・ソフト・ロック・ナゲッツ』4W、出足好調_アマゾンでは即在庫切れの様子。
数日前に見本盤が届いているのでじっくり聴いてマス。

vol. 3 収録の1曲_ "Paul Williams / Someday Man" 。言わずと知れたウィリアムズ=ロジャ・ニコ名曲。8ビートとシャッフルのリズムが交互する上をスプリームなメロディが滑る…いいねえ。ここに収録は、70年の同名ソロ作からだが、はて?モンキーズのテイクはこの前、69年であったか。とかいいながらシングル "listen to the band" のB面収録だったこれを当時にはまったく知らなかった。最初に聴いたのはロジャニコ・ブームになってからだと思う_さてポール・ウィリアムズとモンキーズと、どっちが最初だったか…。
聞き比べるに当方的にはモンキーズのほうが全体に好み。が、本家の「入りのベース」はさすがに跳ねて素晴らしい。
というか、これぞJoe Osborne 節≠ナしょ。好きなんだこれが! アソシエイション "Windy" へと戻らねば気が済まぬ。

ジョー・オズボーンは、フェンダー・ベース(プレシジョン)をピック弾き。指弾きも少しあったが基本はピック。前にも書いたが、ベースは指で弾いてこそ本物…という風潮強いが困ったものだ。フェンダー・ベースは Fender Bass Guitar という「低音専用のギター」、フレットを付けた段階でこれはもうベースではないのだからピック弾きこそ本道というもの。なのでこのオズボーンや、キャロル・ケイあたりを中心に西海岸のセッション・ベース(ギター)プレイヤーはじつに正しい。その伝統はドゥービー兄弟のタイラン・ポーターやシカゴのピーター・セテラがしっかり受け継いだ。ピックではじく硬質な音色こそレオ・フェンダーが期待した音に違いない。





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ところでこの盤LP『someday man』、drum : hal blaine, earl parmer / gtr: david cohen, mike deasy / bass: joe osborne, jack conrad / kbd: larry knetchel ... などがバック。となると「レッキング・クルー」という言葉がすぐに使われる。
しかし当方の見方はちょいと違うンだな。まあたしかにどの顔もBBのセッションなどにもあった。が、ここで言って、ハルとアール・パーマーはクルーの括りの中だが、オズボーン/マイク・ディージー/コーエンは違う_「ダンヒル・セッションメン」という言葉で括りたい。コンラッドは完全にそうで、ラリー・ネクテルは…古い人だから微妙か。
西海岸でセッションで喰っていたメンツはすべてレッキング・クルーとする…ならば全員入るわけだが、当方の区分けでは66年まででゴールド・スター/ウェスターン・スタジオを拠点としてセッション仕事していたミュージシャンが「クルー」、そこでも仕事しながらもルー・アドラー仕事≠メインに喰っていたミュージシャンは「ダンヒル・セッションメン」としている。オズボーンは後者。



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